第4話
文字数 2,561文字
法庁の司祭の間へ戻ると、クリフォードはガゼルに少し待つよう言って部屋を出て行くと、しばらくして古びた箱を持って戻ってきた。
「国王陛下への拝謁 も済んだことだ。今日からお前は名実共に副司祭だ」
言いながらクリフォードは、ガゼルの目の前に持っていた箱を置いた。それはたいそう古びていたが、美しい彫り物がほどこされ、何かの魔法がかけられているらしく、中を外からのぞき見ることができなかった。
「何?」
ガゼルがきょとんとした目を向けると、クリフォードはおだやかに微笑んだ。
「司祭から、次期司祭への贈り物だ。私も副司祭就任のおり、前司祭カルディ・ウィルドからこれをいただいた」
懐かしむような顔をして、クリフォードは箱をガゼルの正面にすえ直す。
「この中には三つの石が入っている古代魔法の石 だ。石榴石 、緑柱石 、霰石 だ。この中からひとつ選べ」
「ただの石じゃないってこと?」
「石は石だが、古代魔法が込められてる。この間、記憶を石に封じる古代魔法を教えただろう。あれと同じ要領だ」
「何が入ってんの?」
「それを教えたらおもしろみがなかろう」
うーむ、とガゼルがむずかしい顔をして腕を組むと、クリフォードはおかしそうに笑う。
「なに、たいした魔法は入ってない。あってもなくてもいいような代物だ。私もまだ使ってない」
そう言ってクリフォードは、服の中にしまい込んでいた孔雀石 の首飾りを取り出して見せた。その中には確かに古代魔法がひそめられていて、中からほのかな光が揺らめいた。
古代魔法とは、【星】の魔力によらない古くからある魔法で、それほどたいしたことはできないのだが、【星】の魔法にはないものが数多くある。しかし【星】の魔法が法印 と呪文 のみで成り立っているのに対し、古代魔法には複雑な手順や道具、特殊な文字の知識が必要となり、必要な時瞬時に発動させることが難しいのだ。そのために、古代魔法の手順全てを石に封じ込めておくということが古くから行われていた。
しかし、【星】の魔力を使う魔法使いが現れてからは、古代魔法はしだいに廃 れていき、もうこの石に封じ込める技 をあつかえるのも、当主や司祭ぐらいのものとなっていた。
「じゃあ、緑柱石」
ガゼルが適当に答えるとクリフォードは、ほう、と眉を持ち上げた。そしてニヤリとしてから箱に指先を触れる。すると金の光が散り、鍵の魔法が解ける。
「では次期司祭に緑柱石を」
クリフォードは箱の中から緑柱石の小さな耳飾りをつまみ上げ、さっそくそれをガゼルの耳に付ける。
「これ、結局何の魔法が入ってんの?」
「二つの物の状態をそっくり入れ替える魔法だ」
「状態を入れ替える?」
「例えば、大事な時計が壊れてしまったとしたら、他の新しい時計と状態をそのまま入れ替えることができる」
ふうん、とガゼルはつまらなさそうに言って、耳にくっついている緑柱石に手をやった。ひんやりとした感触の中に、ほのかな魔法の気配が伝わる。
「まあまあいい選択だと思うぞ。石榴石 は姿を変化させて定着させる魔法。霰石 は好きな風景を額縁に入れて眺められる魔法。これはかなり複雑にできていて、その景色の現在の様子が常に映るようになっているが、どちらもお前にはどうでもいい魔法だろう」
「これだってどうでもいいよ。壊れたら直せばいいじゃないか」
「【星】の魔法ではどうにもならない時に使えばいい」
「そんなことがあるとは思えない」
「世の中に絶対なんてものはほとんどない。きっといつか持っていてよかったと思う日が来る」
そうは思えないけど、とブツブツ言いながらガゼルはクリフォードの胸元に揺らめいていた孔雀石に目をやる。
「クリフォードのは何が入ってるの?」
「これは失われた魔法をひとつよみがえらせることができる」
「何だよ、俺もそういうのがよかった」
