十六

文字数 2,088文字

 「お前、次の非番いつ?」
珍しくW書店のT社長から電話があった。
「金曜日の夜なら空いてます」
「おう、なら金曜の夜、店に寄ってくれよ、久々にどこか飲みに行こうぜ」
「わかりました。けど、急にどうしたんです?」
「いや、な、最近、池袋にある業者がAVセル店向けに脱法ドラッグを扱わないかって、しつこいんだよ。その辺の情報、お前、持ってないか?」
「池袋の業者」
「お前も知ってるだろうけど、AV業界の冷え込みようは酷いもんだよ、大人の玩具や、脱法ドラッグでも扱わなきゃ、やって行けない店がたくさん出てきてる。今や、大手販売会社が率先して新しい商材を売ろうと躍起になってるが、ドラッグだけはな、グレーな面が強いし、店舗でも賛否分かれてる。試しに置いてみてはいるが、実際のところ警察はどう考えてるんだ?」
 ショウが受話器の向こうで間を置いた。
「警察はその件について正式な方針をまだ打ち出してません。ですが、前にも言いましたが、何か社会的に注目を浴びるような、ドラッグによる死亡事故や事件が起きたらすぐに動きますよ。それに・・・・・・その背後にあるものと言うか、暴力団の資金に直結するものであれば、近々取締まりの対象になるかと思います」
「薬事法で指定された成分しか取締まれないんじゃないのか?」
「警察は、そんな子供の喧嘩みたいなことしませんよ。本気で取締まるなら成分がどうとか関係ないと思います。やる時は、意地でもやると思います。法改正してでもです。でも、そういう店って一軒潰したって、無くなるものじゃないですよね、見せしめとしての取締りがあるということです」
「だよなぁ、お前の言う通り、やっぱウチも止めとく。以前、ハダ君が来た時も同じこと聞いたら、お前と同じこと言ってた。そのうち警察で本腰入れて取締まるような事件が起きるだろうから、ハダ君のところでは取り扱いしないって。全く、賢い奴だよ彼は、それもこれも金に余裕があるから言えたことだよな、貧乏経営者にとってはトホホな話だよ」
「T社長、ハダさんって、本当は何者なんでしょうか?」
「さあな、本当のところはよくわからんが、やり手のビジネスマンと言うより、頭の切れるヤクザに近いかもな。俺も長くこの業界にいて色んな経営者やヤクザ者を見てきてるが、本当に実力のあるやつは、金持ちぶったりヤクザヤクザしてないもんだ」
「経済ヤクザというやつですかね」
「いや、ヤクザとは言ってない、そんな雰囲気のある奴だと言っただけだ。彼とつるんでみると、決して悪い奴じゃない。むしろ考え方は非常にシンプルでまともだ。頭が良くて、ビジネスのセンスがある。若くしてあのポジションにいるのも頷ける」
「僕は正直、ハダさんが好きではありません。直感ですが、この人とは一生交わることがないな・・・・・・と、初めてお目にかかった時に思いました」
「そうか、それは残念だな。でも、人生、どうなるかわからないぞ。彼は顔が広い。どこかでショウの欲してる情報に出くわしているかもしれない」
 ショウは小さな溜息をついた。
「ところで、ハダさんは頻繁に店にいらっしゃるんですか?」
「いいや、でも、ショウ、何で彼のこと知りたがる?」
 ショウはしばらく受話器を遠ざけた。
「何でですかね。ハダさんの父親が画商をしていたと聞いたからでしょうか、単なる勘です」
「そうか、ならいいが、大企業の専務が、歌舞伎町の小さなセル店にわざわざ来るんだから、何か他に理由があるんじゃないかって、勘ぐったんじゃないのか?」
 ショウが受話器の向こうで笑った。
「そんなことないですよ、T社長の人望だと思います」
「でも、そう言や、彼、最近来てないな、結構、忙しくしてるんじゃないかな? 本社が横浜にあるんだけど、頻繁に海外に行ってるみたいだから。この間も台湾行ってきたとかで、カラスミを土産に買ってきてくれたんだ」
「台湾へ、そうですか」
「むこうのことは詳しく知らんが、台湾じゃあ、日本のAV女優が人気なんだよ。見ての通り日本国内じゃAVなんて行き詰まってる。彼も大企業の専務として、海外に活路を探してんじゃないのかな? 性風俗産業は万国共通だから」
 ショウがフッと息を吐き、
「ハダさんの会社は横浜なんですね」
「ああ、本社と配送工場やら何やらで、結構な規模だ。それにな、警察官であるお前にこんな話をしていいのかわからないが、ここだけの話・・・・・・ハダ君の会社がここまでの成長を遂げたのは、横浜を地盤にしている大物政治家のおかげという噂だ」
「政治家はちょっと面倒ですね」
「まぁ、政治家絡みの話となると、一警察官のお前が調べたところで、どうなるものでもないだろうけど、悪い奴は日本にも中国にもたくさんいるということだ」
「そうですね、誰と誰が裏で癒着してるかなんて、気持ちの悪い話です」
「まあな、俺が警察官のお前と繋がってるとは、誰も思ってないようにな」
 ショウが苦笑した。
「今度会った時、池袋のドラッグ販売業者の住所教えて下さい」
「いいぞショウ、ウチと関係ない奴らは全部潰しちゃえ!」
 携帯電話のスピーカーの音が割れるほどの声だった。
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