(グリコのおまけ)テリーのテーマ

文字数 1,384文字

 春三月。着ぐるみマンを失った三上は虚脱状態。ひとりでじっと部屋にいたり、ぼんやりと夢の丘公園の桜を見たり、木馬百貨店のドリームランドに出掛けたり。この不景気で近々ドリームランドも、閉園することが決まった。夜福寿荘に帰って電気を点けても、部屋のガラス窓に映る影は三上ひとりだけ。この一年ずっと、着ぐるみマンと三上を映していた窓ガラスに今はぼんやり、ぽつりとただひとりぼっち。ため息ばかりの三上だった。
 そんな或る日、三上のアパートに警視庁から荷物が届く。中味は、着ぐるみマンの着ぐるみ。三上は着ぐるみのお腹のポケットから、ぺちゃんこになった蝉の抜け殻を見付け、はっとする。我に返ったように虚脱状態から抜け出した三上は、先ずひとりで着ぐるみマンの田舎を再訪し、ぶたの貯金箱を綾に届けた。
 それから春のお彼岸。その日は土曜日で、三上は百合を連れ三浦海岸の美樹のお墓参りに出掛けた。美樹の墓前でふたり合掌し、三上は百合とのことを美樹に報告。その帰り三上は百合を伴い、風の丘公園まで足を延ばした。公園の桜は満開。ああ何年振りだろうと感慨に耽りながら、三上は百合とふたりでゆっくりと公園に佇んだ。
 相変わらず公園の線路沿いにはブルーシートのハウスが並んでいて、ついつい三上は懐かしさに足が向く。そこには斉藤、岡を始めとするあの頃のメンバーが変わらず暮らしていた。更には渡辺の為に三上がこしらえたテントハウスもまだそのまま。斉藤たちが修理、維持してくれているらしい。
 恐る恐るテントハウスの中に入ってみると人影はなく、三上は百合を中に招き入れる。あの頃のように何処からか桜の花びらが紛れ込んで、ひらひらと舞っている。
「何か、におうね」
 百合が三上へ。
「そうかな」
 笑いながら三上はくんくんくんくん、確かに何かにおう。それは、着ぐるみマンの着ぐるみの匂いに似ていた。着ぐるみに染み付いた汗と涙の匂い、泣き笑いの匂いに似ていた。
 泣き笑い。
「あんちゃん、結局人間はみんな泣き笑いという名の着ぐるみを着た、ピエロなんだな」
 そんな言葉をメモ帳に記しながら、お得意のお手上げのポーズを決める着ぐるみマンの姿が、浮かんで来るようだった。
 外に出ると、通過する山手線の音、踏切のシグナルの音、行き交う人々のざわめきが聴こえる。風が吹き、公園のベンチに桜が舞っている、ひらひらと桜の花びらが。桜、三上はもう一度問い掛ける。
「ねえ、着ぐるみマンさん。教えて下さい。ここは地獄ですか、それとも天国ですか」
 すると桜の花を揺らして、一陣の風が駆け抜ける。
「誰かがそばにいてくれたら、ここは天国だな。人はひとりばっちじゃ、幸せにはなれないだな」
 着ぐるみマンがそうメモ帳で答えながら、風の中で笑っている気がした。
「そろそろ行こうか」
「うん」
 相変わらずメモ帳でやりとりをしている、百合と三上のふたり。駅へと向かう人波の中で、ふと何処からか痩せた口笛で、テリーのテーマが聴こえて来る。
 あっ、着ぐるみマン。
 思わず足を止め、三上はきょろきょろきょろきょろ、着ぐるみマンを捜していた。土曜日の午後、線路に桜が舞っていた。
(了)

※この小説に登場する、映画音楽とか集めてみました。noteの記事ですけど、よかったらご覧下さい。
https://note.com/aooi_sora/n/n7679d6cafbe2
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