第8話 野営

文字数 1,992文字

 森の中の道は、次第に狭くなり険しいものになっていた。これでは馬車の通過が困難じゃないだろうかと思っていると、先頭を歩くゴラルが振り向いた。
「アナバス教授、先ほどの分岐はやはり右だったのではありませんか?」
「こっちの道だと思ったのじゃが、違ったかもしれんのぅ……」
「距離はあるものの、道は平坦と聞いていました。ですが、この道は明らかにどこかの峠に続く道です。引き返しましょう」
「そうするかの」
 カルナスで聞いていたように、チルベスに向かう道は森の中に入っていた。当分は森の中を歩くと思っていたところ、昼前に森を抜け草原に出た。怪訝に思っていたところで道が分岐していた。アナバスが左だと言うので左の道をきたのだが、どうやら間違っていたようだ。
「ダリオ、先頭で歩いてくれ。この状況では、先頭よりも後方の方が危険だろう」
「分かりました」
 ゴラルに答えて先頭に立つ。不安そうな目をしているミシュラの首元を軽く撫でようとしてアナバスと目が合った。
「すまんのぉ」
「いえ、仕方がありません。ただ、野営を考えないといけないかもしれませんね」
 道を間違えることは仕方がない。問題は、到着の遅れが確実なことだ。多少遅くなってもチルベスまで強行軍で進むか、どこか安全そうな場所で野営するか、考えなければならない。魔法を使える者がいても、夜間に森を通過することは危険だった。

     **********

 間違えた分岐に戻ってから、今度は右の道に進み、しばらくすると再び森が見えてきた。再び先頭を歩いていたゴラルが歩みを止めて振り返る。
「道はまた森に入るようです。抜けるか、この辺りで野営するか、考えなければなりません。日が落ちるまでにまだ若干ありますが、それまでに森を抜けられるとは限りません。順調ならチルベスにたどり着けると聞いていましたが、道を間違えたことを考えると厳しいでしょう。それに、野営をするなら薪も集めなければなりません」
 マナテアも振り返った。
「視界の効かない森は危険だと思います。ダリオ少年もいます。野営しましょう」
 大して年の違わないマナテアにも、完全にお荷物と思われている。ダリオは、内心でむっとしたが顔に出さないように気をつけた。それでも、ただの薬売りでしかないとしても、出来ることはある。
「一応、剣は持っています。襲ってきた魔獣と戦ったこともあります」
「ダリオ君が役立たずだなどとは言っておらんよ。儂等だけだったとしても、夜の森は危険じゃ。近くに忍び寄られたら、儂もマナテアも大して役には立たないからの。むしろ、剣をもっているダリオ君の方が戦えるかもしれん」
 そう言って、アナバスはミシュラから降りた。
「儂は、そこの石を使って炉を作ろう。皆は薪を」
 アナバスの言葉で野営が決まり、ダリオは少し離れた位置にあった木にミシュラの引き綱を結びつけた。いざとなったら、綱の端をミシュラが咥えて引けば綱が解けるように結わえておく。
「後で水と木の実をやるけど、なるべくその辺りの草を食べていて」
 ミシュラは、声を出さずに肯いた。途中の小川で水を飲んでいたから、それほど喉は渇いていないはずだ。

     **********

「お嬢様もダリオも、私から離れないようにして下さい。良い薪は手に入らないかもしれませんが、森の奥には入りません。朝まで火が保てば十分です」
 マナテアも、当たり前のように薪拾いに出てきた。領主の娘という話だったが、思いの外旅慣れているようだ。白死病の発生した町を巡っているからだろう。
「ダリオ、野営の経験は?」
 薪を拾いながら、ゴラルが尋ねてきた。
「何度もあります。行商をしているので。なるべく避けていますが、今日のように予定通りにならないことはよくあります」
「ずっと一人……ではないな?」
 十三なら仕事をしていることは当たり前だ。しかし、独り立ちするには早い年だ。普通は見習いとして働いている。
「ええ。昔は別の方といっしょでした」
 こう言えば、見習いとして働いていたものの、親方が死んだか働けなくなったと思ってくれるだろう。実際、ウルリスが死んだことで一人で行商を始めたのだから、ほとんど同じようなものだ。ゴラルも、そう考えてくれたようだ。
「そうか。魔獣と戦ったこともあると言っていたな。アンデッドと戦ったことは?」
「襲われたことはありますが、ゾンビとスケルトンだけです。ゾンビはのろいし、スケルトンもそれほど早くありません。馬に乗って逃げてました」
 ダリオにも倒すことができたし、実際倒したこともある。しかし、奴らは数も多いし、いくらでも湧いてくる。逃げてしまうのが、一番手っ取り早かった。
「それがどうかしましたか?」
「今夜のことを考えただけだ。不寝番が必要だからな」
 それ以上、ゴラルが話しかけてくることはなかった。手早く薪を集め、アナバスが炉を作った場所に戻った。
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