第12話

文字数 1,725文字

            12,
「何か訳が有りそうだな。そなたの先祖代々の菩提寺から、そなたの過去帳を至急取り寄せた。それによると、そなた、男に殺され、埋められる数か月前に男児を生している、が、その赤子の行方が分からなくなっていた」
百合の髑髏が、音立てて震え始めた。
「隠さず申すがよい。父親は誰だ?」
暫し押し黙っていた百合、だが、意を決して口を開いた、
「ここにおります、藤原広足です」
「その子供は今、何処に居る?」
百合の、骨となった手が、石畳を掻き毟る、
「この男、藤原広足が、私の子の首を絞めて殺しました」
「何故、だ?」
「この男は、私が妊娠したことを、子を孕んだことを、憎んでいました。産むな、といつも云いました。私はこの子を産む、何んと云われようとこの腹の子を産んで育てる、と云い、いつも喧嘩になりました。次第に互いに憎み合うようになりました。私は、別の町の知り合いの家で、誰の助けも無しに、自分の手で、子を産みました。
 数ヶ月後の或る日、この男が、その家に突然、現れました。私と、私が胸に抱いて乳を飲ます子を見つけて、私から赤子を引き剥がし、そのまま裏庭に連れ去りました。赤子が激しく泣き叫ぶ声が聞こえました。私は狂乱し後を追いました。この男と赤子が何処に居るか分かりせん。泣き叫ぶ声が聞こえ、そっちへ向かって走っている時、赤子の泣き声が消えました。私の足が停まりました。私はその場に崩れ落ちました。
 この男が物陰から、ぐったりした赤子を抱えて出て来ました。私は恐ろしい予感がして叫び、この男から子を奪おうとしました。この男は私を殴り倒し、それでも遮る私を突き飛ばして車に、子供を抱いて乗り込み、走り出しました。
 この男の家の近くで、私は待っていました。この男が帰って来ました。子供は何処だと問い詰めました、墓地に埋めて来た、俺のお袋の墓に一緒に埋めて来た、と云いました。 
私は、すぐ墓地に走りました。ですが、この男の母親の墓は、全部、一つずつ墓柱を確めましたが見つかりませんでした。
 墓地の外れに、小さな、古い土饅頭の形に土を盛ったところがありました。土が湿っていました。誰かが、飼い犬か猫の死骸を埋めて墓にしたような、その上に、古い、殆ど腐りかけた一枚の、小さな板切れが立ててありました。
 私は、その盛り土を掘り返しました。すぐに、泥土を被った私の子の姿が見つかりました。私は抱きかかえ吠えるように泣きました。
 泣き果て、声が出なくなった私は、ぐったりした子を抱き、この子を連れて帰ろうとしました。ふと、私の足のつま先に何か、棒のような、白いものが触れました。拾い上げてみますと、人の腕のような骨、でした。この墓地は、昔は土葬で死人を埋めていました。誰かの古い骸骨が、雨風に曝されて地面に浮き上がり、それを、赤子を掘り出していた私が、気づかずに掘り出したのかも知れません。私は土饅頭の上に立ててあった板切れを見ました、汚れ、文字は薄れてはいましたが、読めました、
「かよ」
もしかして?さっき、この男が云っていました、
(お袋の墓に一緒に埋めた)
この男の母の名は、かよ。私は、すぐ思いました、何故こんな粗末な墓に?まるで犬か猫の墓…?
私は何を考える余裕もありませんでした。泥土だらけの、私の子、まだ、名前さえもつけてやっていませんでした。私は、赤子の体に付いた泥土を払いのけながら謝りました、全て私が悪かった、お前を生んだ私が、そして生まれて来たお前に私は何もしてやれず、そしてたった数ヶ月でお前を殺してしまった、全て私が悪かった、私は、泣いて泣いて詫びました。
 私は、盛り土のあったところをもう一度手で掘りました。赤子をもう一度埋めてやるためです。このまま抱いて連れて帰っても私には何も出来ません。この子の為に葬儀の真似事さえしてやれません。それならいっそ、ここで、この土の下で、責めてこの男の母親の横で眠らせてやれば、もしかして、自分の血をひく孫だと知って、いえ、自分の孫だと判ったからこそ、こうして、その骸の欠片を私の前に転がり出して、連れて行かなくていいよと云ってくれたのだと思いました。きっと優しいお婆ちゃんになって、この子を守ってくれる…
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