再び、復讐の章

文字数 18,623文字

 その日、俺が見たのも、例の間に合わない夢(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だった。
 来る日も来る日も、真紀は殺され、俺はその断末魔を聞き、絶望の中で目を覚ます。夕日で真っ赤に染まったリビングの隅で、真紀の跡の傍らで。
 人を殺すのは狂った人間なんでしょう――あの懐かしい公園が一望できるレストランで、あいつが、妻だった女がそう言ったとき、「ああ、その通りだ」と、俺ははっきり言ってやればよかった。「こんな夢を毎日見ていれば、どんな人間でも狂うだろうよ」と、そう怒鳴りつけてやればよかった。
 いまとなってはそう思うのに、あのときそうできなかったのはなぜだろうか。それは以前の俺と――妻と一緒にいたときの俺とは違うからだろうか。しかし、それも無理はない。長い長い時間の果てに、俺は妻が隣にいたときの自分がどんな人間だったか、そんなことなど忘れてしまった。「あなたは善い人だったのに」だなんて、妻はそんなことを言っただろうか。下らない。そんなはずなどないというのに。
 (きし)むソファから身を起こし、俺はいつものように床板を見下ろした。そこに残る真紀の染み。真紀の跡。お父さん――俺を呼ぶ悲鳴を、現実に聞いたかのように思い出し、俺は心臓に直接、爪を立てる。みるみる開く傷に(うめ)きながら、真紀の痛みはこんなもんじゃないと言い聞かせる。
真紀は苦しんで死んでいった。何も分からないまま、それでも必死に抵抗し、生きようともがいて死んでいった。その苦しみに見合う罪など、一体、地上のどこに存在するだろう。俺の娘を殺した罪を、どうしたら償い切れるというのだろう。真紀はもう二度と戻らないというのに、なぜ、あいつは生きて自由の身になることを許されたのだろう。
 刑務所の外で自由を満喫する村野の姿を想像すると、吐き気に似たものがこみ上げた。村野さん(﹅﹅)は更生したのよ――再び妻の声が蘇り、そんな声を思い出す頭を叩き割りたいような衝動に駆られる。
 あいつが更生した? 自分と何の関係もない子どもを殺すような人間が? その本性からして狂った、救いようのないクズが? 冗談を言うのはやめてほしい。そういう人間が「更生」することなど、絶対にない。俺は妻のように村野に面会したわけではないが、警備員という仕事柄、同じようなクズを散々見て知っている。
 例えば、昔、ショッピングモールに派遣されていたときのことだ。そこには万引きの常習犯たちがいた。年齢も職業も様々な彼ら、もしくは彼女たちは、俺たちに捕まると「警察だけは勘弁してください」と涙を流した。しかし、それに同情して解放すればどうだ、やつらは性懲りもなく万引きを繰り返して警備員室に戻ってくる。そればかりでなく、以前のことを忘れたかのように、再び謝罪の言葉を口にしながら、涙を流してみせるのだ。
 初め、俺は理解に苦しんだ。泣くほど反省しているなら、なぜ過ちを繰り返すのか。もう二度とやらないなどという約束を口にできるのか。
 けれど、俺はすぐにそんな考えが根本から間違っていたことに気づくことになった。つまり、やつらは元から反省などしていないのだ。それどころか、やつらは万引きを悪いことだとさえ思っていない。警備員に捕まったのは「悪いことをしたから」ではなく、「運が悪かったから」だと思っている。だから、あれは――二度としませんという、涙を流しながらの約束は、謝罪(﹅﹅)ではなく、運が悪かったときの対処法(﹅﹅﹅)なのだ。そうすれば許してもらえるということを、やつらは経験から知っているのだ。人の情けにつけ込む方法を、許してもらうための手管の数々を。
 しかし万引きと人殺しでは罪の重さも、その罪を犯す覚悟も違う――俺がそんな経験を話したとして、そう反論する人はいるだろう。軽犯罪と殺人を軽々結びつけてはいけないと、二つはまったく違うものだと。けれど、結論から言えば、やつら犯罪者の考え方は同じだ。いや、正確に言えば、同じらしい(﹅﹅﹅)。俺はかつては食卓として使われていたテーブルを、そこに積み上げられた本の山に目をやった。
 その本の山は、俺が昔、手当たり次第に本屋で買い込んだ、六法全書から殺人事件の判例集、刑法や民法の解説書の類だったが。真紀の裁判が始まった当初、俺は毎日のようにそれらを読み込んでいたが、それも司法が何の役にも立たないことを理解すると同時にやめ、それらの本はそのまま長い間放っておかれていた。そんな(うずたか)い山の一冊が、例のショッピングセンターに派遣されていたとき、つまり、万引き犯の反省のなさに気がつき始めた頃、目に止まったのだ。
 その本は、自身も何人もの人間を殺害した重犯罪者である著者が、刑務所の中から出版したというものだった。刑務所には軽犯罪者用のものと、重犯罪者用のものがあり、この重犯罪者である著者の周りは強盗や殺人犯といった重犯罪者だらけで、著者は自然に彼らの言い分を耳にすることになるのだが、それは驚いたことに、俺が聞いた万引き犯たちの言い分とまるで同じだった。
 「留守宅だと思ったのに、住人がいたから殺さざるを得なかった。俺は運が悪い」「大人しく金を出さなかったから殺さなくちゃならなくなった。金を出さなかったあいつが悪い」。本の中で、強盗殺人の罪を犯した犯罪者たちは、いけしゃあしゃあとそんな台詞を吐いていた。運が悪い、人のせい――強盗ばかりか、殺人を犯しながらも、彼らの根本は同じなのだ。いや、そればかりではない。「あのときちゃんととどめを刺さなかったから、生き延びたやつが通報した。出所したらお礼参りしてやる」、そんな発言をする犯罪者もいると知り、怒りのあまり俺は本を破り捨てそうになった。
