第3話 忘れたの?

文字数 1,009文字

 もう20年も前のこと、雷で電車が止まった。外は大雨。
 最終の電車に乗っていた娘から電話が来た。
「タクシーも並んでて乗れないから迎えに来て」

 夫はすでに酒を飲んで寝ていた。朝は早い。仕事優先。
 真面目な両親の娘は、高校を卒業しても就職せず派遣を次々。毎日帰りが遅く、父親とは話もせず……母はオロオロ。そんな時期だった。

 私は運転できない。
 どうしようもない。タクシー待つしかない。そう言って切った。

 心配で眠れなかったが、しばらくして娘は帰ってきた。
 友人(男)に電話して、送ってもらった、と。

 娘は母と違い青春を楽しんでいた。遊びまくり。真面目な母から見ればメチャクチャ。
 何度も怒ったが、
「今、死んでも悔いはない」
と口に出したくらい。
 ネイルの資格を取っても、医療事務の資格を取っても、仕事は長続きせず、親を心配させ呆れさせた。

 付き合う男も次々。すぐ嫌になる。
 虫歯が見えるから嫌、というのもあった。

 送ってきてくれた男性は地元の友人。その年、何人かで海に行ったりしていた。
 夜中に迎えに来てくれるなんて…‥いい人なのに、本命ではないらしい。 

 その年の夏は数人でよく出かけていた。
 車で迎えに来たその男性に私は挨拶した。
 キチンとした人だったが、恋愛には発展せず会うこともなくなっていた。

 2年くらい経ち、あの彼が亡くなった。
 知ったのは葬儀も終えてしばらく経った頃。
 交通事故だった。
 数人で飲みに行き、彼は泥酔。車の後部座席で寝ていた。運転したのは酔った仲間。
 彼だけが亡くなった。

「お線香、あげにいったほうがいいよね?」
 娘が私に聞いた。
 
 友人と線香をあげに行った娘は、母親の無念を聞いてきた。
 母ひとり子ひとり。
 母親に同情したのか、娘は何度か線香をあげに行った。
 母親は、運転した友人に怒り、訴えるとか。
「でも、酔った彼も車に乗ったんだよね」

 それきり行かなくなったが。その後、どうなったかはわからないが、思い出すことはあるのだろうか?

 どう見ても、自慢できるような娘ではないが。
 子どもができても、絶対絶対、手伝いに行ったりしないからね、と、母は思ったほどだ。

 今は2人の娘に手を焼いている。
 口もきかなかった父娘は一緒に酒を飲む。娘のために父は酒を選ぶ。

 もう、あの彼のことは忘れたのか?
 私も忘れていた。
 某サイトの『お題』で思い出した。

 投稿するようになって、思い出した方が何人もいます。

 
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