第64話 地下通路と地下通路

文字数 2,996文字

 クラウドから鍵と(スフィア)の入った玉を借りてある。夜が更けたころ、ダリオは物音を立てないように白犬亭を出た。新市街を抜け、旧市外の聖転生(レアンカルナシオン)教会に向かう。
 眠っていても、(スフィア)の輝きにはさほどの違いはない。街中では、多くの(スフィア)があるため、(スフィア)を見ても尾けて来ている人がいるかどうかは分かりにくかった。
 警戒しながら進み、聖転生(レアンカルナシオン)教会までやってきた。教会の塀は、(スフィア)で向こう側に人がいないことを確認して一気に登る。木の実や葉、それに宿り木にも薬になるものがあるため、木登りは得意だった。石組みの塀は、手や足を掛ける場所が多いため、木よりも簡単に登ることができる。
 東の角にあると聞いていたので、ワイン蔵はすぐに分かった。入口に聞いていた通りの錠前が付いている。借りてきた鍵に油を塗り錠前を開けた。少し音がしてしまったが、動き出す(スフィア)は見当たらない。ダリオは、入口のドアを少しだけ開け、体を滑り込ませた。
 ドアを閉めると、ワイン蔵の中は真っ暗で何も見えない。入る時に、差し込んだ月明かりで、地下への階段だけは確認してある。手探りでその階段を下り、短くなった蝋燭に火を灯す。これも、クラウドにもらってきたものだ。神聖魔法で灯りを取ることも出来たが、教会には魔法を使える人物も多いはずなので危険だった。
 地上階にもワインが置かれているが、本来のワイン蔵はこの地下室だ。傾けられたボトルだけでなく、木樽も置かれていた。その木樽の一つが、最近動かしたように見られた。樽を傾け、回転させるように移動し、下に敷かれていた板を持ち上げる。更に下に向かう梯子があった。下に降り、板だけを元通りにして地下通路に入った。
 土中を掘っただけでなく、壁にも天井にも石の組まれた、しっかりした作りだった。不死戦争の前からあるはずだ。四百年以上の月日が経っているとは思えない通路だった。ある程度進んでから蝋燭を消し、魔法で灯りをとった。
「我、ダリオが祈りを捧げ、魔を払う。聖光(ホーリーライト)
 アンデッドを遠ざける魔法の光だが、単なる灯りとしても使える。最小限の魔力で、最低限の灯りを作った。この先を急ぐためだ。地下通路は長い。蝋燭では走りにくかった。先は長いので小走りに駆ける。市壁が近くなった辺りで、地下通路はホールにでた。小さな教会の礼拝室ほどの大きさのあるもので、方々に地下通路が延びている。
 クラウドから、通るべき通路も聞いている。
「左の埋もれた通路から数えて、二本目の通路……」
 再び同じような地下通路に入り駆け続ける。そろそろ遺跡(ルーインズ)の地下かと思う辺りで、ドアを見つけた。その先には無数の偽りの(スフィア)が見えた。上にはサナザーラの紫色の(スフィア)も見えている。目の前のドアは、クラウドが言っていた魔法の鍵のかかったドアだろう。間近に寄って見上げる。
「証を示せ」
 アンクの台座に刻まれていた文字と同じだった。クラウドから玉を借りていたが、必要ないかもしれない。
 まずは試しに、何もせずにドアを押してみた。当然、開かない。胸の前で両の掌を広げ、毎日続けて来たのと同じように(スフィア)を掲げる。何も音は聞こえなかった。しかし、ドアを押してみると静かに開いた。
 ウルリスが、毎日続けるように言ったのはこのためだったのかもしれない。(スフィア)を戻し、ドアを閉めて階段を上る。そこは、エイトに通路のことを聞いた礼拝堂の右端だった。目の前にアンクがある。
 上に見えるサナザーラの(スフィア)は動いていない。アンクの台座裏に寄り、(スフィア)を掲げる。押してみると小さなドアが開いた。中は真っ暗だ。(スフィア)を戻して聖光(ホーリーライト)を唱えた。背後のドアを閉め、階段を下りる。遺跡(ルーインズ)に来る途中と同じような地下通路にでた。
 ダリオが足を踏み出そうとすると、通路の先聖光(ホーリーライト)の光が届かない先から、恐ろしい速度で近寄ってくる紅い偽りの(スフィア)の群れが見えた。
