禁書「はじまりの灯火」【4】
文字数 3,930文字
見張りに教えてもらった広場は、城下町でもあまり裕福ではない層が集まっているように見えた。年季の入った木製の建造物や、修理して使い続けているであろう出店が目立っていたからだ。
広場の大きさはテニスコート2面程であり、地面は舗装がされていないむき出しの土である。
しかし、建物がどうであれ、そこに居る人々には活気が溢れており、すいの胸は高鳴っていた。
そんな広場の中央には、これまた年月を感じさせる、お目当てのステージが設置されていた。
「とーるくん、あれだよ!!」
あたしは食事を与えられていなかった動物が食べ物を見つけたときのように、遠慮なくはしゃぎ、声を高らかに興奮していた。
対象的にとーるくんは緊張しているようであった。彼は、イリュージョンを披露する前はいつも緊張しているのだ。
その原因の1つはイリュージョンで彼がミスをすると、あたしからこっ酷く叱られたり、スパルタ指導が入るからだ。
あたしは例え観客が1人であっても、一切の妥協を許さないストイックな面も持ち合わせている。イリュージョンに対する熱意は誰にも負けないのだ。
見張りからはステージを自由に使ってくれて構わないと言われていた。だが、ステージの使用者が居た場合には、先に使用している人が優先されるとも言われていた。
しかし幸いにも使用者はいないようなので、あたしは迷わずにステージに飛び乗り、イリュージョンを披露する。
あたしがステージに飛び乗るのと同時に、紺色だったマントは、外側は黒を基調とした金の装飾を施した柄へと一瞬で切り替わり、内側は品のある真紅に染められる。
それ以外のあたしの持ち物も瞬時に、旅モードからイリュージョンモードへとデザインを変更させた。
「よってらっしゃいみてらっしゃい!!あたしはイリュージョニストの九十九すいだよ!!」
イリュージョニストになったあたしは、そう高らかに声を上げると、広場に居た人たちの興味を一挙に集める。
「イッツ・ショータイム!!」
あたしは、はんだごてを模したステッキを、どこからともなく取り出す。そして、大きく弧を描くように、ゆっくりと振るう。振り下ろされたステッキの先に、幻想的な小さな青白い光が浮かび上がる。
観客の視線の数に比例させて、光を膨らませていき、小さな水晶玉のように輝かせる。
その水晶玉から周囲の空気を震わせることで、神秘的なメロディーを放ち、観客の耳からも注目を集める。
十分に観客の目と耳が集まったところで、水晶は瞬く間に多数の小さな光球に分裂させ、無数の輝く粒子となって、あたしの周りを踊るように舞い上がらせる。
そして、あたしの手の動きに合わせて、それらの粒子に一つの大きな流れを形成させ、観客に向けて静かに流す。それはまるで、夜空を流れるオーロラのように見えるだろう。
あたしには、観客たちの目を見開いて、息を呑む姿が見えていた。
観客のリアクションを見るに、誰もがあたしのイリュージョンに釘付けになったようで、手始めのイリュージョンにしては、上場のできに思わず顔がニヤけてしまう。
しかしその中には、広場では珍しい、小奇麗な甲冑を身にまとった衛兵と思しき人影もまぎれていた事は見逃さなかった。
イリュージョンが中盤に差し掛かると、小奇麗な甲冑を身にまとった人の数が、次第に増えていった。
他の観客は、彼らを嫌い避けているようだ。あたしは、イリュージョンの場を悪くするので、お帰り願いたいとさえ思えてきていた。
あたしのフラストレーションが溜まっているのを知ってか知らずか、兜に赤の兜飾りをしたリーダー格の男が、イリュージョンを妨げるように声を上げた。
「ステージの女よ!お前は王の前で芸を披露する任が与えられた!速やかに芸を終え、我らに同行せよ!」
観客の半分以上がその声のする方へ振り返り、イリュージョンを楽しんでいるあたしたちの空気が乱れた。
あたしの表情を観客には見せないように我慢しても僅かに歪む。とーるくんは、あたしの一瞬の怒りを敏感に感じ取り、手元を狂わせる。
「あっ。すい、ごめんなさいです……」
あたしは、とーるくんの失敗を瞬時に補うも、彼に目配せをした。
この合図に何の意味があるのかは、彼自身が良く分かっているだろう。
しかし、とーるくんの動きは、その後もぎこちなく、みているこっちがヒヤヒヤしてしまう。とうとう彼が、2回目のミスをしそうになった寸前に、2度目の邪魔が入った。
「王の任に逆らうというのか!即刻、芸を中止し、我等に同行しなければ、強行手段に出る!」
あたしは、男の言葉を一切無視し、イリュージョンを続けた。だが、これ以上あたしたちのイリュージョンを邪魔されてはたまらないと、あたしはステッキを掲げる。
