第2話 鮮やかな記憶

文字数 1,173文字

 昨夜夢を見た。前世の夢だ。やけにはっきりしていた。今までおぼろげに思ったことはあったがあまりに悲惨なので打ち消してきた。

 鮮やかな夢だ。見たくはなかった。心が崩壊した。吐き気がする。

 落ちていた鏡に自分の顔を写した。 
 人種が違う。国が違う。性別も違う。
 顔もぜんぜん違う。前世の私は美少年だ。
 あの女の息子なのだ。

 鏡の中の私は彼のおばあさんの年齢。
 なぜ、こんな歳になってから、わかったのだろう?



 僕はわずか10歳で死んだフランス国王ルイ17世。
 悲劇の王妃マリー・アントワネットの2番目の息子だ。
 兄は死んだ。

 革命が起きて、父は殺された。母とは引き離され、幼い僕は貴族的なものを忘れるため再教育された。
 王室の家族を否定し冒涜する言葉、わいせつな言葉を教え込まれた。やがて教育には虐待が加わった。
 具合が悪くなるまで無理やり酒を飲まされたり、「ギロチンにかけて殺す」と脅された。
 暴力は激しく日常茶飯事となり、番兵までもが暴力に加担した。

 母が処刑されると、ほとんど光が入らない不潔な部屋に監禁された。室内用便器は置かれなかった。
 僕、フランス国王ルイ17世は部屋の床で用を足した。ろうそくの使用、着替えの差し入れも禁止された。
 この頃、僕は下痢が慢性化していたが、治療は行われなかった。
 食事は1日2回、厚切りのパンとスープだけが監視窓の鉄格子から入れられた。
 呼び鈴を与えられたが、暴力や罵倒を恐れたため使うことはなかった。監禁から数週間は差し入れの水で自ら体を洗い、部屋の清掃も行っていたが、くる病になり歩けなくなった。

 その後は不潔なぼろ服を着たまま、排泄物だらけの部屋の床や、のみとしらみだらけのベッドで一日中横になっていた。
 室内はネズミや害虫でいっぱいになっていた。深夜の監視人交代の際に生存確認が行われ、食事が差し入れられる鉄格子の前に立つと「戻ってよし」と言われるまで「暴君の息子」と長々と罵倒され、暴行も続いた。
 もはや僕に人間的な扱いをする者は誰もいなかった。

✳︎

 ルイ17世(1785年3月27日 - 1795年6月8日)は、フランス国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの次男。
 兄の死により王太子となった。
 革命後、国王一家と共にタンプル塔に幽閉されていたが、父ルイ16世の処刑により、名目上のフランス国王(在位:1793年1月21日 – 1795年6月8日)に即位した。
 しかし解放されることなく2年後に病死した。


✳︎

 ひとり暮らしの私は施設に収容された。
 入浴し着替えさせられた。医師の診察を受けた。この頃の私は栄養失調と病気のため灰色がかった肌色をし、こけた顔にぎょろりと大きくなった目、体中に覆う黒や青や黄色のミミズ腫れ、無数の傷跡があり、爪は異常に伸びきっていて、もはや、一人では歩けなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み