第24異世界交易コロニーの「アイドル」【8】

文字数 3,535文字

 朝になり目が覚めたあたしは、日課であるイリュージョンの基本動作をこなし、装備の最低限のチェックを済ませる。

 イリュージョンを大勢の前で披露するというイベントがあっても、あたしの行動は変わらない。

 そもそも、”異世界”を旅する不確定要素の多い命をかけた生活を送っているあたしにとっては、1億人の前でイリュージョンを披露することは、いつも通りの事とも捉えることができる。

 ”異世界”での旅は、最小の誤りも最大の代償を伴う。

 日常的に失敗ができない、失敗には高い対価で支払わないとならない状況に身をおいているのだ。だから旅と同じ様に、このライブも全身全霊をもって挑むイリュージョンの1つでしかないのである。

 一方で、あたしと一緒に数々の困難を乗り越えてきているはずのとーるくんは緊張からか、やはり震えていた。

 あたしが一声勇気づけてあげると、すぐにその気になった。この単純さが彼の良いところでもある。

 ライブ当日は、リハーサルから開演前まで怒涛の勢いで過ぎ去っていった。

 アイドルとあたしたちのイリュージョンを含むライブは大好評だったようで、スタッフや社長の舞い上がっている姿が見て取れた。

 彼女のライブでは、異世界交易コロニーの豪華なアリーナは黄金色の光に包まれた。ステージは、まるで大富豪の宝石箱をひっくり返したような輝きで、アイドルが現れる前からすでに観客を虜にしていた。

 そして、彼女が現れた瞬間、まばゆいばかりのゴールドとクリスタルで飾られた衣装がスポットライトを浴び、彼女自身が財宝の女王のようだった。

 金色の光は彼女の動きに応じて、まるでアイドルがお金を操る錬金術師であるかのように演出された。

 あたしのイリュージョンは、その豪華絢爛な舞台に新たな次元を加えるようにした。あたしの手から、純金の蝶々を舞い上がらせ、宝石のように煌めくカードを観客の間を自在に飛ばす。

 アイドルの歌声は金貨を鳴らすような響きで、ダンスの一歩一歩は富と繁栄を呼び込む魔法のように、観客の心を惹きつけていた。

 この夜、会場に集まった1億人は、金色に輝く幻想の黄金卿に引き込まれることになっただろう。

 あたしたちとアイドルの共演は、豪華絢爛な一大絵巻となり、その記憶は純金のコインに刻印されるが如く、その記憶はまるで貴重なコインのように観客の心の奥深くに刻まれたはずだ。

 あたし自身も、黄金と輝きを司るアイドルとの共演によって、自身のイリュージョンが更なる豊かさを獲得したと感じ、路上パフォーマンスで得た達成感とは異なる、深い満足感に浸ることができた。

 とーるくんは極度の緊張から開放されて疲れが襲ってきたのか、通路の端で小道具に紛れて横たわっていた。

 珍しく、ミスらしいミスもなかったので、本番に強いタイプなのかもしれないと彼への評価を高める。

 すると、息を切らしながら走ってくるアイドルから声をかけられた。彼女はライブ後のインタビューやら挨拶回りで忙しかったはずだ。

「お願いがあります、楽屋にきてくれませんか?」

「勧誘ならお断りだよ?」

 先手を打たれたことにアイドルは顔を曇らせたが、すぐにステージで見せていたような真剣な顔に戻り、話を続けた。

「どうすれば次も、一緒にライブにでてくれますか?」

 彼女の表情からは、あたしへの切望が滲み出ていた。彼女の思いも分からないではない。それに応えることができないあたしは、”異世界”を旅する決意が伝わるように彼女をまっすぐ見つめた。

「あたしたちは旅をしてるからね。同じ場所に戻ることも、居続けることもほとんどないんだよ」

 そこまで聞いたアイドルは、あたしを勧誘することをきっぱりと諦めてくれたようだ。アイドルとしての仕事モードの顔から、路上で出会った時の少し緩んだ優しげな表情になっていた。

「貴方がここでのイリュージョンを捨ててまで、過酷な”異世界”を旅する目的が聞きたいです」

「あたしが旅するのは、いつかみた完璧なイリュージョンを超えるためだよ。そのために、必要とするものを指し示す、このコンパスで足りないものを集めている最中なんだよ」

 そう言ってあたしは、首から下げているコンパスをアイドルに見せた。

 すると、あたしの手にあるコンパスの針は、あろうことかアイドルを指し示していた。

あたしがコンパスを左右に動かしても、針はアイドルを指し続ける。

 コンパスの指し示す先が生き物であることは、なかなかあることではないが、その対象が知的生命体であることは、それ以上に珍しいことであったので、こんな偶然もあるのだと驚きを隠せなかった。

