第5話 聖転生(レアンカルナシオン)教会

文字数 1,987文字

『何者なんだろう?』
 そんな疑問が沸いたものの、ゴラルが名前を伏せたくらいだ。声などかけられない。何か話すきっかけがないかと思案していると。後方の馬上から声をかけられた。
「ダリオ君。薬の行商をしていると言っておったが、どうやって薬を渡すつもりかね。チルベスはもう騎士団が封鎖しているはずだぞ。騎士団が受け取ってくれる手はずになっておるのかな?」
 ダリオは、振り向いて答えた。
「いえ、市内に入ります。出られないだけで、入ることは止められないと聞いています」
「確かにそうだが……市内は白死病患者が増えているという話しだ。これからまだ増えるだろう。封鎖が解除されるのは先のことになるじゃろう。薬はギルドに売るのだろう? 当然、買い取ってくれるだろうが、命をかける価値があるのかね?」
 アナバスは、真っ白なあごひげを撫でながら、尚も問いかけて来た。
「いえ、ギルドには売りません。普段なら、ギルド以外で勝手に商売することは禁じられていますが、白死病が発生した時は、教会に売るのなら見逃して貰えるんです。だから、白死病の発生した町に薬を持ち込むと、すごく儲かります」
 ダリオのような薬の行商人は、ギルドのある市では勝手に商売ができない。ギルドが買い取り、それをギルドに所属する市内の薬屋が販売することになる。当然、ギルドに売るときには買い叩かれることになる。薬を買う市民に直接売ることができれば、市民も安く薬を買うことができるはずなのだが、そんなことをすれば、捕まって腕を切り落とされても文句は言えない。
 そんな不合理にも思える仕組みがあるのは、ギルドだけでなく市民にも良い点があるからだ。薬ギルドには、当然目利きがいる。買い取りの際は、薬の品質が厳密に確認される。彼らは、薬効のない雑草が混ぜられていないか目を光らせているのだ。市民は、ギルドに所属する薬屋から高い薬を買わなければならない反面、確実に効く薬を買うことができる。
 逆に、薬ギルドのない小さな町や村では、薬を求めている人々が騙されていることが良くある。それこそ、ただの雑草が高価な薬草して売りつけられているところを見たこともあった。
 ダリオは、ちゃんとした薬草を集め、乾燥などの処理も完璧にして売っていた。手間がかかっている分、そうしたギルドのない小さな町を中心に渡り歩き、それなりの値段で売ることで商売していた。しかし、小さな町では、当然ながら、多く売ることはできない。白死病の発生した市では、大きく儲けることができるのだった。
「なるほどのぉ。しかし、妙だのう?」
 振り向くと、アナバスが首をかしげていた。
「何かおかしいでしょうか? 今までも、白死病の発生した町ではそうして売ってきました」
 ダリオの言葉に、アナバスは尚も怪訝そうな顔で言う。
「儂も、そっちのも」
 アナバスは、フードの人物を指差した。
「教会に行くのじゃ。魔法で患者を治療することになっておる。以前にも、教会に出向いて治療したことがあるが、教会では薬を使っていなかったぞ。薬は教会に寄付をする金のない者が使うのだと聞いたが?」
 やはり二人は教会関係者だったようだ。迂闊な事を口にしないように気をつけなければならない。だが同時に、警戒していることを悟られないようにすることも必要だった。
「あ、教会と言っても聖転生(レアンカルナシオン)教会ではありません。ヌール派の教会です。チルベスにもあると伺いました」
 教会と言えば、普通は、聖転生(レアンカルナシオン)教会のことになる。教皇聖下が頂点となり、各地の教会を傘下に治めている。ヌール派は、異端と言われることもある聖転生(レアンカルナシオン)教会の分派だ。ヌール司教という人が説いた教えを守っていて、東部と北部に信者が多い。
「そう言えば、ヌール派の教会も患者を受け入れていると聞いたな。教皇庁から聖職者が派遣されることがないから、薬を使っておったのだな」
 ダリオは、ウルリスがそうしていたから、同じようにしていただけだ。彼女からも、聖転生(レアンカルナシオン)教会には、魔法を使える司祭が派遣されてくると聞いていた。もしかすると、この人達がそうなのかもしれなかった。
「あの、あなた方は教皇庁から派遣されて来たのですか?」
 聖転生(レアンカルナシオン)教会の関係者には近づかない方がいい。それは分かっていたが、知らずに接触したり、対立したりしないよう、ある程度の知識は仕入れたかった。このアナバスという老人は、気さくに話しかけてくる。せっかくの機会は活かしたい。
「教皇庁からの要請ではあるが、教皇庁から来た訳ではないな」
 ダリオの問いに、少し考えてからアナバスは答えた。怪しまれたのかいう考えが頭を過ぎったものの、どうやら簡単に説明できる話ではなさそうだった。それでも、あまり根掘り葉掘り聞くような態度は怪しまれる元だ。事情を聞きただそうかと思案していると、不意に前方から声が響いた。
「私たちは、アカデミーから来たのです」
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