 やはりあいつらは反省していない。反省する気さえ、微塵もないクズなのだ。すべてを運が悪かったせい、あまつさえ被害者のせいにし、そこには自分が悪いという発想はまったくない。
 また、別の本には――これは死刑囚房の元・刑務官が書いたものだが――罪を償う立場の死刑囚でさえ、最期に「死にたくない」と暴れるのだと書いてあった。自分のしたことを考えれば、被害者のことを考えれば、死刑囚にそんなことを言う権利はないはずだ。そんな態度をとることなどできないはずだ。だというのに、最後の最後まで我を通そうとする犯罪者の姿に、俺は強い憎しみを覚えた。加えて、そんなクズたちも表向きは申し訳ないことをしたと涙を流すという一文を目にしたときには、頭が狂いそうにさえなった。
 更生というものを俺が信じないのは、そんなわけだった。やつらは口では何とでも言うし、それが手紙なら尚更、あることないこと書き連ねるなど簡単だ。更生したふりなど、その気になればいくらでもできる。
あの女弁護士のように、加害者を許せと言うやつらには、それがどうして分からないのか。優しいが故に騙され続ける妻はともかく、この国の司法までもがそれでいいのか。口先の謝罪に騙されて、仮釈放を与えるなんてことが、果たして許されるのか。それが真紀の命に対する冒涜だということを、どうして分かってくれないのか。
 ――思い知ったはずだろ、あいつら(﹅﹅﹅﹅)がそんなこと気にするわけがないことくらい。
 怒りのままに拳を固めたそのとき、胸の奥で声がした。遠い昔の俺の声。妻が「善い人」だったと表現したのは、あの頃の俺のことだろうか。
 一瞬、そんなことに気を取られたせいだろうか。いつもならすぐに沈黙を強いられるその声は続けた。
 ――あいつら(﹅﹅﹅﹅)は真紀のことなんか、微塵たりとも考えちゃいない。いや、真紀のことだけじゃない。村野のことだって何にも考えちゃいない。やつの罪も、更生も、あいつら(﹅﹅﹅﹅)にとっちゃ全部他人事、まったくどうでもいいことなんだ。真紀や村野のことさえそうなんだから、俺たち(﹅﹅﹅)のことなんか、それ以上にどうでもいいに決まってる。……もちろん、だからといって、村野を殺していいとは思わないが。
 声は俺の返答を待つように言葉を切った。
「殺すさ。そのために今日まで生きてきたんだ」
 俺は必要もない答えを口にし――耐えるように歯を食いしばった。ぎり、奥歯が音を立てる。他人事。それは声の言うとおりだった。あいつら(﹅﹅﹅﹅)にとって真紀の事件は他人事で、一円の価値もないような、本当にどうでもいい出来事だった。そこには悲しみもなければ怒りもなく、慈悲もなければ償いもない――。
「……大丈夫だ、真紀。お父さんがあいつを殺してやるからな」
 いつもの言葉をつぶやき、俺は平静さを取り戻そうとした。手早く支度をし、車に乗り込む。普段ならばトレーニングを終え、仕事へ出かける時間だったが、今日からは違う。仕事は昨日付で辞めてきたし、助手席に置いたカバンには包丁が入っている。村野が真紀を殺すときに使ったのと同じ、刃渡り二十一センチの文化包丁だ。その切っ先をあいつの胸に突き刺す瞬間を想像しながら、俺は勢い良くエンジンをかけた。
 一昨日、妻は仮出所した村野がどこにいるか、どうしているかさえ知らないと言い張った。けれど、別れ際、彼女のバッグから盗み取ってきた手帳には、その住所こそ記されていなかったものの、はっきりと「村野さん訪問?」と書き込まれていた。やつの名前にさん(﹅﹅)がついていることにも、その予定が厚かましくも真紀の命日に書き込まれていることにも、それに何より俺に平然と嘘をついた妻に腹が立ったが、知りたいことは知ることができた。
 助手席に置いたその手帳に、俺はちらりと目線をやった。バッグから消えたこれを、妻は落としてしまったと思うのか、それとも俺に盗まれたと思うのか、それは分からない。少なくとも、俺が知っている妻は嘘などつける女ではなかったし、手帳も「盗まれた」という発想ができるような人間ではなかった。けれど、俺が変わったように、きっと彼女も変わってしまったのだと思う。それは責められることではないかもしれないと思う一方で、あの女弁護士がその元凶だと思うと虫唾が走った。
 私は、村野さんの死刑を望みません――あの妻の会見で、その会見で勝ち取った無期懲役のおかげで、あの女は一躍有名になった。もともと顔だけはいいことも幸いしたのだろう、その後テレビで引っ張りだこになり、法律系のバラエティだけではなく、クイズ番組に出ているのを見たこともある。番組の雰囲気に合わせているのだろう、さすがに昔のように死刑廃止を真面目に訴えている場面は見たことがないが、それでもあの女の露出が多くなれば多くなるほど、信者(﹅﹅)は増える。そうやって多くの人が気づかぬうちに、死刑廃止の流れは大きくなり、いつのまにかその法律は国会に(はか)られることだろう。
 そんな目論見を許してはならない。赤信号にブレーキを思い切り踏み込み、俺は歩行者たちを睨みつけた。愛する娘を失った親として、被害者遺族として、俺は死刑廃止なんて許さない。あの女の目論見など、俺が絶対に覆してやる。
 揺るぎない意志に白旗を上げるように、信号が青に変わった。まだのろのろと横断歩道を渡っている老婆をクラクションで追い払うと、俺は手帳に記されていた妻の住所へとハンドルを切った。それはもう一度彼女に会うためではない。盗んだ手帳に書き込まれた予定から、彼女は仕事でいないことは分かっている。
 俺はあいつをこの手で殺す。本当は言うつもりのなかった言葉に、あの日、妻がどこまで危機感を持ってしまったのかは定かではない。俺の目的はあくまであいつの居場所を知ることであり、そこに警戒感を持たせるつもりは毛頭なかった。
