第7話

文字数 2,280文字

 黄みを増した日が射し込む司祭の間で、ルイス・カノは疲れたように目頭を押さえた。それにクリフォードは苦笑する。

「面倒をかけるね」
「私は最後まで反対いたしますよ」
「無理に賛成してもらおうとは思わないが、もう少し柔軟に考えてみてはくれないだろうか」
「確かに、いい機会ではあるでしょう。しかし、それだけのことではありませんか。だいたい、ガゼルのことはどうするのです?」
「それを言われるとちょっとつらい」そう言ってクリフォードは頭をかいた。「実を言うと、悩むところはその一点なんだ。本当に、私もまだまだ未熟だと思い知らされるよ」
 深々と息をつきながらクリフォードが椅子の背にもたれると、ルイスは笑って首をふった。
「ごく当たり前のことですよ。私など、あなたのように思い切ることなどできそうもありません」
「子息はいくつに?」
「もう二十二になりました。先日、結婚したい人がいると告げられまして、こちらはあわてるばかりです。カノには様々なしきたりがありますから、親のない娘との婚儀となると、いろいろと面倒なことがありましてね」
「かといって反対する気もないのだろう?」
「息子が初めて言ったわがままなのです。それに、人の心が結びつく様は美しい。むやみに断ち切る気にはなれませんでした」
「よい婚礼になるといいね」
「ありがとうございます」

 不意にドアをノックする音がして、ジーナが顔を出す。
「おや、ルイス。会議の後にこんな所で茶を飲んでるなんてめずらしいね」
「ああ、ジーナさんの分もお入れしましょうか」
「いいよ。ちょっと寄っただけだから」
 そう言いつつもジーナは、向かい合って座っている二人の間の椅子に腰かけ、ルイスは冷めたお茶を温め直してジーナに注いでやった。

「こういう時、炎の魔法使いってのは便利でいいね」
「うちの息子など、オセルに生まれたかったと常々こぼしていますよ。彼は農作業に興味があるようなのですが、どうも土作りがうまくいかないようでして」
「その気があればいつでも教えてやるよ」
「それよりジーナさん。そろそろオセルの当主をお継ぎになってはいかがです? レーギ殿の体調のこともありますし」
「当主なんて、とんでもない」
「このままでは学院長殿が黙っていませんよ」
「言わせておけばいいじゃないか。それに、私だっていい年なんだ。もっと若いのにやらせた方がいい」
「ジーナは充分元気じゃないか」
 クリフォードが大げさに眉を持ち上げてみせると、ジーナはぎゅっと眉をよせる。
「あんたには言われたくないね」
 ふっとルイスが吹き出し、つられてクリフォードが笑い出すと、ルイスはおもむろに腰を上げる。
「もうおいとまします。どうせまた明日も会議でしょうから」
「それを思うと気が滅入るよ。今度は砂浜で会議というのはどうだろう。海を見ながらの会議なら、少しは気が晴れると思わないかね」
「エイラとジュストのために、カーペットとテーブルセットを用意しなければなりませんよ」
 クリフォードがまいったという顔をすると、ルイスは小さく頭を下げ部屋を後にした。

「会議なんてやるだけムダな気がするね。本気でなんとかしようと思うんなら、法庁(バーカナン)も王家も軍もバラして、一から国を組み立てなくちゃダメさ」
 そう言ってジーナは残りのお茶を飲み干す。
「そんな身も(ふた)もないことを言わないでくれ」
「あんたはどうしたいのさ、クリフォード。司祭様が決めちゃダメなのかい?」
「それで済めば苦労はしないさ」
「暴動なんて、軍を使ってさっさと片付けちまえば簡単なのに。お優しいことだね」
「昔からあったひずみが国全体に広がったんだ。押さえつけてもその場をしのぐどころか、爆発を誘発してしまうだけだ」
「あんたは親切すぎるんだよ。たまには殴ってやりゃいいんだ。そんなことだからガゼルがしゃんとしないんだよ」

 え、とも、へ、ともつかない間の抜けた声を出して、クリフォードがふり返るとジーナはやれやれと首をふる。
「あんたがそうやってうだうだ悩んでるもんだから、毎日せっせと何とか気をそらそうとしてるんじゃないのかね」
 めずらしくクリフォードは驚いた顔をしたが、少しずつそれが和らいで淡い笑みに代わる。
「まあ、本人は無意識にやってるんだろうけどね。どうにもならないことなら、きちんと話しておやりよ。いずれ知ることだし、真面目とは言いがたいがカンのいい子だよ」

 そうか、となかば独り言のように言ったきり、クリフォードは窓の外へ目をやったまま押し黙ってしまった。その表情はどこか幸せそうだったが、その奥に深い憂いが潜んでいるようにも見え、ガゼルが感じただろう不安をジーナもまた感じた。




 それからしばらくたった頃、テサを大きな嵐が襲った。魔法使いの働きでだいぶ抑えられたのだが、それでも被害はゼロではなかった。それが魔法解放運動の火へ油を注ぐこととなった。日増しに暴動の件数が増え規模も拡大し、領主館へ火を放つなど、本来の目的から逸脱した行動も目立つようになった。

 そんな時、魔法解放を堂々と求める魔法使いが現れた。これだけやったのに治まらないならしかたがないと言うのである。始めは暴動や抗議活動の収拾が付かなくなった地域から。しかしそれはしだいに広がってゆき、大規模な集団を作るまでになった。
 そこには様々な魔法使いが含まれていて、当主たちもまた、この一連の騒動を持てあましているために、現場から出た不満に強く出ることができなかった。

 そうして法庁もまた混乱していたが、クリフォードは何をするでもなく、ただじっとそれを静観していた。それにガゼルはいらだっていた。
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