第11話 この街で……

文字数 1,492文字

 お義母(かあ)さん。
 おかあさんとは、実家に行った時に初めて会いましたね。私はまだ22歳。
 田舎の家は長男のお嫁さんをもらうときに建て替えをして、大きくてきれいでまるで旅館のようだった。
 出てきた料理は、寿司の盛り合わせ、それはわざわざ私のために遠くまで買いに行ってくれたのだろうけど、枝豆や茄子の漬物、山菜の煮物、おかあさんの素朴な料理がおいしかった。

 結婚します、と言ったら、お義兄(にい)さんは、今はお金がないんだ、と困ったように言った。妹の結婚式、家の建て替え、自分の結婚式と、大きな出費が重なった。田舎の結婚式は盛大で、妹の嫁入り道具にもお金がかかった。次男に出す金は残ってはいないのだ。

 それは構わない。親の援助は受けずに結婚式をあげ、マンションを買った。それは夫の自慢だ。ローンを完済した。今のような低い金利ではない。

 おかあさんは孫が産まれたときに来てくれたけど、田舎の村からほとんど出たことがない人だった。
 夫が上野駅まで迎えに行き、帰るまで、ひとりでは外に出なかった。

 あなたは、私たちの小さなマンションの話を田舎に帰ってから親戚たちに自慢したという。
 当時はまだ周りにマンションは建っていなかったし、田舎ならなおのこと。新築でオール電化で便利できれいだった。家具も買い揃えたばかり。

 あなたは田舎に嫁ぎ、5人の子を育て、田畑を守り60歳前に亡くなった。次男の嫁が私で安心してくれたかしら? だったらいいけど。
 5人の子どもたちは皆親思い。
 もう少し長生きしてくれたなら親孝行ができたのに。

 私は結婚前からずっとこの街に住んでいます。あなたが1度だけ来た街に、あなたの息子はもう50年も住んでいる。
 あなたが自慢してくれたマンションも、今では築40年を超えた。
 田舎に帰りたい、と言ったこともあったけど、私たちはこの街で生きていきます。  
 去年久しぶりに墓参りに行きました。もう、あなたの歳をとうに超えた私たち。

 また、会いに行きますからね。



      
 あなたの子ども5人にもいろんなことがありました。おにいさんは今は人工透析。
 あんなにきれいであなたが磨いていた家はもうボロボロ。
 お嫁さんは悪い人ではないのだけれど、掃除や片付けや家事が苦手。
 ふたりの孫は、男の子で喜んだけど、ひとりは独身でもうひとりは離婚した。
 それに、下の妹ふたりも離婚した。

 あなたが生きていたら嘆いたでしょうか?
 こんな時代になるとは思いもしなかったでしょうね。でも、今や離婚は珍しいことではありません。
 私も妹たちが羨ましくなる時があります。あなたの息子は、この私だからやってこられたのよ……
 でも、まあ、危機はあったけど、ここまでくれば、大丈夫かな……

 去年久しぶりに帰った実家、あなたが掃除していた家は何の手入れもされず、雨漏りがして床が抜けそうだった。
 私たちは久しぶりの実家に泊まることもできず、ビジネスホテルを取った。
 おにいさんは痩せて杖をつき、別人のよう。

 墓参りに行った。
 あなたの息子は、仕事で指を切って労災が降りたとき、私には何の相談もしないで立派な墓石を買った。
 その墓は草ぼうぼうで……
 皆、悪い人ではないのだけれど。

 近くの妹も、おかあさんが生きてる頃はしょっちゅう孫を連れて来ていたのに、今ではほとんど付き合いがないという。

 夫はあまりの家の衰退にショックでね。
 家の前の畑はゴミ捨て場になっていたし。
 今、うちのベランダにはプランターにトマトや茄子が成っている。毎日座って眺めているわ。

 田舎に帰りたかったのね。
 行けばいいのに。しばらく行って来ればいいのに。
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