第24異世界交易コロニーの「アイドル」【6】
文字数 3,137文字
あたしととーるくんは、無事に異世界交易コロニーへの入場手続きを終えていた。
その際に、路上でのイリュージョンの許可もしっかりと取得している。もちろん、変な勧誘や犯罪には巻き込まれたくないので、観光客向けの最上位のセキュリティをかけてもらっている。
あたしの魔力は膨大にあるようだから、異世界交易コロニーの物価でも困ることはない。
なので、観光兼下見をある程度済ませたあとは、必要とするものを指し示すコンパスが示す先に向かうのは後回しにした。それよりも治安がよく観客も多い、ここでイリュージョンをすることを優先した。
あたしの旅の目的は大きく2つある。
ひとつ、”異世界”を旅しながらイリュージョンをして、観客を楽しませ、あたし自身も楽しむこと。
ふたつ、あたしが”異世界”を旅するきっかけになった、完璧なイリュージョンを超えることである。そのために、あたしすら必要なものがわかっていないので、自身の必要とするものを指し示すコンパスを頼りに”異世界”を旅をしているのだ。
あたしたちは異世界交易コロニーの路上パフォーマンスの許可を得た場所に立ち、イリュージョンの輝きを放った。
賑わう広場で、あたしたちのイリュージョンという芸術が空中に浮かび上がる。
鮮やかな色彩と繊細な動きが織り成す幻想的な光景は、通りすがりの人々が一瞬で歩みを止めた。あたしたちのイリュージョンが終わると、周囲は拍手と歓声に包まれた。
あたしたちが感じたのは、ただの達成感ではなかった。
それは、数多の”異世界”から来た目の肥えた観客たちを驚かせ、喜ばせたという嬉しさだった。観客の表情に浮かぶ純粋な驚きと楽しさは、あたしの心を熱くして、頬を緩ませた。
あたしが、そんな幸せな心地に浸っていると、すでに人が捌けつつある路上にギラギラとした視線を向けてくる1人の女性がいることに気がついた。
異世界交易コロニーのセキュリティに引っかからないので、悪意や下心のある人ではないことは分かった。その辺りの思考を持って、あたしに接触を図ろうとすると認識阻害をされるようになっているはずだからである。
彼女はトレーニングウェアを着ていた。あたしよりも若干背が低いがスタイルは抜群で、丹念に手入れのされているであろうツーサイドアップの金髪が特徴的であった。
あたしは、その姿をどこかで見たような既視感を覚えたが、すぐには思い出せなかった。
あたしは、彼女がどんな目的で見つめてくるのか不思議そうに見返す。
すると彼女はなぜか固まり、横にスライドした。さらにそれを視線で追うと、軽くステップを踏み出した。
彼女は、何かを確認し、何かに納得したようで、こちらに近づいてきた。変わっている人だとは思ったが同時に興味も湧いてきていた。
そして彼女は、芯の通ったはっきりとした口調でこう言った。
「明日の私のライブに一緒に出てもらえませんか?貴方たちの圧巻のパフォーマンスを見て、貴方たちの価値を確信したんです!」
ド直球な仕事の依頼にあたしは、異世界交易コロニーのセキュリティはどうなっているのかと一瞬驚いた。が、素直にイリュージョンを認めてくれて、対等な関係で依頼されているものなのかも知れないと思い直す。
もしくは、あたしにとって大きなメリットがある話であるので、セキュリティが防がなかった可能性もある。
「ぼくたちのイリュージョンなら誘われて当然です!」
あたしのアシスタントとして震えながら必死にイリュージョンをしていたとーるくんが息巻いている。
「この魚の話は真に受けなくていいからね……とりあえず、話だけは聞くよ」
その言葉を聞き入れた彼女は、一呼吸入れてから熱心に説得してきた。
「私は異世界交易コロニーで、それなりに有名なアイドルです!」
彼女が右手を軽く払うとモニターが現れる。そこでは目の前の女性が、大観衆の前で歌とともにダンスを披露していた。
「貴方たちに出てもらうのは、明日の1億人以上を動員するライブだけでいいですから!!」
「「1億人?!」」あたしととーるくんは口を揃えて驚いた。
あたしほど長く旅をしていても、1億人規模のライブへの参加経験はあまりない。ましてや路上のパフォーマンスから、1億人規模のライブへのお誘いは寝耳に水だ。
イリュージョンをそれだけの観客の前で、また披露したいという気持ちが芽生えた。
ただ、アイドルの話が突拍子もなさ過ぎるので、安易に承諾することはせず、高ぶる気持ちを抑えつつ様子を伺うことにした。
しかし彼女のモニターの映像と、アイドルという言葉から、先程の既視感の正体を突き止める。
「あぁ……思い出したよ。あんたが本当に有名なアイドルであるかは、街の広告を見たら間違いないね。でも、期日が明日であることと、あたしを選ぶ理由が気になるねぇ」
アイドルは、なぜそんなことを気にしてるんだと言わんばかりの顔をして答えた。
「期日については、貴方たちの実力と私の力量があれば十分、不備なくできます!
