第15話

文字数 2,042文字

               15,
 翌る日、恐る恐るモト爺の家の様子を見に行った。モト爺は、一人で将棋盤に向かい、駒を動かしては頻りと考え込んでいる。モト爺のいつもの姿だった。何となく安心して帰りかける広足に気付いてモト爺が手招きした。広足は、悪戯が見つかったような気持ちでモト爺のところに行った。
 モト爺は、将棋盤に目を遣ったまま、
「昨日は、見とった、な?」
と訊いた。広足、顔が真っ赤になったが、答えずにいた。
「初めて、か、してるとこ、見たのは?」
「…」
「もっと、見たい、やろ、ん?お前の年頃、なら、ん?」
広足は、心の底を見透かされるようで、それでも、顔を横に向けて知らん顔をした。
「勉強は出来んでも、女の悦ばし方は子供の内から覚えた方がええんや。今晩も来たら、ええ、何んやったら、お前にもやらせたる」

 広足は、以後、何度か覗き見し、そして数回程、首を絞められて気絶した女の横で、モト爺の云う通りに自分も裸に成り、広げた女の股間に、石のように固くなった我が身を、モト爺に手を添えて貰って差し込んだ。
 モト爺は、突き上げる官能に身を震わす広足を見ながら、云った、
「絶頂の時に、女の首を絞めてやるんが最高、や。女が苦しいの我慢して、体ががちがちになり、気失うてぐたっとなるかならんかの時にやるのが、一番や。せやけど殺したらエライことになる、その加減が微妙や。今度、そや今晩、また、来い、やり方、教えたる」

 その日も、広足の父親は、いつもように昼間から焼酎を浴びるように飲み、酒乱となって暴れ、広足を見つけ、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった広足の首根っこを掴まえて顔を殴り、腹を蹴り、挙句に、力任せに広足の体を壁にぶつけた。
 母が、いつものように広足の体を庇う、それが、いつものように父の狂乱を更に煽り、母も暴行に巻き込まれる。
 酒が無くなり、手当り次第に物を母に投げつけて、酒買うてこい、と喚き散らした。
父親が働いている姿を広足は一度も見たことがない。母が、朝から晩まで働いて、僅かばかり稼いでくる金で、大人数の家族に飯を食わしていた。

 父親が酔い潰れて寝た後、子供達の夜食を用意した母親が、縫物の仕事があるからと早々に出て行った。夕暮れの頃、こっそり家を出ることが近頃習慣になっていた広足、それを、何となく後ろめたく思うようになっていた広足は、母親がいないので、気兼ね無しに、誰にも云わず、モト爺の家に向かった。

 いつものようにモト爺の家の井戸の陰で、誰か女が前を通るのを待っていたが、その日に限って誰も来なかった。
 モト爺、今晩も来い、と云っていたのに、くそ耄碌爺、と罵った。
諦めて帰りかけると、モト爺の家の中から、何か物が引っ繰り返るような音がして、広足は戻り、いつものように、締め切った雨戸の節穴に目を当てた。
 女は、いつの間にか、それとも広足より先に来ていたのかも知れない、小柄な女、既に服は脱がされて、その肌の色は黒く、痩せているので、いつも見る女のような、ふくよかな、艶っぽさが余り感じられなかった。
 部屋の真ん中の、モト爺が煙管を吸う座卓が横倒しになっている。女とモト爺、縺れ合って足で座卓をひっくり返したのか。様子を見ていると、女が何か云った、何処か、聞き覚えの有る声、だが、何を云ったか聞き取れない。
 すると、モト爺の目と、節穴から覗く広足の目が合った、モト爺は何か意味ありげに口端を歪めて、何だか笑っているようにも見えた。
 いつもの儀式が、始まるのか。すると、モト爺の家の中に、白い煙が何処からか流れ入って来た。
(火事か)
 白い煙は忽ちに部屋に満ちた。節穴からも煙が零れ出る。だが、物の焼け焦げる匂いはしない、厭な、何か、蛇か何かの皮のような、生臭い、匂いだった。
 白い煙が、薄らぎ、畳の上に、ひとの胴程の太さの、全身真っ白な、真っ赤な眼をした大蛇がとぐろを巻き、鎌首を擡げて、口から真っ赤な、トカゲのしっぽのような舌を出して、何かを舐めずるように動いていた。
 広足は動顛した、まさか、と思いながら、モト爺の姿を捜したが、見当たらない。女は?
真っ白の大蛇が体をくねらせ、裸になって仰向けたままの、女の股を押し開き、大蛇はその足に挟まれるように長い体を載せ、そして女の体に巻き付いた。
 女が激しく喘ぎ出した。大蛇の鎌首が、女の首に巻き付き、その首を徐々に締め上げる。ほんの数秒、下敷きになった女は、ぐったりして動かなくなった。
 大蛇は、女の体から離れ、鎌首を擡げ、真っ赤な両の眼で、節穴から覗く広足の方を見た。やがて、再び、白い、生臭い臭いの煙が部屋に満ち、その煙が消えて、そこには、女一人だけが、仰向けに倒れていた。
死んだ、のか?
 女の、うっとりと呻くような声が漏れ聞こえた、それは、
広足の母、だった…
 ふと、ひとの影があり、それは、モト爺、だった。モト爺は、箪笥の抽斗から財布を取り出し、覗く広足に見せるように、財布から札を数枚出して、母の腹の上に並べた。

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