「さあさあ、次は、あたしのイリュージョンを邪魔する衛兵さんを、今から魚に変えて見せましょう!」
あたしは、そう宣言し、はんだごてのステッキを男に向けて大きな動作で振る。
男は、バフッという音と共に煙をまとい、とーるに似た魚の形へと変化し、地面の上で跳ね回った。
その光景に観客たちは息をのんだので、流れを戻すためにもフォローを入れる。
「イリュージョンが終わったら、邪魔をしてきた悪い人たちは、元の姿に戻るから安心だよ!あと、魚になったからって、捌いたら大変な事になるからね!」
これまでのイリュージョンを楽しんでくれていた観客たちは納得してくれたようで、衛兵たちのちゃちゃが入る前の状態に戻りつつあった。
しかし、あたしたちを王の前まで連れて行こうとしている衛兵たちは、「はやく戻せ!」「大丈夫なわけないだろ!」と口々に抗議してきた。
あたしはムカついたので、抗議の声が止むまで、衛兵たちを次々に異なる動物に変えていった。
猫にした者は、何処かへと逃げ出し、犬にした者は、吠えるので口輪もした。おもちゃのようなドラゴンにした者は、イリュージョンを見に来ていた子供たちに遊ばれている。その他にも、ヤギ、ウサギ、ニワトリ、トカゲなど、衛兵たちを様々な動物に変え、イリュージョンの一部になっていった。
この”異世界”の人々には、馴染みのない動物もいたようで大好評だ。
人の姿をした衛兵たちが、残り数人しかいなくなったところで、イリュージョンの邪魔をするものはいなくなり、観客のすべての注目が再びあたしへと集中した。
その後は、あたしの満足が行くまでイリュージョンは続き、噂を聞きつけた街の住人で広場はごった返していた。
イリュージョンの途中に邪魔はあったものの、素直に楽しんでくれる観客ばかりだったので、あたしは狂喜乱舞の気持ちだ。
とーるくんも、あたしの機嫌が良くなるに連れ、調子を取り戻していったようだ。
イリュージョンを終えたので、動物に変化させていた衛兵を元に戻した。衛兵の各々は、胸を撫で下ろしていたが、兜飾りをつけたリーダー格の男だけはあきらめずに、あたしに突っかかってきた。
だが、その言葉には、怒りや畏怖が見え隠れしており、流石に堪えている事が見て取れた。
「お前、いや、旅の人、どうか城へ同行して、王の前で芸をしてはもらえないか」
あたしは呆れながらも、そのしつこさに敬意を払い答えてあげることにした。
「あんたしつこいよ。でも、お城でイリュージョンも悪くないかも知れないね。どのくらいの人が集まるんだい?」
男は口ごもり俯く。
「……この広場よりは集まるだろう。そ、それにパーティーが開かれる予定だ。だから、着いてこい……ではなく、来てもらえないか」
あたしは、この男が自分の質問に適当に答えているだけだと、その表情と仕草から分かったが、あえて指摘することなく、王城へ衛兵と向かうことにした。
理由は2つある。1つは、王城でもイリュージョンを披露したいと思ったからだ。ただし、現地を見て、あたしがイリュージョンを披露するのに相応しくないと感じれば断る予定である。
ただし、理由の1つ目は、あまり期待していない。あたしは、2つ目の理由の方を重視している。
それは、あたしが”異世界”を旅している目的である、必要とするモノを指し示すコンパスの先である。
あたしの希望である、完璧なイリュージョンを超えるために必要な何かを、このコンパスは指し示すかも知れないのだ。
そして、その何かはおそらく王城にあると、あたしはにらんでいた。なぜなら、コンパスの針は王城の方向を指しており、距離的にも王城付近にあることは間違いなかったからだ。
正直言うとこれまでコンパスが示す先は、大抵ガラクタ同然のモノばかりであったため過度な期待はしないようにしている。
けれどもあたし自身、完璧なイリュージョンをするために何が必要なのかがわからないのでコンパスに頼らざるを得ない状況なのだ。
あたしが衛兵の頼みを承諾すると、広場を取り仕切っているという貧困街のリーダーにも声をかけられた。
要約すると、人をたくさん集めるから、夜にまたイリュージョンをしてくれないかと頼まれたのだ。
あたしは、そちらの方に魅力を感じたが、コンパスの先も重要なので、「できたらね」と軽く返した。
あまり過度な期待はやめてほしいと思っての返事だが、あたしの予想に反して、貧困層のリーダーはすでに行動に移っているようだった。
衛兵はこちらの方が先だと主張し、あたしの気が変わらないうちに王城へ連れて行こうとテキパキと先導し始めた。
あたしたちは王城に向かう道すがら、この国のことについて教えてもらうも深く知れば知るほど、だんだんと雲行きが怪しくなっていくのだった。
