第13話

文字数 3,063文字

 開かれた最終会議では、やはり当主たちの猛反発を受けた。魔法の解放が司祭の独断で決定したことと、解放までの日数がたった七日だということ、そして副司祭の修行を、禁じられた時の魔法を使って行うということに強い反発が起こった。
 しかしこれまでに数々の会議を行ってなお結論を出すことができなかったことに加え、国王命令でもあり、すでに国王に証文をわたしてしまっているため、当主たちも反発はすれども、どうすることもできなかった。
 ただ、報告を受けたガゼルの教育係たちは色をなした。

「いったい何をお考えなのです! もう少し副司祭のこともお考えください!」
 アレフの剣幕にクリフォードは苦笑する。
「あの子も司祭となる身。このくらいのことに負けてもらっては困る」
「こんなものが、このくらい、ですか? いいですか司祭、副司祭と言っても司祭を継ぐ日を間近にひかえた九十歳の副司祭とはわけが違います。ガゼルはまだ副司祭になって二月(ふたつき)です。まだ十五歳なのですよ。こんなことをじょうずに納得できるわけがない」
「それでもやってもらわねば困る」
「司祭」
「アレフ、司祭は己のために生きてはならないのだ」
 よく言うよ、とジーナがキセルの灰を皿に落とす。
「ちゃんと話してやれと言ったのに、こんなことになるまで話さなかったのは、泣かれるのが恐かったからじゃないのかい」

 クリフォードは苦笑しつつ、深々とため息をついた。
「何も、私はたった七日後に姿を消すわけじゃない。想像しづらいだろうが、これからガゼルとは百年と四日、ともに過ごす。まあ、君らとはあと七日でお別れだがね」
 その言葉に沈黙が落ちる。

「長さではないと思いますよ」ジュリオがぽつりと口を開く。「どんなに長く一緒にいるとしても、大事な人が自分で最期の日を決めてしまうのは、つらいです。私だって、本当に悲しいですよ、司祭。私は一生あなたの元で働くのだと思っていましたから」
 クリフォードはそれにふわりと笑むと、腰を上げる。
「ありがとう、ジュリオ。みんなもすまないね。教育係も、ガゼルの修行が終わりしだい解散とする」
 そう言ってそのまま部屋を出て行こうとするクリフォードを、ジーナが呼び止める。
「本当に、もうどうしようもないのかい?」
「他の選択肢を探すつもりが、私にはないからね」

