第71話 ワイン蔵の探索(ゴラル視点)

文字数 1,355文字

 朝になり、マナテアを宿に送り届けたゴラルは聖転生(レアンカルナシオン)教会に戻って来た。先ほど引き継ぎを行ったばかりのラルタルを探し声をかける。井戸から水を汲み、水瓶の水を新しいものに入れ替えているところだった。
「ラルタル」
 彼は聖職者だが、副助祭など雑用係と変わらない。
「あれ、戻ってこられたんですか?」
「まあな。夜は大してやることもない」
 振り向いた彼に、ゴラルは砕けた感じで尋ねた。
「患者が減ってきた。封鎖が解かれるのはまだ先だろうが、一つ気になっていることがある」
「なんですか?」
 彼は、額の汗を腕で拭っていた。
「ここも開放祭はあるのだろう?」
 開放祭は、正式な祭りではない。ただ、多くの市や町で、白死病の封鎖が解かれると、街の開放を祝ってどんちゃん騒ぎが行われる。それを総じて開放祭と呼んでいた。
「ええ、以前に白死病が発生した時には、やっていたみたいです。領主が禁止すれば別ですが、ここには領主もおりませんし、止める人はいないでしょう」
 その言葉に肯いて、ゴラルは彼の耳に口を寄せ、もう一つ尋ねた。
「その場合に、教会から振る舞いはあるのか?」
 開放祭の際には、教会からワインが振る舞われることが多い。本来、教会のワインは聖餐式や教会を訪れる高位の聖職者、貴族をもてなす際に使用されるものだ。ただ、白死病による封鎖の後では、街中の物資が乏しくなっているため、教会のワインが振る舞われることが多い。
「多分あると思います。ナグマン大司教が来られてから初めての封鎖ですが、そういったことに厳しい方ではありませんし、信者を増やすために役立つことは積極的に行う方です。多分、振る舞いはあるでしょう。それがどうかしましたか?」
「私はマナテア様の護衛についているから、ここに来てから酒を口にしていない。だが実は酒に目がなくてな。開放祭となれば、マナテア様もお目こぼししてくださる。どんなワインがあるのか見てみたいのだ」
 ゴラルは生唾を飲み込んで言った。実際には先日エールを口にしていた。それに、酒に目がないというのも嘘だ。飲めるが特に好んでもいない。彼の言葉にラルタルは目尻を下げていた。
 マナテアが、ダリオを見たと言う蔵はワイン蔵だ。入口の錠前には油が付いており、最近開けた様子もあった。
「ワイン蔵を見てみたいということですか」
 低めた声に無言で肯くと、ラルタルは「こちらに」と言って歩き出した。そして、入口の鍵とランプを貸してくれた。
「飲んではいけませんからね」
「当たり前だ」
 彼が貸してくれた鍵には油は付いていない。ダリオが油を付けた合い鍵を使った可能性もありそうだ。
 さっそくワイン蔵に行ってみた。錠前は軽い金属音を響かせて開く。中に入り、ランプを点けて注意深く探った。程なくして、ワイン蔵にあるべきでないものが見つかった。地下室から、更に下に向かう地下通路の入口だった。
 残念だった。
『何かある』
 そう確信しながら、ゴラルは何も見つからないことを期待していた。いや、むしろダリオが金目の物を盗んだ証拠が見つかることを期待していた。しかし、見つかったものは、見つけたくはないと思っていた大きな謎に繋がる何かだった。
 これで、マナテアは良くない方向に進んでしまうかもしれない。ゴラルは、背中に流れる冷や汗を感じながら梯子を下った。
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