「贈り物に文句を言うな。この世にはムダなんてこともほとんどない。お前がそれを選んだことにも、何か意味があるのだ」
ふうん、とガゼルはまたつまらなそうな声を出したが、緑柱石の青とも緑ともつかない色は、それなりに美しいし、古代魔法はともかく飾りとしては充分だと思うことにした。
「さて、全ては整った」愉快そうに言ってクリフォードはパンと膝頭に両手を載せ、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。「これからは副司祭としてふるまうように。今この瞬間から『俺』などと言うことは許さん。そういう言葉遣いを耳にすればその場で仕置きだ。いいな」
「ええ、そんな急に言われても」
「前々から常々 言ってあるだろう。もういい加減にしなさい。もちろんイタズラも禁止だ。授業をさぼるのも、むやみに魔法を使うことも禁止」
「何だよ禁止禁止って、そればっかり」
「星を持って生まれた者の定めだ」
ガゼルが不満げな顔をすると、クリフォードはにっと笑ってガゼルのひたいを指で弾いた。
「解き放たれていることばかりが自由というわけではない。人は不自由であってこそ自由なのだ」
いつもの謎々口調にガゼルは顔をしかめる。こういう時、どういう意味かと聞き返しても、決まって「己の中にのみぞ、それを見る」と意地悪に笑うだけで、答えを教えてくれることなどほとんどない。
あきらめたように息をつく。
「どうして俺なんだよ。俺は別に司祭になりたいわけじゃないのに」
「あきらめろ。私たちは初代司祭の【天の兄弟】なのだからな」
天の兄弟というのは、【天の星】を同じくする魂のことである。夜空に輝く星は命の塊。それぞれの【天の星】から、魂がひとつずつ地上に降りてきて、人として生きる。ごく稀に、同じ天の星から数人の魂が地上に降りることがあり、それを【天の兄弟】と呼ぶのである。
ただ、司祭は司祭となることを宿命づけられた、ひとつの天の星から生まれる。だから、その星から生まれる者は全て司祭となる宿命であり、全ての司祭が【天の兄弟】なのだった。
「宿命 の名前は俺には重すぎる」
つぶやくようなガゼルの言葉に苦笑して、クリフォードはパチンと指を鳴らす。そこからこぼれた魔法にガゼルはハッと顔を上げたが、もうその時には鼻の下がムズムズしていた。
「あーっ!!」
「言ったそばから、お前も本当に懲りないな」
そう言ってクリフォードは自分が付けたくせに、ガゼルの口元からわき上がってきた白い口ひげにおかしそうに笑った。
「国王陛下への
言いながらクリフォードは、ガゼルの目の前に持っていた箱を置いた。それはたいそう古びていたが、美しい彫り物がほどこされ、何かの魔法がかけられているらしく、中を外からのぞき見ることができなかった。
「何?」
ガゼルがきょとんとした目を向けると、クリフォードはおだやかに微笑んだ。
「司祭から、次期司祭への贈り物だ。私も副司祭就任のおり、前司祭カルディ・ウィルドからこれをいただいた」
懐かしむような顔をして、クリフォードは箱をガゼルの正面にすえ直す。
「この中には三つの石が入っている
「ただの石じゃないってこと?」
「石は石だが、古代魔法が込められてる。この間、記憶を石に封じる古代魔法を教えただろう。あれと同じ要領だ」
「何が入ってんの?」
「それを教えたらおもしろみがなかろう」
うーむ、とガゼルがむずかしい顔をして腕を組むと、クリフォードはおかしそうに笑う。
「なに、たいした魔法は入ってない。あってもなくてもいいような代物だ。私もまだ使ってない」
そう言ってクリフォードは、服の中にしまい込んでいた
古代魔法とは、【星】の魔力によらない古くからある魔法で、それほどたいしたことはできないのだが、【星】の魔法にはないものが数多くある。しかし【星】の魔法が