 静まりかえった部屋の中に、ドアの閉まる音がやけに大きく響いた。




 翌朝、教育係たちの心配をよそに、ガゼルはいつもと変わらぬ様子で食堂に姿を現した。
「おはよう、諸君!」
「あ、ガゼル、おはよう」
 ジュリオがぼそぼそと言い、テーブルの下でジーナに足を蹴り飛ばされた。
「心配しないでくれたまえ。私はちゃんと修行に行ってくるから」
 そう言ってガゼルはパンをほおばる。
「無理することはないよ。何ならクリフォードに私が話を付けてやろうか?」
「いいよ別に」
 やけにあっさりした様子にジーナはいぶかしげな顔をして、ガゼルのそばによる。
「いったい何をたくらんでるんだよ」
 耳打ちするようにジーナがヒソヒソ言うと、ガゼルはニッと歯を見せ、ジーナの耳元へ顔をよせる。
「俺はできそこないを極めることにしたんだ」
 へ、とジーナが奇妙な声を上げると、ガゼルはニヤリとする。
「修行してもムダだってことを証明するんだ。それで、ずっと反対し続けてやる。百年もあるんだから、いくら相手がクリフォードでもそのうちには説得できると思うんだ」
「お前……」
 ジーナが眉をひそめると、ガゼルは少し困ったような笑い方をした。その目が少し赤かった。
「なんにも言わないで。それ以外には何も考えつかなかったんだ。大丈夫だよ。俺は宿命(ウィルド)の名前に負けたりしない」
 そうだね、と言ってジーナもまたニヤリとする。
「お前は人の言うことなんか、素直に聞く子じゃなかったね」
「何だよその言い方」
「ガゼル、本当に無理してはいけませんよ」横からジュリオがまたぼそぼそと言う。「自分の心にウソをつくと、後々つらいですからね」
「無理なんかしないよ」ガゼルは快活に言って席を立つ。「ファリア文字を最後までジュリオに習えなくて残念だ」
 ジュリオがふと表情を曇らせると、ガゼルは彼の皿にあった焼き菓子をひょいとつまんで口へ放り込む。
「じゃあ、行ってきます」
「こら、ガゼル。行儀が悪いよ」
 ジーナがたしなめるが、ガゼルはぺこりと頭を下げると、いつものように駆けていってしまった。その姿が見えなくなると、思わずもれ出たため息が重なり、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「ジーナさん、これからいったいどうなっていくんでしょうね」
「さあね」
「魔法が解放された後、きっと大変ですよ。魔法が解放されれば、一般人はもちろんですが、魔法使いもまたエレメントに縛られなくなるでしょう。そうなれば、司祭はこれまでのように法庁のトップに君臨することなどできるでしょうか? 司祭がまとめなくなった法庁があっという間に総崩れ、なんてことになりませんか?」
「むしろその方がいいんじゃないのかね」
 え、とジュリオがふり返ったが、ジーナはキセルに火を点けると淡い煙をくゆらせるばかりで、それ以上何も言わなかった。




 あわただしく支度を調え、法庁の魔法使いたちへの報告を済ませると、二人は司祭の間に戻りクリフォードの描いた法印の前に立った。それはずいぶんと複雑な法印で、様々な文字や図形で埋めつくされそれらが放つ光で部屋の中が明るくなっていた。

「まず、過去の十年を取り出す。その十年を十回繰り返して百年とする。できるだけ変化の多い十年を選んだが、いろいろな経験を積むには場所を変えなければならない。テサだけではすまんだろうから、また長い旅になる」
「うん」
 ガゼルのどこかぼんやりした返事に、クリフォードはため息をつく。
「聞いてるのか?」
「聞いてるよ。それで、こっちに戻ってくるのは百年後?」
「いや、一日ごと、つまり、こっちの日が暮れる頃には戻ってこよう。突然百年後に戻ると、ひどく混乱する恐れがある」
「わかりました」
 そう言ったガゼルの瞳の奥に、何か強い意志のようなものを見て取り、クリフォードは内心苦笑する。
 きっと何かたくらんでいるに違いない、と確信する。おそらくまじめに修行を受けるつもりはない、あくまでも逆らうつもりだろうと思われたが、だからといって手を緩めるつもりもない。たとえ、それが自分を思ってのことだとしても。

「さあ、心の準備はいいかね」
「はい」

 魔法の解放など、絶対にさせない。あのいけ好かない国王や顔も見たことがないような国民のわがままのために、こんな形でクリフォード一人が犠牲になる必要などない。ジーナやアレフたちだってクリフォードがいなくなれば悲しむ。クリフォードは自分のことをないがしろにしがちだが、他にもクリフォードを大事に思っている人はたくさんいるのだ。彼らからクリフォードを奪ってはならない。それを止めることができるのは自分だけだ。

 証文は古代魔法であり、約束を違えた者の命を奪う魔法だが、もし司祭を継ぐ者がいなくなれば、【星】は魔法の解放、つまりクリフォードの死を阻止するか、証文の魔法を防ぐはずだ。
 全ては自分にかかっている。

「俺は絶対負けない」
 つぶやきにクリフォードはひょいと眉を持ち上げる。
「意気込みは立派だが、果たして百年続くかな?」
 クリフォードの面白がるような視線に、ガゼルもニヤリとした笑みを返す。
「試してみればわかるよ」
 やれやれと笑って、クリフォードはガゼルの腕をつかむと、金色に輝く法印へ足を踏み入れた。
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