第10話

文字数 2,419文字

           10,
 石畳に並べられた、曝髑髏2体と首の無い骸、そのどれもが小刻みに震え出し、やがてその震えが女の泣き声に代わり、そして一つの曝髑髏が呻いた、
「己れ、藤原広足め、よくぞ現れた、この日を待ちかねた。お前の顔、忘れはせぬ。我ら、お前に浚われ、墓地に連れ込まれてなお犯され、首、絞められて殺され、屍は土中に埋められた。
我らの死骸、墓地にうろつく猪に掘り出されて山に引き摺られ、肉を食われ、残った腸は山の狸に食われ、頭と胴は野良の犬猫に食いちぎられて哀れな姿を曝し、果てに何十年も雨風に晒され、枯れ落ちた草葉に埋もれ流れる土を被り、いつしか骸は土中に埋まり、残る腐った肉片、蛆に食い尽くされて髑髏と成り果てた。我ら二人は胴を失い、この女は頭を失った。
 我ら、山の中、土に埋まり、ひたすらお前を恨み、その怨み果たさんと、だが土に埋まり、骸骨と成り果て、霊魂さえも自由に浮幽成らぬ我等には如何ともならず、お前がいつの日か、我等が怨みの声、閻魔大王様の耳に届き、お前が地獄に堕とされてくる日を、数え切れぬ歳月に耐えて、ただただひたすらこの日を待っていた」
司録、藤原広足の様子を注視するが、男の、引き戻されて来て不貞腐れた顔に、何一つ変化はなかった。
 閻魔大王、男の顔を睨んで云う、
「この男を、走り来る電車の前に蹴り飛ばしたその二日前の夜の事。いつも通り、我は地蔵に姿を換えて夜中の町角に立っていた。その我の足許に一匹の、泥だらけの犬が寄って来て、口に咥えたひとの骨片らしきものを吐き出して我に告げた。
訊けば、この犬、その前夜、町に現れた猪を追って山に入り、知らぬ山で道を迷い、匂いを頼りに元来た道に戻っていた。途中、嫌な臭いに気付き、匂いのする辺りの枯葉を除けて地面を掘り出すと、1体の曝髑髏が出て来た。
 こんなところに髑髏が埋まるなど、これは、きっと昔、この髑髏の元のひとの身に何か飛んでも無いことが起こり、こうして人知れず、地に埋まり、棄てられているのかも知れぬ、と思った犬は、辺りの土中から同じ匂いが浸みだしてきているのを嗅ぎつけた。これは余程の大事に違いない、髑髏の骨片を咥え、地蔵様にお知らせせねばと、山を二つ越えてやって来た、と云う。
我、即刻、その犬に案内させて、その山に向かった。犬は、ここだと教え、連れて来た餓鬼ども、一斉に土を掘り起こした。更にもう1体の髑髏、そして1体の、首の無い骸。
 掘り出した曝髑髏に、我、手向けて「白骨のお文」を朗じてやった、すると髑髏、止めどなく涙を流し、
「閻魔大王様から直に私の、この哀れな曝髑髏の霊を慰めて頂くなど、畏れ多き事、ありがとうございます。これで、漸く、私、そして共にここに埋められました2体の魂もこれで浮かばれましょう」
我、何故に、こんな山中、しかも土中に埋められたのか訳を尋ねた、3体とも同じ男の名前を口にして、その男を激しく罵った、それが、藤原広足よ、お前の名だった。
 我は、女達に、男との関りを訊ねた、それぞれは次のように訴えた、

 男、藤原広足は、極貧一家に生まれ、子供の頃から手癖が悪く、また粗暴で、中学時代には、悪い仲間と徒党を組み、手あたり次第に盗人、強盗を働いて金を奪い、また盗んだ物を何処かで売り捌いて金に換えていた。時にはその金で、他の仲間が盗んで来た盗品を大量に買い入れて、闇社会に流し大金を得る、ブローカ紛いの仕事もやっていた。
 生来、男には、盗癖、嗜虐癖を持っていたが、女を見るだけで異常な欲情に掻き立てられて自分を抑えきれなくなる性癖があり、盗品商売で得た金で、女を買っては性欲の捌け口にしていた。

 或る時、仲間に誘った女、良江に対して欲情収まらず、男は、夜中、良江の家に忍び込み強姦した。良江は罵った、自分の夫は、やくざ者だ、このこと夫に告げる、夫はお前を散々嬲り殺しにし、お前の逸物切り落とし、果てにお前は首を切られて血に塗れて死ぬ、覚悟して待っていな、と云った。
 男は、俄かに恐ろしくなり、女を殴って気絶させ、その体を担いで乗ってきたオート三輪に載せ、外れの墓地で下ろした。そこで気絶した女の首を絞めて殺そうとしたが、女、気づいて暴れ出し、叫ぶ口を塞ぎ、暴れる女に激しく欲情し、喘ぐ首を絞めながら犯し、そして息絶えて死ぬのを待ち、穴を掘って埋めた。

 男は、同じ盗人仲間の一人が付き合っていた女、益美に横恋慕した。益美の体が欲しくて溜まらず、その仲間の男が暫く留守で居ない夜を狙って忍び込み、益美を犯した。益美は男に云い出せずにいたが、腹に藤原広足の子を宿したことが判った。妊娠がばれれば男に、自分もあんたも殺される、だからこの子の為、自分はあんたと夫婦に成ると云い、この子の親に成る気がないなら、男に告げると云った。
 藤原広足に所帯を持つ気は更々なく、また仲間の男の獰猛な気性も知り尽くしていたので恐ろしくなり、益美を逃げようと騙して夜中、オート三輪に乗せて連れ出し、外れの墓地に来て、女を殴り、気絶した女の首を絞めて、喘ぐ益美の顔を見ながら犯し、死ぬのを待って、土を掘って埋めた。

 藤原広足は、或る日、退屈しのぎに町の外れをオート三輪を走らせていた。一軒の、集落から離れた家があった。庭に井戸を見つけた。喉が渇いていたので、無断で庭に入り、井戸の釣瓶で水を汲み上げていた男は、庭先の、開け広げた座敷の部屋で、子供に添い寝して乳を与えて寝かしつけている女、珠代を見つけた。男は、珠代の豊満な乳房を見て激しい欲情に襲われ、溜まらず、珠代を殴りつけて黙らせ、その服を引き破って裸にし、泣き叫ぶ赤子の横で強姦した。珠代が隙を見て逃げ出した。男は珠代を追い、捕まえ殴って気絶させ、乗って来たオート三輪に載せ、夜を待って外れの墓地に連れ込み、ひとの居ないのを確めて、気の付いた珠代の首を絞めながら再び犯し、息が止まるのを確めて、掘った穴に埋めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み