けれど、妻に――元・妻に会った瞬間、自分でも予想し得なかった様々な感情が湧き上がってきて、コントロールがつかなくなった。いや、その前になぜ妻は「会って話しましょう」だなんて提案したのだろう。そして、なぜ俺はその提案を受けてしまったのか。彼女に会うことはリスクでしかない。異変を感じ取られ、村野に警戒されてしまったら元も子もないというのに。
 しかし、過去の行動はもう変えられない。ならば、その過去を踏まえた、これからの行動を考えるべきだと、俺は自分に言い聞かせた。
 手帳が盗まれたことに彼女が気づいたとするならば、それは「俺の仕業」であり、村野と俺を会わせるのは危険だと判断するだろう。その結果、手帳に書かれていた「真紀の命日に会う」という予定を変更してしまうかもしれない。けれど、それも一時のことだろう。遅かれ早かれ、妻とあいつは会うに違いない。いや、あれほど村野さん(﹅﹅)に入れ込んでいるのだ。会わずにはいられないだろう。
 時間はかかったとしても、村野と妻は絶対に会うというのが俺の考えだった。ならば、俺のすべきことは一つだ。妻のアパートを見張り、村野が訪ねて来るのを、もしくは妻が訪ねていくのを待てばいい。今日は、そのための下見だった。彼女の出入りが分かる場所に部屋を借り、そこで張り込みをするための。そのための資金は多すぎるほどに貯めてきた。何年でも、何十年でも、この命が尽きない限り、村野を追い続けられるほどに。
 村野を殺すという目標の、到達すべき(いただき)はほんのすぐそこにあった。もうすぐ、あと少しで指先の届く場所だ。もうすぐ終わる――そんな感覚に気が緩んだのだろう。俺は一度這い上ってきた谷底の闇を振り返った。そこに過去の俺がいることは知っていた。胸の奥から聞こえる声は、その闇から発せられているのだということも。
 お前の望みは村野を殺すことじゃなかったはずだ――すると、吹き上がる風に混じり、弱々しいその声が再び届いた。そうだな――その深い底を目の当たりにすると、過去の封印が小さく揺るいだ。普段なら再び押さえつけるその印を、俺はその微々たる感傷が揺るがせるに任せた。
 確かに、俺はそんなことを望んでなかったかもな――揺らぎからはそんな言葉がこぼれ出た。続けて、俺はあいつの死刑すら望んでなかった――などと、いまの俺とはまったく逆の(もろ)い言葉が。
 その弱さを嫌い、俺はクラクションを大きく鳴らした。道を行く人が何事かとこちらを振り向き、前を走る車が慌てたようにアクセルを踏み込む。変わってしまった俺を見上げ、深い深い谷の底から、過去の自分が悲しそうに首を振った。



 例えば、それは両親や兄弟姉妹、一生を誓い合った配偶者や、二人で育んだ娘に息子。身近な人間が突然、自分の前からいなくなったとき――それも殺されるという最悪の形で奪われたとき、人はどんな反応をするものだろうか。
もちろん、初めに感じるのは大きな悲しみと喪失感に違いないが、俺が言っているのはその後の話だ。犯人を殺してやると喚き散らすのか、絶対に死刑にしてほしいと司法の正義に頼るのか。
 それは人によって違うだろう。奪われたのが誰かによって、またその人物との関係性によっても違うかもしれない。けれど――いま振り返れば意外なことに――あの当時の俺はそのどちらでもなかった。俺は復讐の念に囚われることもなく、また犯人を死刑にしてほしいと思うこともなかった。むしろ、そう思っていたのは俺ではなく、俺の周りの人間だった。
『犯人は絶対に死刑にしてもらわないと』
『当たり前だ。そうでなけりゃ、真紀ちゃんが浮かばれない』
 葬儀に集まった親戚は口々にそう言ったし、また、殺される直前、真紀を見かけていたという近所のおばさんは、
『あんな可愛い子を殺すなんて、あたしがこの手で犯人を殺してやりたいよ』
 と、身体中の水分がなくなるんじゃないかというほど泣きじゃくった。また、そのおばさんと同様、車中から村野を見かけていたというカメラ屋の親父さんも、
『いや、こんなことになるなら、あのとき俺があいつを轢き殺しときゃよかったんだ』
 と過激な発言をし、けれどその言葉に周囲の人々も同意していたことを覚えている。そして、それは真紀を直接知らないはずの人々も同じだった。
『犯人が死刑になることを祈っています』
『犯人は死刑にならないかもしれないなんて聞いたんですけど、だとしたら日本の司法制度は本当にひどいですよね』
『あんなやつ、さっさと死んじまえばいいんだ。あんたもそう思うだろ?』
 電話帳で調べたのだろう、見知らぬ人からの電話は鳴り止まず、彼らは一方的に憤っては、一方的にお悔やみの言葉を述べていった。携帯電話のない時代、会社や親戚と連絡を取るためにも、回線を止めるわけにもいかず、可哀想に妻はそれでノイローゼになりかけていた。彼女はいまも携帯電話を持っていないというが、その一因はあのときの経験にあるのかもしれない。
 とにかく、村野に死を求めていたのは俺ではなく、周囲の人間だった。真紀の死を知ったとき、村野が逮捕されたとき、裁判が始まったとき、まるでそれで俺の気がすっかり晴れるかのように、彼らは口を揃えてそう言った。「大丈夫だ。あいつは絶対、死刑になる」と。
 しかし、何度も言うが、俺の思いはそこにはなかった。誤解を恐れずに言うなら、そんなことはどうでもよかった。あいつを死刑にしろなどと、俺はそう口にする前に、どうしてもやつに聞きたいことがあったのだ。
 それは、なぜ、お前は真紀を殺したんだということだった。それだけを、俺は村野に問いたかった。その答えだけを求めていた。なぜ、お前は真紀を殺したのか? それは計画だったのか偶然だったのか? なぜ、お前は包丁を持ち歩いていたのか? 人を殺すためか? それなら誰を殺す気だったのか? 大人? 子供? 老人? それとも、殺せるのなら誰でもよかった? もしそうなら、どうして真紀を、よりによってうちの娘を選んだのか? なぜ、俺から娘を奪っていったのか?
