第9話 繰り返し

文字数 1,205文字

 施設のユニットの若い男性職員が近くに来て言った。
「私事なのですが……」

 ああ、辞めるのか……
 
 私はこの施設がオープンした時から8年も働いている。その間に何人も辞めていった。
 最初の優しいリーダーも、
「突然ごめんね」
と、やめる間際に私に言った。上に口止めされていた、と。
 このリーダーさんは、通勤にものすごく時間がかかった。施設長に引き抜かれたらしく、素敵な方だったが、時間通り帰れるわけではない。勤務時間の後は事務仕事。
 次々と職員が辞めていく。欠けた分は超勤になる。補充されればまた別の職員が辞めていく。いつまでたっても超勤はなくならない。
 そしてこのリーダーも疲れきって辞めていった。
 
 人手不足解消のためなのか、新人には家賃の補助が4年間ある。
 二十歳の女性はそれでも1年で辞めていった。ようやく仕事を覚えたのに長い休暇を取り来なくなった。

 去年異動してきたピュアな男性は、体重が50キロもないという。ひとり暮らしの身には辛いだろう。超勤も多いし、体力も精神力もなさそう……

 あ〜あ、あなたもか? 仕事やりやすかったのに。

「この度、結婚いたしました」
「え?」

 めでたい話は滅多にない。若くして、できちゃった結婚で、育休取った男性も復帰してすぐに辞めていった。
 ふたりめの子が生まれて、妻のために育休取った主任も辞めていった。
 男女共、結婚しない主義の方も多い。

「おめでとう」
 いろいろ聞いてしまった。
 住居の関係でまだ別居婚。できちゃったからではないらしい。
 お祝いを……

 もう何年も、誰かが退職しようが、成人式も、親が亡くなっても、なにもない。以前は少しずつお金を集めてなにかあげたのに……
 辞める人が多すぎて、もう、そういうことはやらない。
 たかだか2時間のパートの私が言うことではないが。
 
 結婚か。
 あなたは新婦△△さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?

 認知症になっても?

 隣のユニットのゲッケイジュさんは施設がオープンしたときからいらした方だ。ご主人は別の階に入居していて、ずいぶん前に亡くなった。
 入居時はご主人と同じユニットになるのを、かたくなに拒否したという。
 旦那様が亡くなったことは、わかっていたのだろうか?
 

 ああ、また隣のユニットの職員が辞めると言う。数ヶ月前異動してきたばかりだ。異動する前のユニットの情報では、かき回す人だから、気をつけろ、と。
 長く続けてる人は芯が強い。かき混ぜられはしなかったようだ。もう私は2時間の勤務だから、よく見えない。
 この職員は不注意から、アズサさんをベッドから転落させひどいあざを負わせた。それも原因なのだろうか?

 新人職員が独り立ちし、ようやく人数が足りてきたら、また……
 いつもこの繰り返し。
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