「イッ?!」
 思わず変な声が漏れた。嫌な予感がする。攻撃目標として定められている感じだった。振り返り、階段を駆け上がってドアのノブに手をかけた。しかし、びくともしない。振り向くと、階段の下にショートソードと盾を掲げたアンデッドが見えた。剣こそ短めなショートソードだったが、ウルリスが作り出したボーンナイトのように骨の鎧を着込んでいる。かなり強いアンデッドに見えた。恐らくボーンナイトなのだろう。
 ダリオは慌ててホーリーライトを消し、(スフィア)を掲げる。ドアは開いた。礼拝堂に飛び出して振り返る。
 階段の途中、剣も盾も下げた複数のボーンナイトが、踵を返し、背を見せて奥に引き上げて行くところだった。
『通路の外に出たから? それとも(スフィア)を掲げたから?』
 ダリオは、(スフィア)を掲げたまま、恐る恐る階段に足を下ろした。ボーンナイトは、振り返ることなく奥に進んで行く。どうやら(スフィア)を掲げ続ける必要があるようだった。
 逡巡した。灯りをとる道具は、短くなった蝋燭しか持ってきていない。試しに、(スフィア)を出したまま、ホーリーライトを唱えてみる。今までも試したことはなかった。途端に(スフィア)が揺らめく。そして、通路の奥、ボーンナイトが姿を消した方向から骨を叩き付けるような音が響いた。ホーリーライトを消し、(スフィア)を維持すると、駆け寄って来ていた偽りの(スフィア)が止まる。
 間違いなかった、(スフィア)を掲げ続けなければならないのだ。しかも、灯りはない。ただ、偽りの(スフィア)の群れも、その先に見える弱々しい紫色の(スフィア)も見える。行くべき方向は分かった。しかも真っ直ぐに伸びている。ダリオは、覚悟を決めると、ドアを閉め、暗闇の中で階段を下り、地下通路に踏み出した。
 サナザーラは、執事スケルトンに大聖堂(カテドラル)への立入を許可すると告げていた。この地下通路にいるボーンナイトは別なのか、あるいはここが大聖堂(カテドラル)の一部ではないのかもしれない。
 奥に歩いて行ったボーンナイトの偽りの(スフィア)は、動きを止めている。姿は見えないが場所は分かる。その(スフィア)だけを頼りに足を動かした。恐る恐る彼らの間を抜け、通路を進む。先に見える紫色の(スフィア)まで、かなり遠かった。
 ダリオは暗闇の中を急いだ。ウルリスには毎日(スフィア)を掲げるように言われた。この時のためだったに違いない。今度こそ確信した。(スフィア)を掲げ続けることは難しい。集中が途切れ、揺らいでくるのだ。
 霞がかかったように思考が鈍くなり、(スフィア)が揺らぎ始める。ダリオは、必死で(スフィア)を掲げ、暗闇にも拘わらず、偽りの(スフィア)の間を全力で駆けた。
(スフィア)が途切れたら殺される!』
 その恐怖が集中力を助けてくれたが、それでも限界に近づいていた。最後の偽りの(スフィア)の間は抜けられそうだった。唇を噛み、その痛みで、鈍る思考に刺激を与える。紫の(スフィア)は間近に迫っていた。誰が居るのか分からないが、サナザーラと同じように、ボーンナイトを止めてくれたら大丈夫だ。
 その紫色の(スフィア)がある場所は、小部屋となっていた。壁面が仄かに光り、視力に捉えることができた。走り込み、人の姿を探したものの、奥の壁面に石で作られた小さな机が見えただけだ。誰もいない。代わりに、(スフィア)はその机の上にあった。机の上に載せられた拳ほどの大きさの真っ黒な玉の中に、それは見えた。
「え?!」
 もう(スフィア)の維持は限界だった。揺らぎ、消えるようにしてダリオの胸の中に戻って行く。
『まずい。殺される!』
 そう考えて振り返る。しかし、ボーンナイトが駆け寄ってくる様子はなかった。
「え?!」
 ダリオが呆然としていると、聞いたことのない声が響いた。
「ようこそ。新たな死霊術師(ネクロマンサー)よ」
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