第67話 スサインとの会話③

文字数 2,205文字

 助言はしてくれるという。ダリオは期待を込めて視線を上げた。
(スフィア)の扱いは、全ての不死魔法の基礎となるものだ。(スフィア)の扱いにさえ長けていれば、他の魔法は容易に覚えることができる。逆に、魔法を知ったところで(スフィア)の扱いが覚束なければ、魔法は失敗に終わる」
「ウルリス……ポルターシュにも、(スフィア)の扱いを鍛えるように言われました。理由は教えてくれなかったですが」
「それで良いのだ」
 そう言ったスサインは、幻痛(ファントム)についても助言をくれた。
幻痛(ファントム)は、不死魔法の中でも最も基礎的なものだ。炎の魔法のファイヤーボール、神聖魔法のホーリーライトのようなもの。基礎である幻痛(ファントム)を鍛えることには意味がある」
 考えてみたが分からない。ダリオは「なぜですか?」と尋ねた。
「全ての(スフィア)は、他人の魔力に抵抗する。受け入れなければ治癒(ヒール)にさえ抵抗することは知っているであろう」
 ダリオは肯いた。ウルリスがダリオに治癒(ヒール)を施してくれる時は、魔力を受け入れるように言っていたし、マナテアがゴラルに治癒(ヒール)をかけるときは力を抜くように言っていた。同じ意味だ。
「強大な威力を持つ魔法ほど、強い(スフィア)を持つ者には効果がない」
「魔法抵抗力で、抵抗されてしまう……ということですね?」
「その通り。逆に、基礎的な魔法ほど、相手の魔法抵抗力が強くとも、その抵抗を押しのけて効果を及ぼし易い」
 幻痛(ファントム)なら、魔法抵抗力の強い相手にも効果があるということらしい。ただ、問題もあった。
「どうやって幻痛(ファントム)を鍛えたら良いのでしょうか。幻痛(ファントム)をかければ相手は激痛に苦しみます。動物が相手でも同じです。むやみに使いたくありません」
「器を持たぬ(スフィア)を作れば良い。それに対して幻痛(ファントム)をかけるのだ」
「器を持たぬ(スフィア)……というのが分かりません」
「ここに来る途中や上の大聖堂(カテドラル)にいたアンデッドが持っている(スフィア)のことだ」
 どうやら、紅い色に光る偽りの(スフィア)のことらしい。
「肉体は(スフィア)の器。そして幻痛(ファントム)(スフィア)と器の繋がりを乱す魔法だ。正常な繋がりを乱されるため、人は激痛を感じる。肉体がなんの損傷を負っていなくとも激痛を感じるのだ」
「どうやって、偽りの(スフィア)を作ったら良いのですか? 作り方を知りません」
「その方は、もうできるはずだ。この部屋に到達することができる程に(スフィア)を扱える。そして、偽りの(スフィア)についても見て知っている。普通の(スフィア)の保持と逆のことをやれば良いだけだ。偽りの(スフィア)とは、負の力を持った(スフィア)なのだ」
「負の力を持った(スフィア)……」
 そう呟いて、ダリオは偽りの(スフィア)を作り出そうとしてみた。ウルリスが作っていた時を思い出し、普通の(スフィア)とは逆、負の力を思い浮かべてみる。しかし、うまく行かなかった。
「すぐには出来ぬだろう。しかしできるはずだ。鍛錬するが良い」
「分かりました」
「それと……」
 そう言って、スサインはもう一つ鍛錬すべきものを教えてくれた。
「自らの(スフィア)の保持をしながら、同時に神聖魔法を使えるように鍛錬しなさい」
 そう言われて思いだした。
「ここに来る時、(スフィア)を掲げながらホーリーライトで灯りをとろうとしたのですが、巧くいかなかったのです!」
「そういうものなのだ。だから鍛錬せよと言っている」
「どうして、同時に行うことが難しいのですか?」
 ダリオは、沸き上がる疑問を押さえられずに尋ねてみた。
「……探求する姿勢は好ましい。教え甲斐もあるというものだ。だが、今は知らぬ方が良い。これ以上は教えぬ。ただ言われたことを鍛えなさい。いずれ役に立つ」
「分かり……ました」
 釈然としなかったが、食い下がったところでスサインは教えてくれそうにない。自分で考えてみるしかなさそうだった。ただ、一つだけ聞いておきたかった。
「でも、これだけは教えて下さい。不死魔法とは(スフィア)を操る魔法なのですか?」
(スフィア)を操るのではない。(スフィア)に関与する、働きかける魔法だ」
「アンデッドを作り出すための魔法ではないのですね」
 もうダリオも、自分が不死王の転生者なのだろうと考えている。しかし、自分がアンデッドを作り出すための魔法に長けた者であると認めることには抵抗があった。
「アンデッド、偽りの(スフィア)を与えられたアンデッドは、不死魔法の失敗から生まれたものだ。役に立つ故に使うこともあるが、不死魔法はアンデッドを作り出すためのものではない」
「良かった……」
 ダリオは素直に言った。
「不死魔法、そして不死魔法を操る死霊術師(ネクロマンサー)は邪悪だと言われます。遺体をアンデッドにするのだから、確かにそう思えます。そのための魔法でなくて良かった……」
 ダリオの言葉に、スサインは悔悟を滲ませるようにして問いかけて来た。
「人とは何であると思うか?」
「人とは?」
「そう。人の本質とは何であると思うかね?」
 目を閉じ静かに考えた。多くの人と出会い、時に死による別れも経験した。今も教会では多くの人が亡くなっている。(スフィア)が器とされる体から離れ、天に昇っている。
(スフィア)……だと思います」
「そう。人の本質は(スフィア)だ。しかし、死霊術師(ネクロマンサー)でない者は、(スフィア)を見ることができない。(スフィア)の器でしかない肉体を見ることしかできない……我らは、そのことを軽く考えすぎたのだ。それは、我らの失敗だ」
「不死王が、初代教皇聖下に討たれたことですか?」
 そう尋ねても答えを拒絶された。
「もう尋ねるな。我も答えぬ。まだ知らぬ方が良いのだ。知れば知るほど、その方の身は危険になる。今は生き延びよ」
 そう言われることは何度目だろう。ただ、事実でもあることは分かる。それがもどかしかった。
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