 村野の死を願う前に、俺は聞かなければならないことが山ほどあった。それこそ星の数ほど幾つも、一生かかっても数え切れないほどに。そんなことを聞いてどうするかだなんて、俺にだって全然分からなかった。けれど、聞かなければ、生きて心臓が引き裂かれるようなこの痛みに耐えることができないと思った。真紀のいなくなってしまった後を、どう生きていけばいいのか、見当もつかなかった。
 だから、俺は辛抱強くそのときを待ったのだった。復讐してやりたいとも、死刑にしてほしいとも言わず、ただ公明正大な裁判を、その厳正な場ですべてが明かされるそのときを待ち続けた。すべての真実はそこで明らかにされると、底なしの馬鹿だった俺はそう信じていたのだ。そして、その期待は当然のごとく裏切られた。
 初めて足を踏み入れた法廷は、思ったような厳粛さはなく、何やら会議室じみた雰囲気に満ちていた。それは具体的にどこというわけでもなく、例えば古びて汚れた床や、安っぽい色をした長机が醸し出したものかもしれない。もしくは、入廷してきた裁判長が取引先の社長に似ていたせいか、国選弁護人だという村野の弁護士が、何度もあくびをかみ殺していたせいか。
 傍聴席の椅子に腰掛けながら、俺はそんな雰囲気に一抹の不安を覚えていた。会社の下らない会議のような、そんな雰囲気で真紀の事件を扱われては困る。けれど、結果から言えばその不安は的中した。検察側の冒頭陳述が終わると、村野の弁護士は隣に座る彼をちらりと見てため息をつき、まったくやる気の感じられない声で一言、こう言ったのだ。被告人は心神喪失による無罪を主張します、と。
 そう聞いたときの衝撃がどれほどのものだったか、理解できる人間がいるだろうか。そのとき、俺は吐き気がするほど混乱した。心神喪失による無罪。つまり、善悪の判断がつかない状態での行動だったため、責任能力がなく、よって罪はないものにしてほしいと、たくさんのなぜ(﹅﹅)を抱えるこの俺の目の前で、あいつはそう言ってのけたのだ。なぜ殺したか、どうやって殺したかもよく覚えていないし、何も説明できることはない、と。
 その主張は、その日まで耐えた俺の願いを、すべて否定するものだった。やっと真実が明かされるそのときが来たと思ったのに、ここでも何も分からないのか――絶望に似た感覚が体を支配し、俺は凍りついたようにその場に固まった。
『被告人は血まみれの文化包丁を手に、現場付近を徘徊しているところを警察官に発見、逮捕され、その直後に詳細な殺害方法について自白、調書にサインをしていますが、それでも心神喪失だと?』
 弁護人の主張に、渋面をつくった若い検察官が尋ねる。はい、やる気のなさそうな弁護士が、再びどうでもいいといった調子で答える。
『えー、その詳細な殺害方法の自白はですね、現場の証拠を元に誘導、強要されたものであり、無効であるという主張です』
『調書には、意識も口調もはっきりしていたとありますが?』
『それにつきましては、取調官の感想であり、当時の依頼人の状態を正確に言い表したものではないと考えます。もっとも、彼に当日の記憶はなく、ということは冤罪の可能性も無きにしも非ずというところで――』
『……馬鹿馬鹿しい』
 思わず口から出てしまったというような検察官の呟きを、裁判長が木槌を叩いて戒めた。彼の隣に座った、年配の上司らしき男も、失言を咎めるように腕組みをした。
 失言をした検察官は、村野の起訴が決定したときに一度会ったことがある、藤沢という若い男性だった。彼は殺人事件を担当するのは初めてということだったが、それだけに真紀の死に同情し、言葉の端々からこちらに親身になってくれていることが感じられた。馬鹿馬鹿しいという言葉は、だからこそ口をついて出たのだろう。
 そんな彼の抵抗も虚しく、それからは馬鹿馬鹿しい(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)受け答えが続いた。
 事件の詳細に関して、村野はすべて覚えていないの一点張りだった。凶器となった包丁をどこで入手したかも覚えておらず、真紀の後を尾けていったことさえ覚えていない。やりとりだけを聞けば、本当にこの男が真紀を殺したのだろうか、そんな疑念さえ覚えるような内容だった。これは冤罪なのではないか。彼の弁護士が言うように、その自白も警察に強要されたものだったのではないか。所持していたという血まみれの包丁も、真犯人に押しつけられたものではないか。この男もまた俺たちと同じ、可哀想な被害者なのではないか。
 けれど、彼の一言により、そのすべては覆された。それは、本当に何も覚えていないのですか――注意深い様子で裁判長が尋ねたときだった。俯きっぱなしだった村野の顔がぐにゃりと歪んだ。それが彼の笑顔だと気づくのには時間がかかった。それほどその表情は奇妙だった。
『ひとつだけ……』
 その奇妙な笑みを浮かべたまま、彼は発言した。
『夕焼けがとても赤くって、それが真紀ちゃんの血の色とおんなじだったことを覚えています』
 その瞬間だった。見たこともないその風景が、俺の脳裏にはっきりと映し出された。赤く染まったリビングと、逆光にくり抜かれた大小二つの影。その一方は床に伏して動かず、もう一方はそれを見下ろしている。その手から伸びた刃の切っ先から、ぽたぽたと赤いものが滴り落ちている――。
 ――こいつが真紀を殺したのだ。
