第75話 兆しと運命

文字数 2,835文字

 深めの皿に入っているのは、薄いスープに浸かった根菜らしきものとコール芋だ。コール芋は、アクが強く保存が効く。しっかりアク抜きをすれば美味しいと聞いたこともあったが、薪も乏しいのでそのアクはしっかりと残っている。
「苦!」
 思わず声が漏れた。飲み込んだ後でも嫌な後味が残る。
「嫌なら食わなくてもいいんだぞ」
 クラウドに言われた。
「食べますよ、もちろん。普段は馬の餌でも、食べられるだけマシですから」
 コール芋は、白死病による街の封鎖や飢饉に備えて保存されている。そして、そうした事態にならなかった場合、馬や牛の餌にされる。それが、辛うじて火を通しただけで、スープに浮かんでいるのだった。
「まだ解除されそうにありませんか? このままだとコール芋どころか馬草を食べさせられそうです」
 タイトナも辟易しているようだった。
「多分、もう少しです」
 新たな患者は、本当に少なくなった。それに、体の中に入り込んだスカラベオが原因なら、発病が続くはずはない。
 食べ終わったダリオは、深皿をカウンターに置き、タイトナの近くの椅子に腰を下ろした。また話を聞かせてもらうためだ。
「今日は、何の話にしますか?」
「不死王の話を聞いたときに、彼が生きている間の戦争については聞かせてもらったと思うんです」
「そうですね。大まかな流れは話したでしょうか」
「だから、不死王が死んだ後のことを教えて下さい」
「確かに、ざっくりとしか話してなかったですね」
 そう言って、タイトナは語り始めた。
「ここからが不死戦争の本番です。不死王が討たれた時、不死軍団の主力は西に向かっていました。知らせを聞きつけた軍団は、慌てて引き返し、ビークを再占領するとともに教皇の本拠地であったストーナさえも焼き払います。教皇聖下は一旦南部に避難し、その後西部に逃げています。この時、不死軍団が教皇聖下を追えば、教皇聖下は危なかったと言われています」
「追わなかったんですか?」
「ええ。魔王スザインと万能のファーサが仲違いしたことが原因でした。特に、実際に軍を率いることになるファーサが追撃に反対していたので、追撃できなかったのです」
「それは、何故ですか?」
「不死王亡き後の主導権争いだったと言われています。ですが、その後は二人が協力しているため正確な所は分からないというべきでしょうね」
「なるほど」
「とにかく、追撃されなかったため、教皇聖下は平定されたばかりの南部で仲間を集め、西部領主たちの力を結集し、ストーナとビークを含むに中部諸領に反撃のため侵攻しました。結果として、中部諸領が不死戦争最大の激戦地になったのです」
「ここも、ということですか?」
 チルベスは、ビークやストーナから遠くない。
「そうです。ここチルベス、オルトロ、ミスタル、今も不死王の強い呪いが残る遺跡(ルーインズ)のある街は、不死軍団にとっての拠点でした。当時のチルベスは、今の旧市外だけでしたが、今も残る強固な石垣に守られ、戦いは熾烈を極めたそうです。それでも、教皇聖下と聖騎士は、一つずつ街を開放してゆきます。まずは、ミスタルを落とし、次にオルトロを落とし、最後まで残っていたのがここチルベスです」
 遺跡(ルーインズ)のある街が、不死軍団としての拠点だったのなら、遺跡(ルーインズ)にも大きな意味があったに違いない。
「当時にも遺跡(ルーインズ)はあったのですよね?」
「あったはずですが、吟遊詩にはほとんど出てきませんね。戦場になったのはそれぞれの街だったり周辺の土地です」
遺跡(ルーインズ)が気になるのですか?」
「いえ、当時からあるという話だったので、聞いてみただけです」
 戦争の時には使われなかったのだろうかと疑問が沸く。しかし、タイトナからは聞けそうにない。
「不死戦争は、不死王の死後、五年以上に渡って激しく戦われました。その多くがこの三市の攻城戦とその周辺における戦いです。基本的に教皇聖下と聖騎士団、それに合流した各領地の軍が、不死軍団の籠もる街を攻めるという形で戦われました。ただ、時には不死軍団が街の外にでて戦うこともありました。そのなかで、ミスタルで亡霊の操者ペイマルが死に、オルトロで四色のアファークルが死にます。徐々に力を失った不死軍団は、ここチルベスで、万能のファーサと戦士サルザルが死亡します。これによって、残りの不死軍団は東部と北部に散り散りとなって逃げました。ここまでを不死戦争と呼ぶ人が多いですね」
「生き残った配下はどうなったんですか?」
「当然、聖騎士団が中心となって残党狩りを行いました。その残党狩りで、魔王スザイン、狂戦士イーシュ、炎の魔戦士ポルトーク、元素の魔女オーラは、それぞれに討たれて行きます……が、実際にどうだったのかは良く分かりません」
 ダリオは目をしばたたいた。
「良く分からない?」
「ええ。この残党狩りは、大きな戦争ではないので、逆に吟遊詩では人気がある部分なんです。そのおかげで、それぞれに複数の話があります。まあ、イーシュの話は一つしかありませんけどね」
「複数の話がある……ということは、どれが本当か分からないということですか?」
「ええ、どれも本当ではないかもしれません」
 そう言って、タイトナは肩をすくめた。
 多分、ダリオにとっても、その残党狩りはあまり重要な歴史ではないはずだ。ミスタル、オルトロ、チルベスが順に陥落し、それぞれに遺跡(ルーインズ)が残されていることだけ覚えておけばよいのかもしれない。
「ダリオは、どうして不死王の話を聞きたいと思ったのですか?」
 唐突に問われて焦った。元々、タイトナから話を聞き始めたのは祝福されし者(ギフテッド)であるマナテアが、不死王の配下と疑われていることからだった。その後は、単なる興味本位で聞いたことにしていた。
「封鎖されていて、暇だったからというのが一番ですよ。毎日、教会に行って治療するだけですから、代わり映えしなくて」
「そうですか。私は不死王が復活する兆しでもあるのかと思ってましたよ」
 心臓が飛び跳ねた。タイトナは、何も知らないはずだ。それでも、妙に匂わせなことを口にすることがある。
「僕がそんな兆しを知っている訳がないじゃないですか」
「そうですか。不死王の呪いである白死病を見ていれば、気が付くこともあるかもしれないと思いましたが、無理ですか」
 タイトナは、とぼけた様子だった。
「治療していて不死王復活の兆しが分かるなら、聖転生(レアンカルナシオン)教会が一番最初に気が付きそうですね」
「う~ん。どうでしょうね。聖職者は考えが凝り固まってますから、兆しがあっても見逃すかもしれません。強い運命は、引き寄せ合うと言われます。マナテア様が本当に不死王の配下が転生した存在なら、彼女の周りには不死王やその配下が集まっているかもしれません。ダリオや私も、出会ったことがあるのかも」
 ダリオは、吹き出す汗を悟られないように立ち上がった。
「それは怖い話ですね」
 笑いながら答え、話を聞かせてもらった礼を言う。まだミシュラが厨房の手伝いを終えていなかったが、そうそうに部屋に引き上げた。
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