第1話 第14章

文字数 2,154文字

 世間が教団のことをすっかり忘れ去った冬。流石に二人はその生活方針を変更せざるを得ない状況、即ち金欠状態に陥ることとなった。
「問題は、単にお金が無いという事だけじゃなく、」
 サクラは溜息をつきながら、
「戸籍、だよね。どうしたもんだか…」
「このままじゃ、家も借りれない。仕事にも就けない。」
「保険証も持てない。これじゃあ赤ちゃん産めないよ!」
 二人はパッと赤くなる。
「あのさ。こないだ雑誌に書いてあったんだけど、戸籍って買えるらしいよ」
「ふーん。どこで買えるんだ?」
「新宿とか、上野とかで。ヤクザが売ってくれるんだって。」
 三郎の目がギラリと光る。
「新宿… ヤクザ… そっか。」

 新大久保のアパートを引き払う時、本来なら処分するはずだった住所録を二人は所持している。確かそこに…
「あるある。教団と関わりのあった、ヤクザの事務所」
「三郎… あなたまさか…」
「うん。彼らから、戸籍を買おう。いや、貰おう」
「私も、手伝おうか?」
「一人で大丈夫。ちょっと今から電話かけてくるよ」
 
 そう言って三郎はホテルを抜け出して、近くの電話ボックスに入った。住所録の電話番号をダイヤルすると、すぐに威勢のいい声で、
「田中組!」
「あの、殺人請負の件で連絡したんですけど。親分さんいらっしゃいます?」
「へいっ お待ちっ」

「あのな兄さん。ウチは紹介がないと使わないんだ。そーゆーの。悪いけど別あたってよ」
「一回目は特別サービスで、無料なんですけど。」
「…マジか?」
「マジ、です。」
「じゃあ、今から言うヤツ、ヤレるか? それもよ、事故死っぽく」

 どうやら堅気の自営業の人物らしい。なんて事はない、なんなら今からでも、と言うと
「よし。お手並み拝見させてもらおうか、ところで兄さん、名前なんて言うの?」
「…太郎、です」

 電話を切りホテルに戻る。地図を開き言われた住所をチェックし、二人で大まかなプランを練る。それから三郎一人で部屋を出て、電車で現場に向かった。
 どうやら対象の自営業者は、件の田中組に多額の借金を抱えているらしい。その返済のために田中組は彼に生命保険をかけており、三郎が彼を事故死に見せかけて殺すことで田中組は保険料を手にするカラクリらしい。
 現場近くに着くと、夜の十時過ぎだった。電話をかけて対象を呼び出し、首をへし曲げてから近くの神社の階段の上から転げ落とし、警察に通報した。

 翌日。
「太郎です。昨日の件で…」
「おおお、太郎さんよお、上手くやってくれたな。新聞見たか? 神社の境内から転げ落ちて死亡、だってよ! サイコーだよ。」
「気に入ってもらえてよかった。さて、次の仕事の件なんだけど。」
「それそれ。実はさ、昨日の感じでヤって欲しいのが四〜五人いてさ、一度事務所来てくんねえかなあ、今後のこと相談してえし」
「あ、顔出しはダメなんだよね、営業上さあ」
「ええ、それじゃあウチじゃあ使えねえよ兄さん… いや、太郎さんよお」
「うーん、どうしようかな… そうだ、戸籍、取り扱ってるっけ、おたく?」
「あるよお、若いのから年寄りまで。なんなら一つ二つ、サービスするぜ」
「そっか。それなら、お邪魔しようかな、事務所に。今夜でもいいかい?」
「いいとも、いいとも! 笑っていいとも! なんちってよ」
「タモリじゃねえよ。タロウだよ!」
「ギャハハ、太郎さん面白え人じゃねえか。今夜会えるの楽しみだぜ。何時頃来れるかい?」
「そうだね、十一時くらいは?」
「ああ、いいねえ。待ってるよ、タモリさん」
「タロウだっつうの」

「へええ、戸籍うまく手に入ったんだ?」
「えへへ、まあな」
「それでそれで? 私の戸籍は?」
 
 三郎はサクラに書類を放り投げ、サクラは食い入るように目を通す。
「ふうん、横山、琴美。昭和43年2月13日生まれ、ってもう20歳じゃん。いいね、お酒もタバコも問題なしじゃん。ええと、生まれは長崎県長崎市… 現住所は新宿区大久保三―…って、あのアパートの近くじゃん。いいねえいいねえ。で、三郎のは?」
 もう一枚の書類を放り投げる。
「なになに〜 金沢誠一。昭和43年9月18日生まれ、で、青森県津軽郡… 現住所が目黒区下目黒… いいんじゃない。私たち、今日から二十歳、だね」
「これで、やっと普通の生活が出来そうだな。あーよかったよかったあ」
「三郎… じゃなくって、誠一。ありがと。」
「サクラ… じゃなくって、琴美。どういたしまして。」

「で、誠一。あなたの顔に所々血が付いているのは何故なのかしら? ついでに言うと、あなたの左手、煙硝反応が出そうなほど臭うんですけれど、まさかあなた?」
 三郎… いや、誠一は頭を掻きながら、
「流石、琴美の目は欺けないや。まあ、そういうこと、さ」
「全く… 大丈夫? 足はつかない?」
「ああ。安心していいよ」
「で、死体はそのまま放置してきたの?」
「そうだよ。一応、対立してる組織の犯行を匂わせる細工もしてきたし。ほらこれ。強盗の線も残してきたし」
 誠一が紙袋から札束をベッドの上に放り投げた。琴美は口笛を吹き、
「あらあら。これなら安心ね。流石、誠一だわ」
「ありがとう、琴美。」
「…… 慣れるまで、どの位かかるのかしら。誠一?」
「俺に聞かないでくれよ、琴美……」

 二人は顔を合わせ、大爆笑した後、札束の上で重なり合った。
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