 確信が胸をついた。たくさんのなぜ(﹅﹅)が、再び俺の中に膨れ上がった。犯人はこいつだ。こいつが俺の家に入り込み、包丁を振り上げ、真紀の命を奪ったのだ。心神喪失なんかじゃなく、すべてをその目に焼きつけたまま、何度も真紀を刺したのだ。俺の娘を殺したのだ。それでいて、その最期を語ることを拒否しているのだ。
 裁判とは何だ。俺は拳を握りしめた。法廷とは、真実を明らかにする場所ではないのか。その義務があるのではないか。それなのにどうして誰も何も言ってくれないのか。
 しかし、その答えを聞くことはできないまま、裁判は終わった。一貫して心神喪失を主張した弁護側に対して、裁判長はそれを「真実だとは思えない」として退け、また「何度も執拗に刺すというその手口の残酷さからも情状酌量の余地はなく、また無差別に幼い子供を狙うという犯罪は非常な脅威である」として彼に死刑を申し渡した。
『日本の裁判は判例主義ですから、この判決は画期的ですよ』
 裁判長が退席し、閉廷すると、藤沢は傍聴席に駆け寄り、興奮したようにそう言った。
『最近、子どもを狙った犯罪が増えていますからね。裁判所も厳罰化の流れをつくっておきたいんでしょう。となると控訴審では、極刑は覆らないと思いますよ』
『控訴審では(﹅﹅)?』
 聞き咎めた俺に、藤沢はしまったという顔をした。では控訴審で、と言葉を濁し、戻っていく。そしてその言葉通り、一審の流れを踏まえての控訴審は速やかに結審し、村野には同じ死刑判決が下された。
 未だ殺害理由も明かされないままの、村野の死刑にざわめく法廷の隅で、俺はそれをどう感じていいのか分からずにいた。いや、どう感じるべきかは周りを見れば明らかだった。俺の隣に座っていた両親はハンカチで涙を拭き、「よかったね」と繰り返していた。妻の両親もそれは同じだったし、妻も、由紀も、駆けつけてくれた会社の同僚も、友人も、全員がほっとしたような顔をして、同じ感情を共有しているようだった。村野が死刑になってよかった、相応の罰が下ってよかった、という。
 だから、俺もきっと喜ぶべきなのだろう。頭の片隅でそう思いはしたが、俺はなぜか感情を表すことができなかった。その代わりというわけではなかったが、俺は図書館や本屋に通い、いまままで以上に法律関係の本を読み漁るようになった。
 とにかく俺は知りたかった。裁判のことを、法律のことを。なぜ、真実は語られないのか、どうしてこの胸の靄は晴れないのか、この積み上がった疑問の山を、俺は一体どうしたらいいのか。
 答えは思ったよりも早く見つかった。
 それはいつか藤沢の言った判例主義という言葉に行き当たったときのことだった。判例主義、それは、裁判所がこれまでの裁判結果、つまり判例(﹅﹅)を参考にした判決を出すという意味であった。これくらいの罪へは、これくらいの罰を与えるというような暗黙のルールがそこにはあり、日本の裁判では滅多にその判例から逸れることはないのである。
 例えば、殺人の場合。人を一人殺したというだけで、その犯人が死刑になることは滅多にない。死刑という罰は、人を一人の命を奪う罪に見合わないと、過去の判例から導き出されているからだ。『これは画期的な判決ですよ』、一審での死刑判決後、藤沢が言ったのはそういうことだったのだろう。俺のような一般人には考えもつかないことだが、判例を鑑みれば、真紀を殺しただけで、村野は死刑になるはずがなかったのだ。
 けれど『最近、子どもを狙った犯罪が増えているから、裁判所も厳罰化の流れをつくっておきたいんでしょう』と、同時に藤沢はそんなことも言った。ということはつまり、こういうことだった。
 いままでの判例からすれば、人を一人殺したくらいでは死刑にはならない。しかし、村野への死刑判決は、これから起こる事件――子供を狙った犯罪を厳しく罰するために、またその種の犯罪を厳罰化することによって、そもそもの犯罪を抑止しようという裁判所の思惑で出されたものだったのである。
 また、『控訴審では(﹅﹅)』と、彼がそう言ったのも、一般人には分からない、裁判というものの特殊な性格のせいだった。控訴審、いわゆる二審というものは、たいていが一審の流れを汲み、原判決、つまり一審の判決と同じものが出されることが多いというのだ。だから、控訴審では死刑だろうが、最高裁判所ではどうなるか分からないと、藤沢はそう言ったのである。
 判例、裁判所の思惑、そして導き出される死刑という刑罰。机の上に何冊も広げた法律書を前に、俺はしばらく惚けたようにそれらを見つめた。その無味乾燥な言葉に則り、仕事を進める検察官や弁護士、裁判官たちのことを、裁かれる犯罪者のことを、その裁きを待つ俺たちを思い浮かべた。傍聴席を埋める人々を、生真面目な顔をした書記官を、いかめしく仁王立ちする廷吏たちを、そこで村野に死刑が言い渡された瞬間を思い浮かべた。そして、俺があのとき喜ぶことができなかった理由を思い知った。
 それは、真紀の不在だった。この裁判は、真紀が殺されたからこそ開かれたものであるはずなのに、誰もその真紀のことを考えていないからだった。
 弁護士は村野の刑を少しでも軽くするために弁舌をふるい、検察官である藤沢はその刑を少しでも重くするために弁論の穴を突く。そして、神の代理であるかのように厳かな顔をした裁判官たちは判例に沿い、真紀の殺された過去(﹅﹅)ではなく、これから(﹅﹅﹅﹅)のための判決を下す。真紀のいない明日のために、彼女がいなくなってしまった未来のために。裁判とは、加害者のため(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)に開かれるもので、決して被害者のため(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)に開かれるものではなかったのだ。
