第13話

文字数 2,050文字

             13,
 土を深く掘りそこに子を寝かそうとして、私は、そこに埋まる、人の形そのままに遺った白骨の骸を見つけました。きっと、この男の母、だと信じ、その骸に手を合わせ、私の子の死後のことをお願いしようとして気が付きました、骸に頭が無かったのです。こんな浅い、土を盛っただけの、犬か猫の死骸を埋めるような粗末な墓、何十年も雨風に曝されて、お供え物を食いに来た猪か、野犬に掘り出されてどこかへ持ち去られたのかも知れません。
 私はもっと深く掘り、私は子を横たえ、掘り出した土を被せて埋め戻し、周囲の土も搔き集めて高く盛り上げ、硬く叩いて固め、その上に、かよ、と名前を書いてあった板切れを元のように土に刺して立てました。

 私の心は決まっていました。この男は家にいました。他に誰も居ませんでした。私は、中に入り、台所にあった包丁を握りしめ、男に包丁を向けて云いました、
「畜生、畜生め、お前は血も涙もない鬼畜生だ、よくも私の子を殺した、あの子にはまだ名前も付けてやってなかったんだ、あの子は乳をよく飲んだ、きっと丈夫な子に育ってくれると、あの子の顔をみながら、どんな名前にしようかと考えて、お前に棄てられた母子でも、私はとても幸せだった。お前になんか何も頼るつもりなんかなかった、私ら母子だけで生きていくと決めていた。
 なのにお前は、何も聞かず、あの子を殺した。お前は、あの子が生きていれば、お前は、自分の結婚話が破断になると考えたんだ。私は、何も云わないつもりだった。どこか、誰も知らない、遠いところで、二人で暮らすつもりでいたんだ。
 だけどもうお前を許せない。今から女の家に行って、この男は人殺しだと云ってやる、この男は、自分の子供を、自分の出世のために自分の子供を殺した、と教えてやる、そう吠えた私を、この男は、怒り狂った恐ろしい顔して私を投げ飛ばし、倒れた私の体に覆い被さり、私の顔を殴り、そして私の首を絞め、私は次第に気が薄れた、それでも、この男は、もう片方の腕で、私の服を引き破り、剥き出しになった私の乳房を鷲掴みに…」
その時、突然、一体の曝髑髏が白洲に転がってきた。
「百合さん、やめておくれ、百合さん、もうそれ以上、何も云わないでおくれ。全て、私が悪いんだ、よ。こんな薄情な人間に育てた私の責任なんだ。閻魔大王様、どうか、この私を、息子の代わりに、この私を、地獄の底に堕とし、何百回でもこの体に鞭打って下さい」
男、藤原広足、母親の曝髑髏が転がり出ても、顔を背けて、見ようともしなかった。その様子を閻魔大王は見て云った、
「強情な男、よ。薄情な男よ、の、藤原広足。ここまでお前の大悪事、晒されても、その罪、認めようとしない。
 ここ閻魔庁は、人間界で冒した、ひととしての罪を測り、ひとであるかどうかを裁くのだ。与えられる罰は非常に惨酷だ。だが、閻魔庁でも多少でも、その罰、軽減することもある。その罪如何に重くとも、生前に、蟲一匹でもその命助けた者、ひとの不幸を助けた者、仏寺に篤く布施し、仏僧を篤く敬い、また日頃より仏典親しく学び、広く佛の教えを広めた者には、その度により罰は決まるが、地獄の底から地上世界に生還した者もある。しかし、何よりも求められるのはその罪を認め、悔い改めることが肝心なのだ。
 だが、お前にはその改悛の情の欠片もない。致し方ない、こうしてくれよう、覚悟するがよい」
 閻魔大王に命じられて、数匹の餓鬼共、男の母の髑髏を大王の前に運んで来た。そして大王、その髑髏に向けて呪文を誦すと、髑髏から煙が噴き出し、忽ち元の、藤原広足の母親の形が蘇り、そして一瞬の後、痩せこけた驢馬の姿に成り果てた。
閻魔大王、
「打て」
と餓鬼どもに命じた。命じられて餓鬼共、手に手に鞭を持ち、鉄鎖で足を繋がれた驢馬の体に、風を切って鞭を打ち付けた。
 驢馬は石畳みに蹲り、その背に、更に撓る鞭が続けざまに打たれた。漸くに起こしていた首が倒れて、驢馬は喘いだ。
「母さん」
藤原広足、餓鬼共にがんじがらめに掴まれていた腕を振り解き、倒れた驢馬の首の前に跪き、息絶え絶えに喘ぐ驢馬の首に抱きついた。

「広足よ、いいのだよ、全てこの私が悪いのだ、お前に、苦労させた、末っ子のお前、兄弟皆に虐められ、父親に殴られ、飯も取り上げられてひもじい思いもさせられていたことも私は知っている、だけど、目の前で、お前が兄弟の誰かに殴られていても、あの男に小さな体を放り投げられても私はお前を庇ってやれなかった。
 今、初めて云う、お前は、父さんの子じゃなかったんだ、だから、済まない、お前に本当に辛い目、させた。
 いいんだよ、広足、私は、幾ら鞭打たれようとも。お前の辛かったこと思えば、私は幾らでも耐えられる。お前が何故、罪を認めようとしないのか私には分からない、だけど、広足よ、私はいいんだよ、どうせ私は元から地獄に堕ちると決まっているんだ。だから、お前は何も云いたくなければ、認めたくなければ何も云わなくていいんだよ」
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