(十五)紫陽花

文字数 7,500文字

 三上と着ぐるみマンこと渡辺にとって、感慨深い雨の季節が訪れた。六月、夢の丘公園では紫陽花がしっとりと雨に濡れ、晴れ晴れとしない人々の心を慰めていた。美樹の命日、例年はひとりで墓参りをする三上なれど、今年は着ぐるみマンとふたりで出掛けることに。着ぐるみマンは、その日が待ち遠しくてならなかった。
 ところが生憎その日関東地方に台風が接近し、午後には上陸するとの予報。流石の三上も早々に墓参りを諦め、その旨メモ帳に記した。
「今日は諦めて、お盆にすっか」
 ところがである。同意するかと思いきや、着ぐるみマンは頑なにかぶりを振った。
「おいらは台風なんぞ平気だな。死んでも行くんだな」
 まじかよ。呆れながらも三上は、仕方ねえなあ、もう。結局着ぐるみマンの無茶にお付き合いすることに。ではなぜそれ程までに、着ぐるみマンが美樹のお墓参りに行きたがったのか。それには訳があった。
 美樹つまり着ぐるみマンにとっての観音様の墓前で、祈りを捧げたいとの思いは勿論のこと、着ぐるみマン、実はどうしても海が見たかったのである。海。海ならば三浦の海でも、鎌倉の海でも何処でも良かった。その位着ぐるみマンは、密かに海に飢えていた。
 かくしてふたりは激しい雨の中、早朝からのこのこと三浦海岸目指して出発を強行した。行きは何とかなるかも知れないけれど、帰りがやばそう。下手したら電車がストップして、立ち往生するかも。もしそうなったら金勿体無いけど、向こうでホテルか何かに泊まるしかあるまい。三上はそう腹を括っていた。JR新宿駅から品川まで、そこから京浜急行に乗り換え、一路三浦海岸駅を目指すふたり。
 山手線の客は流石東京、都会人。着ぐるみマンを見ても少しも動じない。ところが京急線内では注目の的となった。車内も混んでいて、じろじろじろじろ見られたり、くすくすくすっと笑われたり。しかしそんな無礼も何のその。着ぐるみマンは少しも気にせず終始にこやか。途中で車内はがらっと空いて、ふたりは二人掛けのシートに腰を下ろす。のんびりと雨に霞む沿線の風景を楽しみつつ、いつしか電車は目的の地、三浦海岸へ。
 下車すれば、もう昼近かった。ふたりは駅の売店でシューマイ弁当を買い、人気のないホームの端のベンチで背中合わせで腹ごしらえした。なぜ背中合わせかと言うと、三上に顔を見られたくない着ぐるみマンのリクエストから。くくくっ、今更何言ってやんだ。もうとっくの昔に、正体はばればれなんすけど……。三上は苦笑い。
 いざ駅を出て激しい風と土砂降りの中、ふたりは黙々と進んだ。こんな時はビニール傘なんぞ、何の役にも立たない。もう根性だけで長い長い石段を上り、遂に墓地へと辿り着いたふたり。見回しても、人影などあろう筈もない。ふたりはまっ直ぐ美樹のお墓の前へ。
 着ぐるみマンは感無量。びっしょりと体を濡らす雨も気にせず、目を瞑りただひたすら合掌。その横で三上もしんみりと手を合わせる。聴こえるのは雨と風の音ばかり。海の音も気の早い蝉の声も、聴こえはしない。もしかして着ぐるみマンは、しくしくと嗚咽していたのかも知れない。けれど何もかも雨に滲み嵐の音に掻き消され、三上には知る由もなかった。
 さ、もう気は済んだろ。な、この辺でさっさと引き上げようぜ、電車止まっちまうぞ。相変わらず合掌したまんまの着ぐるみマンの肩を、三上がぽーんと叩く。その肩はもうたっぷりと雨水を吸い込んでおり、水飛沫が上がる程だった。ようやく目を開けた着ぐるみマンは、けれどまだ帰らないと激しく首を横に振った。しかし三上も譲らない。だってもう、まじで新宿に帰れなくなんぜ。分かってんのか、おい。
