エピローグ

文字数 1,011文字

 20XX年9月6日夕刻、ある一人の女性が殺された。
 彼女の名前は、梶田美希子。二十五年前の同日同時刻、娘の雨ヶ谷真紀を亡くした母親で、真紀の他にもう一人、由紀という娘がいた。
 夫の雨ヶ谷洋介とは二十年ほど前に離婚しており、それ以来、彼女はクリーニング工場で働きながら、死刑廃止派団体に属し、娘を殺害した犯人の村野正臣の更生を支援していた。
 彼女を殺したのは、その村野正臣だった。彼は三週間ほど前に、刑務所から仮釈放されていた。
 事件を受け、雨ヶ谷洋介は「死刑が相応」とのコメントをした。そのコメントに村野の弁護士であり、死刑廃止派団体を率いる野洲久美子弁護士は「どんなことがあっても死刑という刑があってはならない」と反発を強めた。
 その後、開かれた裁判で、村野は美希子を殺した動機を語らなかった。その代わり、「次に仮釈放されたら、今度は残った父親と娘を殺す」という旨の発言をして、ニュースやワイドショーを騒がせた。
 なぜ、彼は殺人を犯したのか――テレビで、紙面で、様々な専門家たちが様々な角度から、その理由を説明した。
 ある専門家は、その原因は幼少期の虐待にあるとし、別の専門家は脳科学の立場から脳の障害や発達障害を疑った。また、ある専門家が刑務所の更生プログラムに疑問を(てい)せば、別の専門家は、死刑廃止派団体が村野を甘やかして罪を償わせる機会を奪ったのだと批判した。
 専門家だけではなく、それ以外の人々からも様々な声が上がった。ある人は、雨ヶ谷洋介が村野からの手紙を読まなかったせいで美希子がとばっちりを受けたのだと憤慨したし、別の人は、村野への支援が中途半端だったとして、死んだ美希子を批判した。
 また、二十五年前に村野を死刑にしておくべきだったという意見もあった。死刑にはしなくとも、一生刑務所に閉じ込めておくべきだったという意見もあった。取材にノーコメントを貫いた娘の由紀には「死刑を訴えるべき」だとか、反対に「母親の意志を継いで死刑廃止を訴えるべき」という意見が殺到した。
 ()が、村野に罪を犯させたのか――人々はそう論じているようで、しかしその罪の帰属する人間が()なのかということについては、決して疑うことをしなかった。

 それから三年後の20XX年4月。
 最高裁判所は、村野正臣に死刑判決を言い渡した。
 何が、彼女を殺したか。その答えを知る人は、誰もいない。
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