(コンパスの示す何かを回収したら、この広場に戻ってくるかね……)
広場の大きさはテニスコート2面程であり、地面は舗装がされていないむき出しの土である。
しかし、建物がどうであれ、そこに居る人々には活気が溢れており、すいの胸は高鳴っていた。
そんな広場の中央には、これまた年月を感じさせる、お目当てのステージが設置されていた。
「とーるくん、あれだよ!!」
あたしは食事を与えられていなかった動物が食べ物を見つけたときのように、遠慮なくはしゃぎ、声を高らかに興奮していた。
対象的にとーるくんは緊張しているようであった。彼は、イリュージョンを披露する前はいつも緊張しているのだ。
その原因の1つはイリュージョンで彼がミスをすると、あたしからこっ酷く叱られたり、スパルタ指導が入るからだ。
あたしは例え観客が1人であっても、一切の妥協を許さないストイックな面も持ち合わせている。イリュージョンに対する熱意は誰にも負けないのだ。
見張りからはステージを自由に使ってくれて構わないと言われていた。だが、ステージの使用者が居た場合には、先に使用している人が優先されるとも言われていた。
しかし幸いにも使用者はいないようなので、あたしは迷わずにステージに飛び乗り、イリュージョンを披露する。
あたしがステージに飛び乗るのと同時に、紺色だったマントは、外側は黒を基調とした金の装飾を施した柄へと一瞬で切り替わり、内側は品のある真紅に染められる。
それ以外のあたしの持ち物も瞬時に、旅モードからイリュージョンモードへとデザインを変更させた。
「よってらっしゃいみてらっしゃい!!あたしはイリュージョニストの九十九すいだよ!!」
イリュージョニストになったあたしは、そう高らかに声を上げると、広場に居た人たちの興味を一挙に集める。
「イッツ・ショータイム!!」
あたしは、はんだごてを模したステッキを、どこからともなく取り出す。そして、大きく弧を描くように、ゆっくりと振るう。振り下ろされたステッキの先に、幻想的な小さな青白い光が浮かび上がる。
観客の視線の数に比例させて、光を膨らませていき、小さな水晶玉のように輝かせる。
その水晶玉から周囲の空気を震わせることで、神秘的なメロディーを放ち、観客の耳からも注目を集める。
十分に観客の目と耳が集まったところで、水晶は瞬く間に多数の小さな光球に分裂させ、無数の輝く粒子となって、あたしの周りを踊るように舞い上がらせる。
そして、あたしの手の動きに合わせて、それらの粒子に一つの大きな流れを形成させ、観客に向けて静かに流す。それはまるで、夜空を流れるオーロラのように見えるだろう。
あたしには、観客たちの目を見開いて、息を呑む姿が見えていた。
観客のリアクションを見るに、誰もがあたしのイリュージョンに釘付けになったようで、手始めのイリュージョンにしては、上場のできに思わず顔がニヤけてしまう。
しかしその中には、広場では珍しい、小奇麗な甲冑を身にまとった衛兵と思しき人影もまぎれていた事は見逃さなかった。
イリュージョンが中盤に差し掛かると、小奇麗な甲冑を身にまとった人の数が、次第に増えていった。
他の観客は、彼らを嫌い避けているようだ。あたしは、イリュージョンの場を悪くするので、お帰り願いたいとさえ思えてきていた。
あたしのフラストレーションが溜まっているのを知ってか知らずか、兜に赤の兜飾りをしたリーダー格の男が、イリュージョンを妨げるように声を上げた。
「ステージの女よ!お前は王の前で芸を披露する任が与えられた!速やかに芸を終え、我らに同行せよ!」
観客の半分以上がその声のする方へ振り返り、イリュージョンを楽しんでいるあたしたちの空気が乱れた。
あたしの表情を観客には見せないように我慢しても僅かに歪む。とーるくんは、あたしの一瞬の怒りを敏感に感じ取り、手元を狂わせる。
「あっ。すい、ごめんなさいです……」
あたしは、とーるくんの失敗を瞬時に補うも、彼に目配せをした。
この合図に何の意味があるのかは、彼自身が良く分かっているだろう。
しかし、とーるくんの動きは、その後もぎこちなく、みているこっちがヒヤヒヤしてしまう。とうとう彼が、2回目のミスをしそうになった寸前に、2度目の邪魔が入った。
「王の任に逆らうというのか!即刻、芸を中止し、我等に同行しなければ、強行手段に出る!」
あたしは、男の言葉を一切無視し、イリュージョンを続けた。だが、これ以上あたしたちのイリュージョンを邪魔されてはたまらないと、あたしはステッキを掲げる。
「さあさあ、次は、あたしのイリュージョンを邪魔する衛兵さんを、今から魚に変えて見せましょう!」