 着ぐるみマンが帰りたがらない理由、着ぐるみマンの望みは、矢張り海にあった。高台に位置する墓地から見える、灰色の三浦の海の砂浜を指差しながら、どうしてもあそこに行きたいんだな。着ぐるみマンは目で三上に訴えた。
 はあ、こんな時に海かよ、ったく。三上は苦笑い。仕方ねえ野郎、じゃない着ぐるみマンだなあ。もう勝手にしやがれ。とうとう匙を投げる三上。
 有難うさん。そこで、海目指しさっさとひとりで歩き出す着ぐるみマン。そしてその後を三上が追う。砂浜に辿り着くまで容赦ない土砂降りが続き、付近に人影などある筈もない。いよいよ砂浜に出たふたりに激しい潮風が襲い掛かり、くるくるくるっと回転しながら吹き飛ばされる勢いで、とても立ってなんぞいられる状況ではなかった。あほらし、いっち抜けたーーっ。三上はさっさと灯台の屋根の下へ避難した。
 今や体中たっぷりと雨水を吸い込み普段より重くなった着ぐるみマンだけが、海辺にじっと突っ立ったまま、灰色の海を見詰めている。我を忘れ、時を忘れ……。その間三上はハイライトを吸おうとして百円ライターを点せど点せど、風に消されて上手くいかない。諦めてぼんやりと着ぐるみマンの背中を見ていた。
 流石にもう満足したのか、のっしのっしと歩き出した着ぐるみマンは、一路三上の待つ灯台の下へ。これで着ぐるみマンも、やっと雨宿り。その背中に隠れてやっとこさハイライトに火を点けた三上は、さも生き返ったと美味そうに煙を吐き出す。今度は着ぐるみマンが三上の背中に隠れて、びしょ濡れのメモ帳に文字を滲ませた。
「有難うだな」
 その文字に、三上は思わず、じーん。しかしここは冷静に、とっとと返事を書いて寄こした。
「じゃ、帰ろうぜ」
 その文字も雨に滲んでいる。ふたりは今度はひたすら三浦海岸駅までの道を急いだ。急いだけれど今までさんざもたもたしていたのと、着ぐるみマンの余りのとろさ故、駅に着いた時は既に日暮れ前だった。そして時既に遅し。台風の為、電車は完全にストップしていた。あちゃ、だから言わんこっちゃね。どうすっかな。
『どうなってんだよ』
 駅員に食って掛かるも、埒は明かない。台風は今夜がピーク。その後でないと、運転再開の目処は立たないとのこと。
 ったく、どうすんだよ。しかし着ぐるみマンを責めたところで詮無いこと。日も暮れて空は灰色のまま辺りはまっ暗に。仕方ねえや、とりあえず駅で待つことにしようぜ。幸か不幸かこんな台風の夜に、こんなちっぽけな駅で電車の運転再開を待つ間抜けなやつなどいないらしく、駅の中はふたりの貸し切り状態だった。
 雨風を避けてホームにある待合室でじっとしているふたり。ずぶ濡れの着ぐるみマンに三上が問う。
「寒くねえのか」
「中はだいじょうぶだな」
「腹へったな」
「晩ごはんの時間だな」
 再び駅の売店で売れ残りの幕の内弁当を買い、やっぱり背中合わせで食べるふたり。灰皿には三上の苛々したハイライトの吸殻が、山のように貯まってゆく。時は流れ、相変わらずの暴風雨。哀れ運転再開どころか、とうとう終電の時刻が来てしまった。
『申し訳ありません、駅閉めますので』
 とは、駅員のつれない台詞。ありゃりゃ……。
『ふざけんなよ、電車止まってっから仕方なくここいんだろ。なのに、出てけってか』
 三上が威勢良くわめいてみたけど、骨折り損の草臥れ儲け。興奮する三上の肩をそっと叩いて、大人しく行こうと着ぐるみマンが合図する。
 駅の改札を追い出され、ガラガラバシッと無情にも下ろされる改札前のシャッターの音を聴くふたり。駅周辺にはこれと言った商店や飲み屋も見当たらず、かと言っていざホテルに泊まるとなるとなんか金勿体ねえなあ、と決心が付かない貧乏性の三上。