 ――すべては、茶番だったのだ。
 突然、俺はそう悟った。真紀はいない。殺されてしまったから、もういない。弁護士も藤沢も裁判官たちも、みんな真紀のことを知らない。可愛くて、純粋で、ほんの少し生意気で、水泳が得意で、椎茸とトマトが嫌いだったあの子のことを、誰一人として知る者はない。
 だから、彼らは考えずにいられるのだ。なぜ殺されたのか、なぜ真紀だったのか、どうして、どうやって殺されたのか、最期の言葉はなんだったのか、どんなことを思ったのか。お父さん助けて――真紀はそう叫んだはずなのに、俺はどうして娘の声が届かない場所で笑っていたのかということを。
 死んでしまった真紀のことなど、皆、最初からどうでもよかったのだ。
 法律書に突っ伏すように、俺は声を殺して泣き崩れた。襖を隔てた隣の部屋では、妻と由紀が平和な寝息を立てていた。このとき、すでに控訴審から二年の月日が経ち、村野側の上告による最高裁が始まっていた。最高裁判所――刑の最終決定がなされる場が開かれたのだ。
 最高裁が終わってしまえば、真紀は忘れ去られてしまうだろう。事件は一件落着、解決済みの箱に押し込められる。俺はそうなることを恐れた。どうしたら、このまますべてを忘れられるというのだろう。あの日から問い続けた疑問の答えを、俺はまだ何一つとして得てはいない。それなのに法廷は閉じてしまうというのか? その内容に関わらず、手続きを終えたというだけの理由で? そんな不誠実なことが許されるのか? それが司法というものなのか?
『雨ヶ谷さん、安心してください。今回の裁判長はきっと厳罰化の流れを汲むはずです。そういう人物ですから』
 最高裁で再会した藤沢は、よく分からない励ましの声を俺にかけた。そうは言いながらも、どことなく浮かない顔をしているのは、村野にどこぞの有名な弁護士がついたせいだった。あの女弁護士――野洲久美子だ。何でも、その女は死刑廃止派の急先鋒で、村野の死刑を覆してみせると宣言し、この法廷に乗り込んで来たらしかった。そしてその言葉通り、あの女はいままでにはない手法の弁護を開始した。それは、俺にとって、さらなる茶番が始まったことの合図に過ぎなかった。
 野洲はまず、マスコミを巻き込んだ。「これは死刑廃止派の戦いである」と銘打ち、日本の死刑制度そのものを前世紀の遺物として、テレビカメラの前で批判した。また、判例(﹅﹅)に照らし合わせても死刑は不当に重すぎる、この死刑は厳罰化の思惑から出された見せしめ(﹅﹅﹅﹅)であると言って(はばか)らなかった。
 その一方、法廷では、「虐待が殺人の引き金になった」という珍説を披露し、賛否両論を巻き起こした。幼少時に虐待があったとしても、二十歳過ぎた大人はその行動の責任を自ら取る必要があるという、至極当たり前の反論も、あの女の前では無駄だった。「あなたたちのように恵まれた人間には、彼の置かれた境遇が分からないでしょう」と、そう感情的に訴えるばかりで、何の論理的説明もなされない。
 いちいち大げさで芝居掛かった態度に、俺は彼女の発言を無視するように努めたが、虐待死した妹に似ていた真紀を村野はつい追ってしまったのだ、という話にはそれも忘れて呆れ返った。なぜなら、虐待死した妹というのは、生まれて一ヶ月もしない赤ん坊だった。独身だというあの女は、赤ん坊というものを見たことがないのだろうか? その新生児特有のサルのような、性別も分からない顔が真紀に似ていただなんて、お笑い(ぐさ)もいいとこだ。あんなものが真紀に似ているのなら、日本人全員が似ているだろう。それは嘘と言い切ることはできないかもしれないが、限りなく嘘を含んだ事実には違いない。
 裁判官の前で、「可哀想な村野」を切々と訴える野洲を、俺は冷めた目で睨みつけた。弁護士は被告人の罪を少しでも軽くするために弁舌を振るう。それが事実すれすれの嘘だったとしても、誰も構う者はいない。これが公明正大な裁判なんて笑わせる。
俺の目の前で繰り広げられていたのは、あることないこと言ったもん勝ちのゲームだった。あの女が勝つか、それとも藤沢が勝つか。そこにやはり真紀の存在はなく、それどころか俺たちの存在さえないようだった。
 いや、厳密に言えば、そのゲームに俺たちは存在していた。しかしそれは俺たちという人間ではなく、「被害者遺族」という()としてだった。だから、あの女は「謝罪の手紙」という道具を使い、「被害者遺族」という駒を動かそうとした。それが効かないと知れば、俺という駒を見切り、妻という駒に手を触れた。そして、妻はあの女の持ち駒となった。逆転勝利の切り札となった。その時点で、俺はゲームを抜けた。妻と娘を置いて、元の家へ――真紀が殺された場所へ戻ったのだ。
 ゲームの結果、村野は無期懲役刑を言い渡された。マスコミはこれを「死刑廃止派弁護士の逆転勝利」として華々しく報道したが、それはあの女の戦略が(はま)ったせいか、それとも裁判官たちが判例に従っただけなのかは、俺には分からなかった。
『これは弁護団の勝利ではありません。この国の、死刑廃止派の勝利なのです』
 あの女はカメラの前でそう宣言して、この勝利が自分の手柄であることを強調した。テレビを通してそう言われてしまえば、詳細を知らない一般市民はそうなのかと思うだろう。馬鹿馬鹿しい――どこかで聞いたような台詞を呟きながら、俺はこの一週間、何度も流されているのだろう、その会見を眺めていた。正確には、あの女の隣に立つ、妻を眺めていた。その画面の右上に、「覆った死刑判決」「無期懲役刑確定」という赤文字が踊っているのを意識しながら。