貴方たちのイリュージョンは、多種多様な人種・民族が集まるコロニーですら滅多に見ることのない独創的なものです!!
貴方たちを選ぶ理由は、間違いなく受けが良く、ライブが盛り上がるからです!!!
見た人の誰もが記憶に留めたいと、ライブのデータが飛ぶように売れるはずです!!!!
ライブという一時的な収入だけではなく、継続的に売れ続けるコンテンツはとても重要なんですよ!!!!!」
アイドルの熱弁は止まらない。あたしは「そう言われてもねぇ」と表面的に困って見せる。心のなかではイリュージョンをしたくて、今にも口角が上がってしまいそうだが、僅かな理性で耐えているのだ。
彼女の裏取りまでをきっちりと確認して、安全を確かめなくてはいけない。”異世界”の旅は危険が付き物で、アイドルに悪意がないとしても、その雇い主が悪い人たちであるとも限らないからだ。
しかし、アイドルはあたしの煮え切らない態度を見て、じれったいと「リハーサルを1度見てもらえませんか、それで決めてください!」と強引にあたしの腕を引き、ライブ会場へと連れて行くのであった。
その後ろから「ぼくを無視しておいていかないでください〜」と、アイドルからほとんど相手にされていないとーるくんがふわふわと着いて来ていた。
技術や魔術を使い、彼女の思考を読んだり、あたしに敵意を向けないように仕向けることもできなくはない。
だが、異世界交易コロニーのような場所では、誰かに危害を加える魔術や技術に関して規制が一段と厳しい。
特に一時的に滞在している部外者に対しては、より規制が強くなっている。滞在中は常に監視されているといっても過言ではない。
例えば、あたしがアイドルに対して、その言葉の真偽を確かめる魔術などを使った途端にコロニーのシステムによりあたしたちは拘束されてしまう。
先ほどのイリュージョンの時には、事前にイリュージョンを行う範囲を申請していたため、その内側でのみイリュージョンができていたわけである。
コロニーに大金を支払って魔術・技術を行使する事もできるが、コンパスの先次第で出費が嵩む可能性も捨てきれないので節約したいのだ。
いくら魔力を大量に持っている体質だからといって、無限にあると考えてはいけない。
突然、魔力の枯渇を感じることも危惧しなくてはならない。
もちろん物理的かつ安全に、アイドルの腕を振りほどいて逃げることもできたが、"1億人の前でイリュージョンを披露できる"という甘美な響きと誘惑にあっさりと負けていた。
アイドルに腕を引かれる道中は、明日のライブの内容で会話が盛り上がるのだった。
その際に、路上でのイリュージョンの許可もしっかりと取得している。もちろん、変な勧誘や犯罪には巻き込まれたくないので、観光客向けの最上位のセキュリティをかけてもらっている。
あたしの魔力は膨大にあるようだから、異世界交易コロニーの物価でも困ることはない。
なので、観光兼下見をある程度済ませたあとは、必要とするものを指し示すコンパスが示す先に向かうのは後回しにした。それよりも治安がよく観客も多い、ここでイリュージョンをすることを優先した。
あたしの旅の目的は大きく2つある。
ひとつ、”異世界”を旅しながらイリュージョンをして、観客を楽しませ、あたし自身も楽しむこと。
ふたつ、あたしが”異世界”を旅するきっかけになった、完璧なイリュージョンを超えることである。そのために、あたしすら必要なものがわかっていないので、自身の必要とするものを指し示すコンパスを頼りに”異世界”を旅をしているのだ。
あたしたちは異世界交易コロニーの路上パフォーマンスの許可を得た場所に立ち、イリュージョンの輝きを放った。
賑わう広場で、あたしたちのイリュージョンという芸術が空中に浮かび上がる。
鮮やかな色彩と繊細な動きが織り成す幻想的な光景は、通りすがりの人々が一瞬で歩みを止めた。あたしたちのイリュージョンが終わると、周囲は拍手と歓声に包まれた。
あたしたちが感じたのは、ただの達成感ではなかった。
それは、数多の”異世界”から来た目の肥えた観客たちを驚かせ、喜ばせたという嬉しさだった。観客の表情に浮かぶ純粋な驚きと楽しさは、あたしの心を熱くして、頬を緩ませた。
あたしが、そんな幸せな心地に浸っていると、すでに人が捌けつつある路上にギラギラとした視線を向けてくる1人の女性がいることに気がついた。
異世界交易コロニーのセキュリティに引っかからないので、悪意や下心のある人ではないことは分かった。その辺りの思考を持って、あたしに接触を図ろうとすると認識阻害をされるようになっているはずだからである。
彼女はトレーニングウェアを着ていた。あたしよりも若干背が低いがスタイルは抜群で、丹念に手入れのされているであろうツーサイドアップの金髪が特徴的であった。
あたしは、その姿をどこかで見たような既視感を覚えたが、すぐには思い出せなかった。
あたしは、彼女がどんな目的で見つめてくるのか不思議そうに見返す。