「どうするよ」
 浮かない顔の三上に、答えて着ぐるみマン。
「ここで待てばいいだな」
 幸い改札の外であっても、駅舎の屋根がタクシー乗り場まで続いていて、最低限雨宿り位なら出来そう。疲れ切ったふたりはぺたんと地面にしゃがみ込み、閉じたシャッターに凭れ掛かった。仕方ねえ。台風を子守唄に、今夜はここで夜明かしすっか……。
 膝抱え、うずくまる三上。着ぐるみマンも真似して、着ぐるみのまんまうずくまる。
「だいじょうぶか」
「なれてるから平気だな」
 そう言やそうだな。笑い出す三上に、着ぐるみマンも釣られて笑う。
 駅も駅周辺の灯りもとうに消え、通りを歩く人影もない。時より通り掛かる車のライトだけが、眩しく光っては遠ざかる。相変わらずの豪雨、時に横殴りの雨がふたりを襲う。風が唸り、絶えることなく雨音が響き……。いつしかふたりは眠りに落ちて、知らず知らず怯えた小鳥のように肩を寄せ合い夢の中。幾度か嵐と車のライトに起こされながらも、夜明けまで何とか眠り続けた。六月とは言っても夜は冷えるし、おまけに台風。半袖の三上は寒さを覚え、気付いたら着ぐるみマンの着ぐるみに抱き付いて寝ていた。
 夜明けが訪れると、台風は既に去り雨も風も止んでいた。先に起きたのは着ぐるみマン。まだ始発電車前なのか、駅のシャッターは下りたまんま。通りにも人影はなく、ただ静寂が海の町を包んでいた。着ぐるみマンは目を瞑り、耳を澄ます。続いて目を覚ました三上、風邪を引いたのか思いっ切りへっくしゅん。吃驚した着ぐるみマンが目を開けて、キョロキョロ。
「悪いな、起こしちまって」
 三上がさらさらとメモ帳に書くボールペンの音さえ耳に響く。けれど着ぐるみマンは大きくかぶりを振った。
「おいら海の音を聴いていたんだな」
 何、海の音だと。駅から海までそれなりの距離があんだから、幾ら何でも聴こえるわきゃねえだろ。試しに耳を澄ましてみる三上。やっぱり幾ら集中しても、聴こえはしない。この嘘付きーーっ。メモ帳に書こうとしたけど止めた。なぜなら、着ぐるみマンが薄っすらと目を瞑り、それは気持ち良さそうに微笑んでいたから。
「有難うだな」
 再び目を開けて、メモ帳に書いて渡す着ぐるみマン。対して三上はきょとんとした顔。
「何がだよ」
 だから着ぐるみマンはこう答えた。
「ふるさとの海の音が聴こえただな」
 ふるさとの……。その文字を目にした三上は、短く返した。
「そうか、よかったな」
「きっと観音様が眠る町だからだな」
 ああ、そうかもな。三上は黙って感慨深げに頷いた。
「ふるさとには帰らねえの」
 何気なく三上が尋ねた。ところがそのメモ帳の言葉に、着ぐるみマンはなぜか過剰反応を示す。必死に激しくかぶりを振り続け、しかもその顔が青ざめているふうにも見えたから、三上はどきり。なんか悪いことでも書いたかな俺。なあ、何でそんな向きになんだよ。何か深い訳でもあんのか。三上は訝った。すると着ぐるみマンはぽつんと一言葉。
「帰れないだな」
 ああ、そうか。わりいわりい、帰りたくても先立つものがないって訳か。
「なんなら俺が連れてってやろうか」
 すると信じられないと言う顔で、着ぐるみマンはじっと三上の顔を見詰めた。まじで夢の国なんかじゃねえんだろ。もし国内だったら、旅費ぐらい俺にだって何とかならないでもない。
「いつがいいよ」
 続ける三上。けれど黙ったまんま、着ぐるみマンは答えない。
「お盆にでもすっか」
 すると着ぐるみマンは、再びかぶりを振る。
「冬がいいんだな」
 おいおい、ちゃっかりリクエストかよ。でも、まいいや。
 冬。そういや、雪国だったっけか。生まれも育ちも南の三上には、縁がない土地である。