 そのとき俺が見ていたのは、会社の帰り道にある電機屋のテレビだった。家では真紀が見ているようで、そんなニュースをつけることはできなかったのだ。
『無期懲役刑というのは一生刑務所に入ると誤解されがちですが、実は期限を決めずに課される懲役刑のことで、二十年から三十年……現在ではそのくらいで仮釈放されることが多いんですね』
 会見の映像から切り替わった画面で、専門家と思しき男性が解説をしていた。
『ということは、彼はいま二十七歳だということですので、早ければ四十七歳で出てくると?』
 アナウンサーが専門家に尋ねた。
『まあ、そういうことになりますね』
 専門家は頷いた。
『仮釈放って、みなさんもよく耳にする言葉だとは思いますが、これがどういう制度かということをご説明しますと――』
 町には木枯らしが吹いていた。タンスの奥から引っ張り出したばかりのコートは樟脳の匂いがきつく、クリーニングを忘れがちなスーツはそろそろ皺がひどくなっている。立ちっぱなしで冷えたせいか、膝の古傷が痛み――俺は、ふと自分の年齢を数えた。ちょうど四十、いや、四十一歳。仮釈放までの時間が、最短で二十年。二十年経てば、俺は還暦過ぎ。そのとき四十七歳になる村野と、六十一歳の俺――。
 そう考えたとき、俺の胸は心臓発作でも起こしたかのように、一気に苦しくなった。町の音が遠くなり、景色が色を失った。あいつは出てくる。ここへ戻ってくるのだ。真紀のいなくなったこの世界に。
 だめだ(﹅﹅﹅)――俺は全身でそう感じた。こんな理不尽には耐えられない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)耐えられるはずがない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)
 俺がはっきりと己の意志を理解したのは、多分その瞬間だったのだと思う。死だ――その決意は、強く俺の心臓に刻まれた。あいつには死を以って償ってもらわなけれはならない。それが国による刑罰としての死ではなかったとしても、俺がこの手であいつに死を与えなければならない――。
 真紀が殺されてから五年、その間、心を占めていた悲しみが、一気に激しい憎しみへと変化したのだった。それは小さな亀裂を食い破り、灼熱のマグマが吹き上げるような、そうしてそこにあった景色のすべてを灰へと変えてしまうような、それほど凄まじい変化だった。そんな己にどこかで戸惑いながらも、俺はあの瞬間、村野を殺すことを真紀に誓ったのだ。
 ――あなたは善い人だったのに。
 ――あたし、いいもん(﹅﹅﹅﹅)になるよ!
 そのとき、荒っぽく運転を続ける俺の耳に、悲しむような妻の声が、いない娘の声に重なって聞こえた。唐突に蘇ったその声に、突然、目の前の景色が滲み、慌てた俺はハンドルを握る手でそれを(ぬぐ)った。けれど、拭っても拭っても、目から溢れ出る涙は尽きず、俺は路肩に車を寄せた。込み上げる感傷に抗いながらも、胸の奥に、そこにいるあの頃の自分に頷いた。
 認めよう。
 この世に生きている人間を善悪で分けるなら、俺はずっと善い側(﹅﹅﹅)の人間だった。とはいっても、俺は警察官だったわけじゃないし、かといって困っている人を見ると放っておけないような正義漢だったという意味じゃない。けれど、そういう特別な人間だけが「善である」ということはないだろう。
 「世界」などと大きな風呂敷を広げずとも、この日本、いや、俺の住んでいるこの町にも、善い人間(﹅﹅﹅﹅)はたくさんいる。それは特別ではない、いわば当たり前の人間だ。家族のために働いたり、食事を作ったり、子供や年老いた親の世話をしたり、目標に向かって努力したり、友達の相談に乗ってあげたり、人のために泣いた笑ったり、そんなふうにして毎日を過ごしている人間のことだ。
 お天道様に顔向けできないことをするんじゃないよ――明治生まれの俺のばあさんは、口癖のようにそう言っていたものだが、善い人間というのは、つまりはそういうことだろう。盗みをせず、人を傷つけず、人前で口にできないような行動はしない。それが本来の人間のあり方だ。「善」とは、当たり前を行うことだ。そうやって生きることだ。
 繰り返そう。俺は善い人間だった。そして善い人間は、復讐などしない。人に暴力を振るうことなど、考えもしない。だから娘が殺されてさえ、俺は法の裁きに従おうとしたのだ。彼らが正しく真実を導き、裁いてくれると信じていたから。なぜ、の答えを示してくれると信じていたから。
 けれど、それは思い違いだった。裁判は弁護士と検察官という、プレイヤーたちの舞台だった。被害者の死で始まるこのゲームの目的は、被告人の罪の軽重を争うことであり、決して真実を明らかにすることではない。被害者とその遺族を軽んじ、彼らは楽しいゲームに興じる。勝つためならば、真実すらも闇へと葬って。
 いや、真実が失われたことさえ、この際どうでもいいのだ。ぎりぎりと音が出るほど歯を食いしばり、俺はハンドルを握る手を睨みつけた。
 俺が抱えていたたくさんのなぜ(﹅﹅)――そこにどんな理由があてがわれたとしても、娘の死だ。そこに納得のいく答えなど存在しないだろう。そんなことには、俺だって薄々気づいていた。あの女の差し出した理由が「虐待」や「妹の死」でなくとも、俺は納得することを拒否したかもしれない。また別の種類のなぜ(﹅﹅)が増えるだけかもしれない。そんなことは誰に指摘されなくとも、俺自身が分かっている。だからこそ、俺が欲しいのはそんな答えなんかじゃなかった。
