第24異世界交易コロニーの「アイドル」【1】

文字数 2,281文字

 薄い朝霧が漂う荒野の中、岩肌が荘厳に佇むその地に、”異世界”を旅するイリュージョニストのあたし、”九十九すい”が立っていた。

 青いポニーテールは、朝霧で若干湿り気を帯びて重くなっている。だが、紺色のマントは、あたしによって施された技術により、湿気の影響を全く受けていないので軽やかでパリッとしていた。

 そして隣には、ナポレオンフィッシュの姿をした、空を浮かぶ魚の”とーるくん”がいる。薄暗い霧の中を泳ぐ姿を初めて見る人ならば、新種のキモカワ系モンスターと間違えて驚くかも知れない。

 けれども、彼は表情豊かで少し抜けているだけの楽しい旅仲間である。

 あたしたちは、九十九すいの記憶の断片にある完璧なイリュージョンを超える技術と魔術を求めてさまざまな”異世界”を渡り歩いている。持つ者にとって必要なものを指し示すコンパスを頼りにして。

 この”異世界”でコンパスの先にあったぱっとしない魔術を回収し終えた、あたしたちは、次の”異世界”へのゲートを開く準備をしていた。

 あたしは得意のイリュージョンで、はんだごてを模したステッキを虚空から取り出して、ちょいちょいと上下に振ってみせる。

 やがていつものように、目の前に扉が表れるかのように、直径2メートルほどの魔方陣が浮かび上がる。その中心には、人が通れるほどの大きさの漆黒の膜をが現れた。

 これが、次の”異世界”へつながるゲートだ。

 しかし、ゲートが開通した矢先に異変が起こった。

 ”異世界”をつなぐ出入り口に、緑色のレーザーに近い光の線が網目状に絡み合い、まるで蜘蛛の巣のようにゲート全体を覆い尽くしたのだ。

 これはゲートを使用できなくするための技術だろう。転移先からの干渉があったらしい。

 間もなくすると、ゲートの向こうから女性の声が届いた。内容は、転移に関する案内である。声は明瞭で、正体不明の”異世界”からの案内という状況にも関わらず、何か安心感を与えるものがあった。

「こちらは、第24異世界交易コロニー入場案内窓口です。入場のお手続きがお済みの場合には、先にデータの提出をお願いします。お手続きがまだの方は、交易コロニー内でお手続きが可能となっておりますので、入場をご希望の方はお申し付けください」

 ただ、あたしはこの声だけでは信じられない。ので、疑いながら呟いた。

「異世界交易コロニーね……まあ、無差別に攻撃されるような”異世界”じゃないだけ良かったよ」

 今回の転移先のように、技術や魔術が発展した”異世界”では、あたしが使ったゲートと同様の空間移動の対策が当然のように施されている。

 あたしたちのように無断で”異世界”から転移してくるものを取り締まっているのだ。

 あたしは異世界交易コロニー内での手続きを希望する旨を伝えて、新しくゲートを開いてもらった。

 こういったゲートは実際のところ、どこにつながっているか分からない。これが一番危険なのだ。ゲートの先が罠だった、なんて経験も少なくない。

 ゲート先が名乗っている異世界交易コロニーは、チェーン店みたいに、いくつも同系統のコロニーが建設されている。嘘偽りなくアナウンスされているのなら、ゲートの先には24番目の異世界交易コロニーがあるはずだ。

 ”異世界”を股にかける巨大な規模で組織的な運営を行っている異世界交易コロニーは、安全かつ物資が豊富であるため、”異世界”を旅する者にはオアシスのような場所である。

 だから、異世界交易コロニーを名乗り、”異世界”を訪れる渡航者を騙す犯罪組織もあるのだ。異世界交易コロニーだからといって、それを鵜呑みにして安心はできない。

「すい?何をしているのですか?」

「命綱の準備だよ」

 転移した瞬間、檻の中に閉じ込められる、四股を拘束されるなどの最悪のケースを考えて、この場所に戻ってこられるように命綱を用意する。

 命綱は現在地点とあたし自身を細い魔力の糸でつなぎ合わせてくれる代物だ。設置しておくことで、糸に一定以上の魔力を流すと、一瞬で繋いだゲートに戻ることができる。

 もちろん、普段の旅でも”異世界”を行き来する時は使用している。

 それ以外にも、考えられる対策は念入りにおこなう。

 例えば、不意の攻撃に備えて自身に防御魔術を施す。次に、魔術を封じられた時のために、インスタントで”異世界”へのゲートを生成できる機械をすぐに動かせるようにした。

 この機械は使い捨てで、ゲートの生成に少し時間がかかるため使い勝手が悪いので普段遣いには向かない。

 これだけ対策をするのは、”異世界”からの転移を感知し、それを制御できるほどの能力がある”異世界”へ向かうからである。

 それだけの対策を行ったうえでも安全を確認できるまでは、とーるくんをこの”異世界”に置いておく。万が一、あたしの身に危険があれば、あまり期待はできないが、彼がどうにかしてくれる可能性もある。

 あたしは開いているゲートに準備が整ったことを告げ、気を引き締めてゲートへ足を踏み入れた。

「見知らぬゲートに入る時は、いつも変に緊張するねぇ。もしもの時は、とーるくんに任せたよ!」

とーるくんを見ると、彼は一瞬焦ったような表情をしたが、すぐに気を引き締め直し、キリっとした自信のある顔つきに変わった。

 あたしがゲートを進むと、後方からとーるくんの力強い声が聞こえた。

「任せてくださーーーーーぃぃぃ」

 とーるくんの声がだんだん遠くなり、距離が離れていることを実感する。しかし、あたしは今回の”異世界”に対して、これまでの経験からくる直感から不思議とそれほど不安は感じなかった。
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