第1話

文字数 2,600文字



『人畜所履髑髏』
(死に逝く老人見る夢、どんな夢?)


          序の詞

老いて死に逝く人の見る夢、どんな夢?
子らの、死にゆく老人見る目は残酷だ、
死にゆく老人の横に寝そべって、
死にゆく老人の横顔を、まるで近所の、死にゆく犬を観るように、
見ながら子らは問いかける、死ぬって苦しい?死んだらどうなるの?
死ぬ前に夢ってみるの?それはどんな夢?
その夢って、昔々の、楽しかったこと?嬉しかったこと?
それとも辛くて、悔しくて泣いたこと?いったいどんな夢見るの?
死にゆく老人の顔を、眺める幼な子の、
顔ほど無邪気で、可愛くて、惨酷なものはない、
老いて死にゆく人の見る夢ほど、惨酷なものはない、
老いて死に逝くひとの見る夢、どんな夢? 


日本霊異記 下巻
第九 閻羅王示奇表勸人令修善緣より
 藤原廣足者,修病嬰身。為差身病,持八齋戒,取筆書習。就机迄于暮而不動。墮手取筆,四支曲屈,訂瞪之死。經之三日,往見之,蘇甦起居待。
屬等問之,答語:「有人,鬚生逆頰,下著緋上著鉀,佩兵持桙。喚:『廣足。』言:『闕急召汝。』以戟棠背立,前逼將。先見一人,後見二,使之中立我,追匆走往。往前道,中斷有深河。前立人言:『汝沒此河,能踐我蹤。』踏躅令度。前道之頭,有重樓閣。炫耀放晃。四方懸珠簾,其中居人。不覲面貌。一使走入而白之言:『召將來也。』告之:『召入。』奉詔召入。聳簾問:『告知於汝後立人不也? 』
~後略~


         1,
  お父さんもお母さんも、妹も、叔父さんや叔母さん、それに親戚の人、皆な、帰ったあと、壮太は、気づかれないよう、生け垣に隠れて車の列が、出て行くのを確めて、一人、玄関に戻り、看護婦さんに見つからないよう、階段を音立てぬよう登った。
三階の、爺ちゃんが寝ている部屋の前の廊下を、もう、電気が消えて、仄暗い中、足音しないよう、爺ちゃんの部屋へと歩いていた。
 薄暗がりの通路の奥から、誰か、小さな、子供のような影が壮太の方に向かって歩いてくる。
 だれ?
この病院に入院している子?
 でも、見つかってはだめと、5歳ながら、壮太は、爺ちゃんの寝ている、誰かが扉を閉め忘れた部屋にすっと入り、息を潜め、その影が何処かの部屋に入るのを待った。
 影は、爺ちゃんの部屋の前まで来て、足音が停まった。入口扉ガラスにその子供の影が映っている。
 見つかった?
でも、子供の影は幾ら待っても動かない。壮太は思った、
(僕は怖がりで、夜中にトイレに行く時だって、壁に掛けたリュックが、誰か首を吊ったひとに見えたり、ちょっとした音にびくっとして、良く見ると、何処からか飛んで来た木の葉っぱが転がっていたり、だから、扉の向こうの影だって、きっと気のせいだ)
 壮太は扉をそっと、ちょっとだけ開けて隙間から覗いた、目の前に、男の子、が立って壮太の顔をじっと見ている。
 壮太は、恐わ々わ男の子を観ると、体は壮太と同じくらい、でも、耳が、どこかの寺で見た仏様のような大きな耳が左右に付いて、でっかい、丸坊主の頭が、裸の、小さな体に乗っかっている。
 そして首には、壮太の妹が付けているような、真っ赤な涎掛けを巻いて、目も眉も、異常に大きく、鼻も口も、異常に大きな顔の男の子。
 壮太はその余りの異様さに、思わず、あっと、声を上げてしまった。部屋の中、ベッドで眠る爺ちゃんが、その声で、夢の中で何か見て驚いたように小さな声を出した。でも、それっきり、すやすやと寝息が聞こえた。
 目の前の男の子、右手に杖のような棒を持っていて、良く見ると体が石で出来ているみたいで、誰かがそこに置き忘れた石の像のように動かない。
 この子、どこかで見た、ように壮太は思うが、どこで会ったか思い出せない。
「きみ、だれ?」
「ワシか?ワシは、ジゾー、だ」
壮太はその声を聞いて驚いた。その声は太く、まるでおじいさんのように皺がれて、とても子供の声とは思えなかった。その声が訊く、
「お前の、名は?」
「ぼ、ボクは、壮太」
「そうか、壮太、か。何をしている、こんなところで」
「爺ちゃんが、一人で寝ていて、淋しいと思って」
「そうか、壮太は優しいんだな」
「おじさんは、何しているの?」
体は壮太と同じくらい、だが、その声も、物の云い方も、もしかしたら、壮太の爺ちゃんより大分おじいちゃん、かも知れない、圧倒されて、おじさん、と壮太は呼んだ。
「ひとを捜しにきた」
「もう、真っ暗だよ、何も見えないし、皆、もう眠っているよ」
壮太は馬鹿にするように笑って云った。
「幾ら暗闇でも、このワシには何でも見える。ところで、壮太よ、お前には、ワシのこと、見えているのか?」
「僕の目の前に立っているよ」
「そうか。初めてだ、この閻浮提(えんぶだい)(浮世の意)でワシの姿が見える人間に会ったのは。不思議なこともあるものじゃ」
「ジゾーおじさんはどこから来たの?」
「そうだな、どう云えば壮太に判るかな、奈落迦、と云えば分かるかな?」
「その、ナラカって、何処に在るの?ここから近い?」
「そうだな、或る人にはすぐ近いし、或る人には、とてもとても遠い、ところ、かな?」
「よくわからないね」
「わからない、だろうな」
「その、ジゾーさんが捜しているひとって、見つけて何処かへ連れて行くの?でも、さ、こんな夜中に?バスも電車も走ってないよ」
「そうだな、だが、ワシには電車もバスも必要ない。その男、見つければ、すぐ、男の足の下に大きな穴を開け、そこにワシと一緒に飛び込めば、あっと云う間に、奈落迦の、入口に着けるんだ」
「何だか、爺ちゃんのおうちの隅っこの、井戸、みたいだね」
「そうかも知れないね。でも、爺ちゃんのおうちの井戸には底に水が溜まってるけど、奈落迦は、とてもとても深く、それに落ちても落ちても底はない」
「怖いね」
「怖いよ、誰だって、そんなとこ落ちたら死んじゃうさ」
「どこにあるの、その奈落迦に堕ちる穴って?」
「どこにでもあるさ、壮太の足許にも、爺ちゃんの寝ているベッドの横の床にでも」
「え、僕の足の下にも?でも、そんなの、無いよ」
「心配しなくていいさ、壮太には、今は必要ないさ」
「じゃ、爺ちゃんのベッドの横には?」
「在るかもしれないし、無い、かも知れない、それは云えないね。あ、もう時間だ、じゃ、壮太、お別れ、だ、また、でも、会わない、方がいいかもな。あ、壮太の爺ちゃん、起きた、のかな?何か、手が動いたようだ、壮太を呼んでるよ」

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