 善い人間(﹅﹅﹅﹅)だった俺が本当に欲しかったもの――それはきっと謝罪だった。ごめんなさい、すみません、申し訳ありませんでした――どんな言葉でも構わない。心の底からの反省が滲み出るような、当たり前で真摯な謝罪だった。
 それは決して、あの女弁護士に書かされた謝罪の手紙ではない。罪を少しでも軽くしようという魂胆から生まれた謝罪ではない。本当に、真に心からの謝罪が成されれば、俺は苦しみながらもそれを受け入れられただろうと思う。俺は善い人間だったのだから。娘たちが誇りに思ってくれるような、当たり前に善い人間であったのだから。
 けれど、謝罪はなされなかった。それどころか、村野を許せといわんばかりの言い訳ばかりが並べられた。許さない人間が善い人間であるはずがないとでもいうような、攻撃的な言い訳が投げつけられた。そんな中で、俺は一体どこまで我慢すればよかったのだろう。娘が殺され、裁判の駒にされ、そうして踏みにじられてなお、我慢しなければならなかったのだろうか。村野を許すと言わなければならなかったのだろうか。
 だめだ(﹅﹅﹅)そんな理不尽に耐えられるわけがない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)
 だから、そう気づいたとき――巨大な悲しみが巨大な憎しみへ変わったとき、俺は善い人間であることをやめたのだった。俺は何の挨拶もせずに会社を辞めた。嫌なことがあればすぐにそれを怒鳴り散らし、そればかりか暴力に訴え、それを相手のせいだと(うそぶ)くような人間になった。そんな態度が許されるはずがないと、以前はそう思っていたが、実際にそうしてみると、特に不便なことはないのだった。無理が通れば道理が引っ込む。村野が真紀を殺したように、それは絶対に許されないことであっても、絶対にできないこと(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ではなかった。それ以来、俺は道理(﹅﹅)ではなく、村野と同じ、無理(﹅﹅)の側にいる。そしてそれをやめるつもりもない。
 残念だったな――俺は過去の自分に向かって、無理やり皮肉な笑みを浮かべた。お前はもう俺ではない。お前はあのとき死んだのだ。真紀の奪われた命とともに。
 最後の涙を拭い、真っ直ぐに前を見ると、俺は再び車を走らせた。そのとき(﹅﹅﹅﹅)は近づいている。後ろを振り向く暇はない。
 そう思いながらも、俺は最後の最後にほんの少し、バックミラー越しに過去を見やった。唯一の心残りは、由紀のことだった。中学生のときに別れて以来、会うどころか声も聞いていない、もう一人の娘。別れ際、あのうさぎの公園で聞いたところによると、由紀はここ数年、妻にも連絡をしていないのだという。
 妻の会見をテレビ越しに見たあの日、一緒に行くか――そう尋ねた俺に、由紀は小さく首を振った。無理もない、俺はそう思った。年頃の女の子だ。父親と二人の生活よりも、母親と一緒のほうがいいだろう。そう思ってあのアパートから出て行ったのだが、それは間違いだっただろうか。いや、しかし、俺は以前の家にいるのだ。固定電話も残してある。何かあれば、向こうから俺に連絡をとることは容易なはずだ。それがないということは、やはり――。
 堂々巡りする思考を振り切るように、俺は息を吐いた。由紀も辛い記憶から逃げたいのだろう。だとすれば、こちらから連絡を取る手段もないことだし、何よりこれから俺は村野を殺すのだ。そんな父親とは縁がない方がいいだろう。幸せでいてくれたらいいが――。
 区切りをつけるように考えてから、俺はぎくりとした。永遠に六歳のままの真紀とは違い、由紀は今年――三十六。三十六といえば、あのときの俺たちと変わらない歳だ。真紀が殺されたときの俺たちと。可愛い娘が二人もいた俺たちと。
 三十六歳になった由紀を、俺は想像しようとしたが、それはうまくいかなかった。それでも、長い年月を(つたな)手繰(たぐ)るように考える。俺たちに内緒で、由紀が結婚しているという可能性はあるだろうか。それだけじゃない。もし、由紀に子供がいたら?
 後ろ髪を引かれるような思いに、俺は振り返りそうになった。由紀がいまどうしているか、無性に知りたくてたまらなくなった。目的地が見えたのは、そのときだった。律儀な字で、手帳に記されていた住所。その小さな単身者用のアパート。その向かい側に車を止め、俺は深呼吸を繰り返した。
 いまさら引き返すことなど、できるはずもない。すべてはもう遅いのだ。だから――それが勝手な願いだと分かっていながら、俺は少しの間、目を閉じ、祈った。
 妻、それに由紀。彼女たちがまだ善を信じることのできる世界に生きているのなら、最後までそのままでいてほしい。村野と同じ側に堕ちてしまった俺のことなど忘れて、幸せに生きて欲しい。
 車を降り、見上げると、そこには事前に調べた通り、ウィークリーマンションの高い棟がそびえていた。妻のアパートの玄関が道路側に面しているのに対し、こちらのマンションの道路側は大きな窓のついたベランダだった。これは想像以上におあつらえ向きじゃないか――そのときを思って、俺の鼓動は静かに熱く打ち始めた。
 真紀の命日まで、あと六日だ。
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