「寒くねえのか」
 ぶるぶるぶるっと震えてみせる三上に、笑みが戻る着ぐるみマン。
「もう一度だけ海に降る雪が見たいんだな」
 海に降る雪だと……。ああそうか、分かった分かった。なら仕方ねえと頷く三上。
「じゃ冬で決まり、約束な」
 約束。その文字をじっと見詰める着ぐるみマンだった。ガラガラガラッと改札前のシャッターが上がり、いよいよ電車の運転再開と言うか始発電車が動き出す。ちらほらと駅へ集う人の数も増えて来たし、よっこらしょとふたりも重い腰を上げた。お世話になった三浦海岸駅に別れを告げ、そしてふたりは無事新宿へと戻った。

 次の日曜日、着ぐるみマンはアトラクションのバイト。朝、夜勤明けでまだ寝ている三上にそっとメモを残し、部屋を出ていった。
「気が向いたら遊びに来るだな」
 朝方はまだ晴れていたけれど、お昼過ぎ三上が目を覚ます頃には雲行きが怪しくなった。
 こりゃ夕方には一雨来るな。どうれ暇だし、あいつ迎えに行ってやっか。三上は二本の傘を持って、のこのことドリームランドに出掛けた。
 アトラクションの舞台前に着いた頃には、まだ三時の部が始まる直前。客席はなぜか超満員で、立ち見も出る程の盛況ぶりではないか。はあ、嘘だろ、おい。ぶつくさ呟きながら客席を見回してみると、おや、誰だっけ。立ち見の中に、見覚えのある人影を発見。それが誰だか思い出し、はっとする三上。それはスーパーコスモスのレジ係の岩渕百合だった。
 何であいつがこんなところに……。レジ係の制服姿しか見たことのない三上は、私服の百合に割りと色っぺえじゃんと、不覚にもときめきを覚える。どうやら連れはいないようだが、ひとりで来やがったのかい、あいつ。一体何しに来たんだよ。三上は気になって、そわそわ。もたもたしているそんな三上の姿に気付いて、百合の方もはっとする。ふたり目と目が合って、互いに緊張。
 百合は軽く会釈をし、三上の方は一旦知らん振りしようとしたけれど、どうも間が悪い。それにスーパーの中なら兎も角、いつになく百合は不安げな様子である。
『来てたの』
 仕方なさそうに百合の許へ歩み寄り、思い切って声を掛けた三上。
『はい』
 百合は照れ臭さからか、俯きがちに答えた。
 その時突然、客席にバイキンマンてことは着ぐるみマンの野郎が現れ、騒ぐ客やガキんちょどもを尻目に、ふたりの横へやって来た。早速メモ帳で挨拶。
「よく来ただな。ふたりとも楽しんでくれだな」
 はあ、ふたりともだと。訝しがる三上。どう言うこったい、これは。しかし三上が問い詰めようとするより先に、着ぐるみマンはさっさと舞台裏へとんぼ返り。け、逃げ足のはええ野郎だ、まったく。途方に暮れながらも、そのまま百合と肩を並べる三上だった。
 さあてと、アンパンマンショーの始まり、始まり。筋書き通りの勧善懲悪ストーリーだから、途中まで形勢有利だった筈のバイキンマンが、最後はあれよあれよとやっつけられ、不様アンパンマンの足元に跪く。
『うわあーーっ。やった、アンパンマン』
『かっちわりいぜ、相変わらずのバイキンマン』
 沸き上がるちびっ子たちの大歓声の中で、百合と三上だけは複雑な面持ち。なにせ、知り合いの着ぐるみマンがこてんぱんにやられてんだから。そこへ、ぽつりぽつりと雨の滴。一粒二粒数える間もなく、ザーザーザーザー……と本降りに。
 観衆は屋根のない客席から一目散に、屋根のある売店や乗り物のそばへと避難した。咄嗟に三上は持っていた傘を開き、嬉し恥ずかし相々傘で、百合とカルーセルの青い屋根の下まで歩いた。ふたりはしばらくそこで雨宿り。直ぐに止むかと思えば然にあらず。土砂降りが続き、カルーセルもカルーセルの木馬たちもびしょ濡れ。