「コンパスの先がアイドルだったのですか?!?!」

 いつの間にか復活していた、とーるくんが会話に参戦してくる。

「確かにライブは楽しかったからね!あたしの求めているものとしては間違ってはいないね。近頃は役に立ってなかったコンパスだったけど、ついに本領を発揮できたようだよ!」

 アイドルは目を白黒させながら言った。

「貴方にとって、私が必要なものであるとは思えません。試しに、私の必要とするものが何か見てみたいです!」

「ライブで楽しませてくれたから特別だよ」


 滅多に誰かの手に渡すことをしないコンパスを、あたしからできる最大の感謝の形としてアイドルへ手渡す。

「ぼくには触らせてくれもしないコンパスを、こんなにもあっさりと渡すのですか……」

 悔し涙を滝のように流す魚は置いておく。

 アイドルはコンパスを左手に乗せ、右手で指を差して宣言した。

「きっとコンパスの示す先はあっちです。自宅の金庫になります!」

 アイドルは声高らかに必要とするものを言ったものの、コンパスはアイドルを楽屋へと導き、隅にある棚へと誘導した。埃を被ったダンボール箱が数多く有り、どうやら長い間放置されていた場所のようだ。

「楽屋にお宝でもあるのですか?」と興味津々なとーるくんの問いかけに、アイドルが「私のファンにとっては宝庫でしょうね」と答えながら棚の中を探る。

 そこから1本の古びたマイクが、アイドルの目に入る。子どものおもちゃと思わしきそれは、あちこちの装飾が剥げており、小道具の役割すら果たせそうにない。金銭的な価値がなさそうなマイクを、アイドルは両手でぎゅっと握りしめた。

「どうしてこんなところに……」

 マイクを握る彼女の手はかすかに震えていた。何かを吐き出すまいとこらえているように見え、あたしは静かに彼女を待った。それくらいしか、あたしにできることはないと思った。

 彼女は、あたしたちの方へ少しだけ振り返り、動揺した声色のままコンパスをあたしに手渡した。

 わずかに見て取れた彼女の瞳には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

「このコンパスは、きっと……いいえ……お返しします。貸しくれて……ありがとうございました」

 あたしはアイドルの表情を見て察しがついたので優しく「あんたと一緒に参加できたライブは最高だったよ!」と告げ、とーるくんに「そろそろ行こうか」とも促した。

 あたしは胸元へコンパスをぶら下げる。相変わらず針は彼女の方を指していた。

「……報酬は、社長から受け取ってください。私も貴方たちとのライブは、これまでにないくらい、最高のステージになりました!!」

 あれほどのライブでも涙を流す姿を見せていなかったアイドルの声が、いまは隠し切れないほど震えている。あたしたちにそんな姿を見せないように必死でいることが、鈍感なとーるくんにも伝わったようで、彼も慌ててその場を立ち去ろうとした。

 あたしたちが楽屋を出た後に、扉越しに泣きじゃくる声が聞こえた気がした。

 とーるくんは、そんな場面をごまかすかのように話題を振ってきた。

「すいが、ぼく以外の誰かとイリュージョンを楽しむのは稀ですね!アイドルと定期的にイリュージョンをするのはどうですか?」

「誰かとイリュージョンをするのは、これくらいが丁度いいんだよ……」

 あたしの脳裏には、数々の別れや仲違いしていったいくつもの思い出が想起される。

せっかくの楽しかったライブの思い出が薄れてしまわぬ内に、すぐに明るい口調に戻す。

「とーるくんは、別だけどね!」

 茶化したつもりだが、とーるくんには伝わらない。

「相棒は、ぼくに任せてください!!」

「頼もしいね!」

 あたしたちは息をピッタリと合わせ、お互いの今日の健闘を称え合い、手のひらと胸ビレでハイタッチを決める。

 その後、社長から約束の報酬を受け取ったあたしたちは、お金を手元に残しても仕方がないので、旅の支度を済ませた後は、ここで使い切るために、数日はこの世界で遊ぶ事にした。

 その滞在が、あたしたちの運命に大きく関与しているとも知らずに。
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