しかし、【星】の魔力を使う魔法使いが現れてからは、古代魔法はしだいに
「じゃあ、緑柱石」
ガゼルが適当に答えるとクリフォードは、ほう、と眉を持ち上げた。そしてニヤリとしてから箱に指先を触れる。すると金の光が散り、鍵の魔法が解ける。
「では次期司祭に緑柱石を」
クリフォードは箱の中から緑柱石の小さな耳飾りをつまみ上げ、さっそくそれをガゼルの耳に付ける。
「これ、結局何の魔法が入ってんの?」
「二つの物の状態をそっくり入れ替える魔法だ」
「状態を入れ替える?」
「例えば、大事な時計が壊れてしまったとしたら、他の新しい時計と状態をそのまま入れ替えることができる」
ふうん、とガゼルはつまらなさそうに言って、耳にくっついている緑柱石に手をやった。ひんやりとした感触の中に、ほのかな魔法の気配が伝わる。
「まあまあいい選択だと思うぞ。
「これだってどうでもいいよ。壊れたら直せばいいじゃないか」
「【星】の魔法ではどうにもならない時に使えばいい」
「そんなことがあるとは思えない」
「世の中に絶対なんてものはほとんどない。きっといつか持っていてよかったと思う日が来る」
そうは思えないけど、とブツブツ言いながらガゼルはクリフォードの胸元に揺らめいていた孔雀石に目をやる。
「クリフォードのは何が入ってるの?」
「これは失われた魔法をひとつよみがえらせることができる」
「何だよ、俺もそういうのがよかった」
「贈り物に文句を言うな。この世にはムダなんてこともほとんどない。お前がそれを選んだことにも、何か意味があるのだ」
ふうん、とガゼルはまたつまらなそうな声を出したが、緑柱石の青とも緑ともつかない色は、それなりに美しいし、古代魔法はともかく飾りとしては充分だと思うことにした。
「さて、全ては整った」愉快そうに言ってクリフォードはパンと膝頭に両手を載せ、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。「これからは副司祭としてふるまうように。今この瞬間から『俺』などと言うことは許さん。そういう言葉遣いを耳にすればその場で仕置きだ。いいな」
「ええ、そんな急に言われても」
「前々から
「何だよ禁止禁止って、そればっかり」
「星を持って生まれた者の定めだ」
ガゼルが不満げな顔をすると、クリフォードはにっと笑ってガゼルのひたいを指で弾いた。
「解き放たれていることばかりが自由というわけではない。人は不自由であってこそ自由なのだ」
いつもの謎々口調にガゼルは顔をしかめる。こういう時、どういう意味かと聞き返しても、決まって「己の中にのみぞ、それを見る」と意地悪に笑うだけで、答えを教えてくれることなどほとんどない。
あきらめたように息をつく。
「どうして俺なんだよ。俺は別に司祭になりたいわけじゃないのに」
「あきらめろ。私たちは初代司祭の【天の兄弟】なのだからな」
天の兄弟というのは、【天の星】を同じくする魂のことである。夜空に輝く星は命の塊。それぞれの【天の星】から、魂がひとつずつ地上に降りてきて、人として生きる。ごく稀に、同じ天の星から数人の魂が地上に降りることがあり、それを【天の兄弟】と呼ぶのである。
ただ、司祭は司祭となることを宿命づけられた、ひとつの天の星から生まれる。だから、その星から生まれる者は全て司祭となる宿命であり、全ての司祭が【天の兄弟】なのだった。
「
つぶやくようなガゼルの言葉に苦笑して、クリフォードはパチンと指を鳴らす。そこからこぼれた魔法にガゼルはハッと顔を上げたが、もうその時には鼻の下がムズムズしていた。
「あーっ!!」
「言ったそばから、お前も本当に懲りないな」
そう言ってクリフォードは自分が付けたくせに、ガゼルの口元からわき上がってきた白い口ひげにおかしそうに笑った。