 仕方ねえな。も少し待ちますかと、ふたりは黙って、雨に霞んだ百貨店の屋上を見渡す。その間にひとりまたひとり、客の姿が消えてゆき、今や屋上には百合と三上と動かない遊具だけが残された。どうしたもんかねえ。会話しようにも良い話題が見付からず、焦りまくりのシャイな御両人。いい大人が泣きべそ面で、雨を見たり動かないカルーセルを眺めたり……。
 そこへ突然のピカッ。ゴロゴロゴロっと灰色の空を引き裂いて、稲光と雷鳴がふたりを襲う。
『きゃーーーっ』
 思わず上げた叫び声と共に、百合は隣りの三上の肩にがばっと抱き付いた。どきっ。こちこちに固まる三上。何てことすんだ、雷さんよう。
 しかし百合は直ぐに我に返って、三上の肩からさっと腕を離した。ありゃりゃ。
『御免なさい、つい』
『いいんだよ』
 冷静を装いつつもやっぱり男、肩に残った百合の感触が忘れられない。あったかくてやわらけえ、やっぱ女はええなあ。余韻に浸りまくる、むっつり助平の三上。そして野獣のような衝動が走る。抱き締めたい、この腕で思い切り……。ん、ちょっと待て。やべえ、やべえ、落ち着けよ俺。百合も百合で顔を上気させ、満更でもなさそうに、呼吸が少し乱れているではないか。
 そこへ、お待たせーっとばかりに登場したのは、バイキンマンから着替えを済ませた我らが着ぐるみマン。と言うかこの場ではすっかりお邪魔のお邪魔マン。あっと言う間に緊張も興奮もどっかへ吹っ飛んだ白けムードのおふたりは、バツ悪そうに空を見上げてため息を零す。
 相変わらずの土砂降りに、着ぐるみマンがお得意のお手上げのポーズを決めれば、さっさと気分を切り替えた百合が大爆笑。しかしその横で、面白くないのは三上。何だよこの女、随分と嬉しそうじゃねえか。さっきまで俺とふたり切りん時は、ずっとぶすっとしていやがった癖に。あ、そうか。さてはこの尼、着ぐるみマンに惚れてやがんな。ああ、だからこんなところにのこのこと、会いに来やがったって訳かい、くうっ。成る程道理で着ぐるみマンのやつも、にたにたと鼻の下だらっと長く伸ばしていやがんのか、ったく。着ぐるみマンの助平野郎。こんなふうに、何だかひとりでいじけまくる三上だった。
 だったら、お邪魔マンは俺の方かよ。じゃあ、さっさと消えてやるよ。怒ったように持っていた残りの傘を着ぐるみマンに押し付けると、三上はじゃあなと無言で土砂降りの中へ飛び出し、そのまんま屋上から木馬百貨店内へと姿を消した。そんな三上を目で追いながら、再び着ぐるみマンがお手上げのポーズを取るも、今度は笑えない百合だった。ただ寂しげに、哀愁たっぷりの三上の背中を見送るばかり。
 残された百合と着ぐるみマンも、相々傘で屋内へ。それからエレベータに乗り、各階で乗り込む客の不審顔も何のその、無事一階に到着した。そのまま表に出ると、さっきまでの土砂降りが嘘のようにぴたりと止んで、空には夕焼け雲が広がっていた。百合はこれからスーパーコスモスの遅番で、じゃ送るだなと着ぐるみマン。ふたり並んで、とぼとぼと水溜りの出来たアスファルトの歩道を歩く。
 途中百合が足を止め、ほら、あれと指差す空に、小さな虹が架かっていた。うわあ、ほんとだ。着ぐるみマン、感激。メモ帳を取り出すと、さらさらっと着ぐるみマンが書く。
「あんちゃんにも見せたいだな」
 それを見た百合が、メモ帳に返事。
「きっとどこかで見てるわよ」
 そしてふたりは、うんうんと頷き合う。その頃何処かでへくしゅんと、三上がひとりでくしゃみしたかどうかは、定かでない。
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