すると彼女はなぜか固まり、横にスライドした。さらにそれを視線で追うと、軽くステップを踏み出した。
彼女は、何かを確認し、何かに納得したようで、こちらに近づいてきた。変わっている人だとは思ったが同時に興味も湧いてきていた。
そして彼女は、芯の通ったはっきりとした口調でこう言った。
「明日の私のライブに一緒に出てもらえませんか?貴方たちの圧巻のパフォーマンスを見て、貴方たちの価値を確信したんです!」
ド直球な仕事の依頼にあたしは、異世界交易コロニーのセキュリティはどうなっているのかと一瞬驚いた。が、素直にイリュージョンを認めてくれて、対等な関係で依頼されているものなのかも知れないと思い直す。
もしくは、あたしにとって大きなメリットがある話であるので、セキュリティが防がなかった可能性もある。
「ぼくたちのイリュージョンなら誘われて当然です!」
あたしのアシスタントとして震えながら必死にイリュージョンをしていたとーるくんが息巻いている。
「この魚の話は真に受けなくていいからね……とりあえず、話だけは聞くよ」
その言葉を聞き入れた彼女は、一呼吸入れてから熱心に説得してきた。
「私は異世界交易コロニーで、それなりに有名なアイドルです!」
彼女が右手を軽く払うとモニターが現れる。そこでは目の前の女性が、大観衆の前で歌とともにダンスを披露していた。
「貴方たちに出てもらうのは、明日の1億人以上を動員するライブだけでいいですから!!」
「「1億人?!」」あたしととーるくんは口を揃えて驚いた。
あたしほど長く旅をしていても、1億人規模のライブへの参加経験はあまりない。ましてや路上のパフォーマンスから、1億人規模のライブへのお誘いは寝耳に水だ。
イリュージョンをそれだけの観客の前で、また披露したいという気持ちが芽生えた。
ただ、アイドルの話が突拍子もなさ過ぎるので、安易に承諾することはせず、高ぶる気持ちを抑えつつ様子を伺うことにした。
しかし彼女のモニターの映像と、アイドルという言葉から、先程の既視感の正体を突き止める。
「あぁ……思い出したよ。あんたが本当に有名なアイドルであるかは、街の広告を見たら間違いないね。でも、期日が明日であることと、あたしを選ぶ理由が気になるねぇ」
アイドルは、なぜそんなことを気にしてるんだと言わんばかりの顔をして答えた。
「期日については、貴方たちの実力と私の力量があれば十分、不備なくできます!
貴方たちのイリュージョンは、多種多様な人種・民族が集まるコロニーですら滅多に見ることのない独創的なものです!!
貴方たちを選ぶ理由は、間違いなく受けが良く、ライブが盛り上がるからです!!!
見た人の誰もが記憶に留めたいと、ライブのデータが飛ぶように売れるはずです!!!!
ライブという一時的な収入だけではなく、継続的に売れ続けるコンテンツはとても重要なんですよ!!!!!」
アイドルの熱弁は止まらない。あたしは「そう言われてもねぇ」と表面的に困って見せる。心のなかではイリュージョンをしたくて、今にも口角が上がってしまいそうだが、僅かな理性で耐えているのだ。
彼女の裏取りまでをきっちりと確認して、安全を確かめなくてはいけない。”異世界”の旅は危険が付き物で、アイドルに悪意がないとしても、その雇い主が悪い人たちであるとも限らないからだ。
しかし、アイドルはあたしの煮え切らない態度を見て、じれったいと「リハーサルを1度見てもらえませんか、それで決めてください!」と強引にあたしの腕を引き、ライブ会場へと連れて行くのであった。
その後ろから「ぼくを無視しておいていかないでください〜」と、アイドルからほとんど相手にされていないとーるくんがふわふわと着いて来ていた。
技術や魔術を使い、彼女の思考を読んだり、あたしに敵意を向けないように仕向けることもできなくはない。
だが、異世界交易コロニーのような場所では、誰かに危害を加える魔術や技術に関して規制が一段と厳しい。
特に一時的に滞在している部外者に対しては、より規制が強くなっている。滞在中は常に監視されているといっても過言ではない。
例えば、あたしがアイドルに対して、その言葉の真偽を確かめる魔術などを使った途端にコロニーのシステムによりあたしたちは拘束されてしまう。
先ほどのイリュージョンの時には、事前にイリュージョンを行う範囲を申請していたため、その内側でのみイリュージョンができていたわけである。
コロニーに大金を支払って魔術・技術を行使する事もできるが、コンパスの先次第で出費が嵩む可能性も捨てきれないので節約したいのだ。
いくら魔力を大量に持っている体質だからといって、無限にあると考えてはいけない。
突然、魔力の枯渇を感じることも危惧しなくてはならない。
もちろん物理的かつ安全に、アイドルの腕を振りほどいて逃げることもできたが、"1億人の前でイリュージョンを披露できる"という甘美な響きと誘惑にあっさりと負けていた。
アイドルに腕を引かれる道中は、明日のライブの内容で会話が盛り上がるのだった。