あたしは、そう宣言し、はんだごてのステッキを男に向けて大きな動作で振る。
男は、バフッという音と共に煙をまとい、とーるに似た魚の形へと変化し、地面の上で跳ね回った。
その光景に観客たちは息をのんだので、流れを戻すためにもフォローを入れる。
「イリュージョンが終わったら、邪魔をしてきた悪い人たちは、元の姿に戻るから安心だよ!あと、魚になったからって、捌いたら大変な事になるからね!」
これまでのイリュージョンを楽しんでくれていた観客たちは納得してくれたようで、衛兵たちのちゃちゃが入る前の状態に戻りつつあった。
しかし、あたしたちを王の前まで連れて行こうとしている衛兵たちは、「はやく戻せ!」「大丈夫なわけないだろ!」と口々に抗議してきた。
あたしはムカついたので、抗議の声が止むまで、衛兵たちを次々に異なる動物に変えていった。
猫にした者は、何処かへと逃げ出し、犬にした者は、吠えるので口輪もした。おもちゃのようなドラゴンにした者は、イリュージョンを見に来ていた子供たちに遊ばれている。その他にも、ヤギ、ウサギ、ニワトリ、トカゲなど、衛兵たちを様々な動物に変え、イリュージョンの一部になっていった。
この”異世界”の人々には、馴染みのない動物もいたようで大好評だ。
人の姿をした衛兵たちが、残り数人しかいなくなったところで、イリュージョンの邪魔をするものはいなくなり、観客のすべての注目が再びあたしへと集中した。
その後は、あたしの満足が行くまでイリュージョンは続き、噂を聞きつけた街の住人で広場はごった返していた。
イリュージョンの途中に邪魔はあったものの、素直に楽しんでくれる観客ばかりだったので、あたしは狂喜乱舞の気持ちだ。
とーるくんも、あたしの機嫌が良くなるに連れ、調子を取り戻していったようだ。
イリュージョンを終えたので、動物に変化させていた衛兵を元に戻した。衛兵の各々は、胸を撫で下ろしていたが、兜飾りをつけたリーダー格の男だけはあきらめずに、あたしに突っかかってきた。
だが、その言葉には、怒りや畏怖が見え隠れしており、流石に堪えている事が見て取れた。
「お前、いや、旅の人、どうか城へ同行して、王の前で芸をしてはもらえないか」
あたしは呆れながらも、そのしつこさに敬意を払い答えてあげることにした。
「あんたしつこいよ。でも、お城でイリュージョンも悪くないかも知れないね。どのくらいの人が集まるんだい?」
男は口ごもり俯く。
「……この広場よりは集まるだろう。そ、それにパーティーが開かれる予定だ。だから、着いてこい……ではなく、来てもらえないか」
あたしは、この男が自分の質問に適当に答えているだけだと、その表情と仕草から分かったが、あえて指摘することなく、王城へ衛兵と向かうことにした。
理由は2つある。1つは、王城でもイリュージョンを披露したいと思ったからだ。ただし、現地を見て、あたしがイリュージョンを披露するのに相応しくないと感じれば断る予定である。
ただし、理由の1つ目は、あまり期待していない。あたしは、2つ目の理由の方を重視している。
それは、あたしが”異世界”を旅している目的である、必要とするモノを指し示すコンパスの先である。
あたしの希望である、完璧なイリュージョンを超えるために必要な何かを、このコンパスは指し示すかも知れないのだ。
そして、その何かはおそらく王城にあると、あたしはにらんでいた。なぜなら、コンパスの針は王城の方向を指しており、距離的にも王城付近にあることは間違いなかったからだ。
正直言うとこれまでコンパスが示す先は、大抵ガラクタ同然のモノばかりであったため過度な期待はしないようにしている。
けれどもあたし自身、完璧なイリュージョンをするために何が必要なのかがわからないのでコンパスに頼らざるを得ない状況なのだ。
あたしが衛兵の頼みを承諾すると、広場を取り仕切っているという貧困街のリーダーにも声をかけられた。
要約すると、人をたくさん集めるから、夜にまたイリュージョンをしてくれないかと頼まれたのだ。
あたしは、そちらの方に魅力を感じたが、コンパスの先も重要なので、「できたらね」と軽く返した。
あまり過度な期待はやめてほしいと思っての返事だが、あたしの予想に反して、貧困層のリーダーはすでに行動に移っているようだった。
衛兵はこちらの方が先だと主張し、あたしの気が変わらないうちに王城へ連れて行こうとテキパキと先導し始めた。
あたしたちは王城に向かう道すがら、この国のことについて教えてもらうも深く知れば知るほど、だんだんと雲行きが怪しくなっていくのだった。
(コンパスの示す何かを回収したら、この広場に戻ってくるかね……)