サーカスへ行くのか、私は。

文字数 2,854文字

サーカス。

人生で特に興味を持ったことのない、サーカス。

そのサーカスが私の町へやってくる。



何年か前、ツーが生まれてたかどうかの時にもやって来たけれど、その時は行こうと思わなかった。

けれど、コロナでほとんどどこにも連れて行かなかったツーを、小さなうちにどこかに連れて行きたいと思っていた。
非日常を味わうことのできる何かに。

だからサーカスが来ると知って、私は最初から迷っていた。

人生でサーカスに興味を持ったことがない。
動物にもそこまで興味がない。
大道芸的なものにも特に興味がない。

興味がないものは、私の目に映ってはいても、ただ時間を奪うだけで、心を動かされることはほとんどない。

しかし、子どもたちは違う。
私が見るかどうかは本当にどうでもいいけれど、子どもたちには見せたい。
なぜなら、子どもたちは動物が好きだからだ。
私の興味がないものに興味を持っているからだ。

だから迷った。

興味がないものにかけるにしては料金も高い。
家族で行くとしたら私の行きたい度合いにしては高すぎる。
興味を持てる自信がない。

だから迷った。

そして、イチ(1番目の子ども)に言った。
「ツー(2番目の子ども)と2人でサーカス行かない?」
「2人なら行かない」

即答だった。

ああ、やっぱダメか。

イチもサーカスに対してそこまでの情熱はない。

そこで一旦、まぁいっか、という気持ちになりつつも、サーカスの知らせを見るたびにモヤモヤとしていた。

私は職場の人に何気なく「サーカス行ったこと、ある?」と聞いてみた。
すると、ある、と答えた。
それだけでなく、彼女は熱めに「すっごく面白かった!」と言った。
その熱のこもった「良かった」という感触に、私は俄然、サーカスへの関心が増した。
「一生に1度だ」という彼女の言葉が胸に響く。

そして、イチも先生から「すごく迫力があった」という情報を得て「友達と一緒に行こうかって話になってる」と言った。

こうなれば、本当に自分はどうでもよくて、子どもたちにだけはどうしても見せたい!!という気持ちになった。

私は見なくていいのだ。
だって、私になんか見せても仕方ないんだ。
恐らく何の感情もなく見るだけだ。
今までもそうだった。

プラネタリウムは100%寝てたし、学校で行った見学系は100%何とも思わなかったから感想は字数を埋めるだけの作文だったし、動物園も水族館もつまんないと思ってたし、スポーツ観戦は途中で何がなんだかわかんなくなるし、オリンピックもたまーに「すごいな」くらいしか思わないし、私になんか見せたって無駄なお金と無駄な時間を使うだけなんだ。

私にとっての問題は「興味が持てるかどうか」「自分からどうしても行きたいと思うかどうか」だ。

そして私はイチに思ったまんまを告げて説得した。
「ママはさ、本当に自分が見ることはどうでもいいの、興味がなかったら何にも思わないから。けどね、イチは見たら興味がなくても何か思うでしょ」
「そりゃあ何か思うしょ。思わないことなんかある?」
「あるよ、ママはさ、小学生の頃とかどこ行っても何にも思わなかった。けど、イチとツーには行かせたいのさ。それはね、思い出なんだよ、経験なんだよ。『小さい頃、2人でサーカス行ったな』って思ってほしいんだよ。そういう記憶が大人になってから大事なんだよ。イチは見れば何か考えるし、ツーはまだ頭の中が柔らかくていろんなことを吸収するから、例えばツーが大きくなって絵を描くとき、サーカスを見たかどうかってことがどこかで関わってくるんだよ。子どもの時に行くっていうことが大事なんだよ」
イチはちょっと心が動いている様子だった。
「友達と3人で行くとしたら自分の分自分で払うの?」
「そんなわけないじゃん、行くならお金は出すよ」
あと一押しだ、と思った。
「ママはさ、もしサーカスの話を書かなきゃならなかったら、行く意味あるんだよ。サーカスのことを書くってなったら、その時初めて行く意味があって、ものすごい見る」
「興味があったら見れるってことね」
「そう」
「パパはまた違うと思うよ、パパはさ、何でも興味あるから。何でも、とりあえず見たら興味持つから。だからパパが行ければいいんだけど、いつ行けるんだかハッキリしないからさぁ。まぁ、本当は4人で行ければいいんだけどねー、高いし」
と言うと、イチが大きく頷いた。

そこで、私はハッとした。

イチは、4人で行きたがってる…!

その後、行くなら夏休みだよね、けど友達がほとんど部活だから予定合わないという話になり、私の中でモヤモヤと広がっていく思い。

自分で口にした「これは、思い出なんだ、経験なんだ、小さい頃『行ったなぁ』っていう記憶が大きくなってから大切なんだ」という意味のことが自分に跳ね返ってくる。

それは「家族でサーカスに行った」という記憶でも良いんじゃないか。

イチとツーは年が離れているので、2人だけで出かける、ということがこれまでも1回しかないし、この先もないだろうと思った。
私は弟と2人でどこかへ出かけたとか遊んだという記憶がけっこうあって、それは大人になってから大切なことだったと思うので、イチとツーにもそういう小さい頃の2人だけの記憶を持ってほしいと感じていた。
イチはもうほぼ大人だから今しかない、とも。

けど、家族で行ってもいいんじゃないか。
私の家は本当に家族で出かけない家だったので、ほぼそういう記憶がない。
私は自分の育った家庭を反面教師としているところが多々ある。
家族で…。

モヤモヤは広がる。

そして、オットセイ(夫)に聞いた。
「サーカス行く?子どもたちに見せたいんだけど。イチは友達に行こうって言われてるらしいけど…」
と言いかけると
「じゃあ、イチは友達と行けばいいんじゃない?オレ、ツーと行ってくる」
とオットセイは答えた。

それを聞いた私はハッキリと感じた。
「それなら4人で行けばいい」と。
どこかのテーマパークなら、行こうと思ったときに行けばそこにある。
けれど、サーカスは来ていなければそこにない、ある意味人との出会いのようなものだ。
興味があるかどうかの違いだけで、〇〇展とかライブとかと同じだ。

「一生に1度」という言葉が私を後押しした。

そしてイチは4人で行きたがってるし、友達と予定が合わないからとオットセイに告げ、オットセイに「この日はどう?」と聞いて「いーよー」と言われた私は即、4枚チケットをとった。
とったらもう、行くしかないんだ、と私は自分を追い込んだ。
行きたくない、という気持ちもまだあるけれど、どうにか行きたい気持ちにもっていこうとしている。
そうだ、空中ブランコ。それはちょっとだけ興味がある、と。

サーカスの物語を書く予定はない。
けれど、サーカスに行った、ということが私の中で何らかの影響をもたらすはずだ。
こうなったら、もう隅々まで見てくるぞ。

チケットをとったのは、昨日の出来事。

そんな私が昨日やっと読み終わったのは「重力ピエロ」だった。

あぁ、サーカスへ行くのか、私は。

何かを感じることができるのかどうか、そこに私はドキドキしている。
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