第14話

文字数 2,401文字

            14,
日本霊異記 中巻
四十一 女人大蛇所婚賴藥力得全命緣 より
河內國更荒郡馬甘里,有富家。家有女子。大炊天皇世,淳仁朝。天平寶字三年己亥夏四月,其女子,登桑揃葉。時有大蛇,纏於登女之桑而登。往路之人,見示於孃。孃見驚落。蛇亦副墮,纏之以婚,慌迷而臥。父母見之,請召藥師,孃與蛇俱載於同床,歸家置庭。燒稷藁三束,三尺成束為三束。合湯,取汁三斗,煮煎之成二斗,豬毛十把剋末合汁,然當孃頭足,打橛懸釣,開口入汁。汁入一斗。乃蛇放往殺而棄。蛇子白凝,如蝦蟆子。豬毛立蛇子身,從膣出五升許。膣,底本門中也字。女陰也。口入二斗,蛇子皆出。迷惑之孃,乃醒言語。二親問之,答:「我意如夢。今醒如本。」藥服如是。何謹不用。然經三年,彼孃復蛇所婚而死。愛心深入,死別之時,戀於夫妻及父母子,而作是言:「我死復世必復相也。」其神議者,從業因緣。或生蛇馬牛犬鳥等,先由惡契,為蛇愛婚,或為怪畜生。
~後略~

 驢馬の首にしがみつき藤原広足は、遠い遠い昔を思い出していた、
近所にモト爺と呼ばれる老人が、大きな屋敷で一人で暮らしていた。広足はよちよち歩き始めた頃からモト爺の家の広い庭で独りで遊んでいた。他に誰も来ないし、誰かが勝手に庭に入っていれば、モト爺は鬼のような顔して叱りつけ、子らを竹箒を振り回して追い出した。 
 だが広足には何も云わず、いつもにこにこと、煙管を咥えて、広足の姿を眺めていた。
モト爺は将棋が好きで、広足が未だ三つか四つの頃から庭で遊ぶ広足を手招きして呼び、縁側に将棋台を置いて、将棋の相手をさせた。
 将棋の相手をしてやるだけで、モト爺は饅頭を幾らでも食わしてくれたし、座敷の奥の衾を開けて、缶に入った水飴を箸に絡めて出して、たっぷりと舐めさせてくれた。
 それには一つだけ条件があった、盤面がどんなに広足に優勢になっていようとも、広足が成長するにつれ、モト爺の王将が追い詰められる展開になって行くようになっても、広足は必ず大きな差し間違いをして、モト爺に勝ちを譲ってやらなければ、モト爺は不機嫌になり、帰りに必ずくれる筈の菓子包みが貰えなかったりする。

 日が暮れるまで広足はモト爺の家の庭で遊んだ。帰っても兄弟の誰かに殴られるだけ。父親に殴られた頬に手を当てて、毎夜のことでもう慣れっこになって涙も出なくなった広足は、また手を振り上げる父親の脇をすり抜けて、モト爺の家の片隅に在る、もう使われなくなった井戸の陰に隠れて夜明けを待つことも屡々だった。
 広足が隠れる井戸の前を、何日かに一人か二人、夜が更ける頃、夜陰に紛れて女がモト爺の家に来る。若い女も居ればモト爺とさほど齢の変わらぬ婆も時に来る。この頃、広足は中学生となっていて、この村の住人の顔も覚えて、井戸に隠れて、前を過ぎる女の顔を見れば、何人かは知った顔を見ることがあった。
 その女たちは、顔を隠して慌てて帰る者もあれば、あのクソ爺い、と罵って帰る者も有り、月明かりに手をかざして数枚の紙幣を数えながら帰る者が居たりした。

 或る夜のこと、だった。この日の夕方、飯を余計に食ったと父親に殴られ、そして蹴られて広足は家の外に転がり出た。そのまま帰らず、夜空、丁度頭の真上に煌めく星を見上げながら、モト爺の家に向かって歩き、いつものように井戸の後ろに座り込んだ。
 ふと、井戸の前を女が通り過ぎる、こっそり覗くと、中学校の同級生の母親、だった。どこか垢抜けしていて、思春期の広足には、通りすがりでちらっと見るだけで、何んとなく、別な感情を掻き立てた。
(こんな夜中、モト爺に何の用?)
何の用?この頃この事が広足には気になっていた。広足は気付かれないよう、そっと後をつけた。裏庭の方にその女は回り、裏の入り口の戸を重そうに開けて中へ入って行った。中から物音が聞こえ、やがてして、膳をつつく音が聞こえてきた。
 モト爺の飯の世話をしにやって来たのか?暫くすると、女の泣き声、が聞こえ、そしてモト爺の皺枯れた、太い声、
「何ぼ、要るんや、今日は。ほんまにええ加減にしいや。亭主の宿六に云うとけ、焼酎ばっかり喰ろうとらんと、ちったあまじめに働け、て」
やがて、静かになった。中の様子が気に成って、締め切った雨戸の、灯りが漏れている節穴を見つけて、中を覗いた。
 真っ裸で大きな乳房を丸出しにした同級生の母親の、白い腹の上にモト爺が乗っかり、交尾する犬のように腰を振っている。
(なにをしている?)
同級生の母親の顔が時に見える。苦痛を我慢しているようにも、恥ずかしさに耐えているようにも見える、がその吐息は、何か内から湧く官能の喜びに我慢できずに身悶えしているようにも聞こえる。
 馬乗りになっていたモト爺は、同級生の母親の首を両手で巻き、鶏を絞めるように腕を捩じる。同級生の母親は息が苦しいのか、モト爺の手を跳ね除けようと暴れた、しかしやがてぐったりとなり、動かなくなった。
 モト爺はゆっくりと体を起こし、同級生の母親をそのままに、丸い座卓に肘を立て、煙管に火を点け、泥で汚れた痰のような色の煙の塊を吐き出した。
 同級生の母親は、身動きしないまま、大の字に足を広げて寝て、その太股の奥が、覗き見する広足の真ん前に見えていた。
 途端に、広足の股間が痺れるように痛み始めた。広足は破裂する程に膨張した股間に驚き、処置の仕方も解らず、慌てて抑えたが、体の、何処か芯の部分から、脳天を衝き抜けるような官能に襲われ、何か得体の知れぬ物が股間を突き破って飛び出しそうな感覚に、我慢しようとしたがどうにもならなかった。広足には、自分の体に、いったい何が起こったのか分らなかった。
 股間の痛みが治まり、雨戸の節穴からもう一度覗くと、同級生の母は、死んだように動かない。
(死んだ、のか?)
怖くなって、広足はそっとその場を離れ、ズボンの汚れをどうしようかと考えながら家に帰った。

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