第9話

文字数 2,803文字

***

 王城から司祭と副司祭に登城命令が下り、二人は急いで支度を調えて王城へ向かった。この時期に国王からの召集とあって、さすがのガゼルも気を引きしめたものの、出迎えた国王ヤラの対応はのんびりしたものだった。

「忙しいところ呼び立てて申し訳ない」
 前と同じく、やたらと大仰(おおぎょう)な装飾の施された広間で、ヤラは優雅なしぐさで足を組んだ。
「いえ、そろそろお召しがあろうかと思っておりましたので」
 クリフォードが笑むと、ヤラは小さく片方の眉を持ち上げたが、にこりと笑む。
「さすがは司祭殿」

 何かある。ガゼルは胸の内でつぶやいて、そっとクリフォードの方を見やるが、クリフォードは穏やかな表情を浮かべていて、ガゼルの視線には答えなかった。

「そうそう、来て早々に申し訳ないのだが、古い扉にかかった魔法が解けなくなってしまってね。少し見てもらえないだろうか、副司祭」
 思いがけず、えっ、とガゼルは弾かれたように顔を上げた。その膝をクリフォードがヤラに見えないように叩く。

「城にいる魔法使いではどうにもならないようでね。副司祭なら解くことなどわけないだろう。お願いできるかね」
 そう言ってヤラは穏やかな笑みを浮かべる。

 ここにいられちゃ何かまずいのか──

 厄介払いするつもりと見て、ガゼルはクリフォードを見やる。すると彼は意外にもにこりと笑う。
「行って差し上げなさい、副司祭」
 副司祭、という言葉に(はか)らずもどきりとする。
「え、しかし……」
「きっと鍵の魔法が壊れたのでしょう。そう手間のかかるものでもないでしょうから、直したらすぐに戻って来なさい」
「……はい」

 ヤラが片手を上げて合図をすると、そばに立っていたメイ・セイヤーが進み出た。彼は王族出身の執政官の一人である。どうやら彼と共に部屋から出て行けということらしく、ガゼルはしぶしぶ席を立って、彼の後に続いて広間を後にした。

 二人が出て行くとヤラは、改めて深々と息をついた。広間には五人の近衛兵と、王族出身の執政官が二人。そこへどこか気ぜわしい沈黙が落ちる。
「陛下、ご用件を承りましょうか」
 クリフォードの落ち着いた声音に、ヤラはわずかに片方の眉を持ち上げた。
「わしが何を言い出すか察しが付いているか?」
 まさか、とクリフォードが笑ってみせると、ヤラはいやにもったいぶった様子で組んだ足を組み替える。

「近頃、国内が(こと)に騒がしい。それは十分承知しておろう」
「はい。我ら魔法使いも手を焼いております。そろそろ陛下のご意向をあおぎに参上せねばと思っていたところです」
「ずいぶんと騒ぎも大きくなって、その中に魔法使いが混じっていると言うではないか。法庁はいったい何をしておる」
「お恥ずかしい限りでございますが、今法庁でも魔法の解放如何(いかん)について意見がまとまらないのです」
 なるほど、とヤラはため息をついた。
「わしも国王としてこの国の将来について思案してみた。そして打つ手はひとつだという結論にいたったのだ」
「と、おっしゃいますと」
「国民に魔法を解放せよ」
「それは一大事でございますよ」
「わかっておる。しかし、もうそれ以外に方法はないだろう。国民は欲したものを手にするまでわめく。そしてそれを魔法使いに食い止めることはできまい。彼らは魔法がほしくてしかたがないのだからな。魔法使いに抑えられぬものを、軍がどうにかできるとも、わしには思われぬのだ」
「しかし、それでは幼子に松明(たいまつ)をわたすようなもの。利よりも害の方が多く出ます」
「果たしてそうだろうか。魔法使いはこれまで魔法を独占し、一般国民に多くを語らなかった。その結果ではないのかね? 魔法使いが国民に尽くさぬのであれば、国民にその力を解放すべきだと思うのだがね」

 揺るぎない口調に、クリフォードは小さく息をつく。

「陛下、【星】の魔力が国民に解放できると、どなたにおうかがいになったのです?」
「答える必要はなかろう。そなたら魔法使いは、それを承知の上で黙っていた。つまり、これまで国民はおろか、我々王族までたばかってきたということであろうが」
 やれやれとクリフォードは息をつく。
「魔法には多くの知識や経験が必要となります。魔法使いの五家に生まれたとて、その全ての者が魔法使いの称号を得られるわけではございません。約半数は不適格として試験に落ちます。そして魔法使いといえども、気を抜けば己の放った魔法に食われることすらあるのです。それほど魔法とは危険なものなのですよ。魔法が全ての人の望みを叶える、夢のような代物と考えていただいては困ります」
 ヤラはふと笑みをもらし、椅子にもたれていた体を起こす。
「わしはそなたの講義を聴くつもりはないのだがね」
「……つまり、魔法の解放は国王陛下のご命令だと?」
「そういうことだ」
 広間は静まりかえり、(きぬ)ずれの音すらしなかった。




「こちらです」
 目の前に現れたのは、たいそう古い扉で、木は朽ちかけ鉄はさび付いていた。魔法がかかっていなくとも、開けるのに苦労しそうな代物である。

「これは何の部屋なのですか?」
 かんぬきにかかった魔法を調べながらガゼルが問うと、メイは小さく首をかしげる。
「確か書庫であったと記憶しております」

 記憶しております(、、、、、、、、)

 必要のなさが丸出しじゃないか、とガゼルはため息をつきつつ、かんぬきに触れて魔法の種類を読む。そこには確かに鍵の魔法がかかっていて、描かれた法印の文字がひとつ消えているらしかった。それはかんぬきを束縛する鍵の種類を表す主要な文字で、法印の中で消えると最も厄介な一文字だった。それがわかっていれば、予想されるファリア文字の配列の種類も五つ程度にしぼられるのだが、それ以外の文字の配列は百種類を超える。

 しかしこういう類の鍵には、数種類の鍵を合わせてひとつにするのが一般的で、つまりはその文字を導き出さない限り、この扉は開かない。確かにこれでは、いっぱしの魔法使いでも不可能とまでは言えないが、面倒くさい。

 ジュリオがいればな、と胸の内でこぼしてガゼルは思い当たる文字を書いてみる。しかし文字列は完成しない。それから適当に二、三書いてみるが、やはり完成しない。
「意外と単純だったりして」
 口の中でブツブツ言って、ファリア文字の最初の文字『アン』を書き入れてみる。するとそこから青白い光が散って、法印が完成した。

 適当なカンが当たったことにガゼルは驚いたが、曲がりなりにも王城の扉にこんな単純な鍵が取り付けられていることにも驚いた。ファリア文字の『アン』『シャイン』『ペスカ』の三文字は、最も簡素な鍵に使われる文字で、よく農家の物置小屋や机の引き出しなどに使われている。それが使われているということ自体が、この部屋がどういうものであるかよく表している。要は、本当に物置同然の書庫だということなのだろう。それを解くことができない魔法使いとは、どんなぼんくらなのか。
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