二十五

文字数 7,160文字

 台湾、龍山寺に程近いリュウの部屋。ベッドから体を起こし、煙草に火をつける。額にはうっすらと汗が浮いている。つけっ放しのテレビの中で、政治家が台湾の未来について熱弁をふるっている。
「選挙ガ近イノヨ」
 ベッドで王美玲が、白く美しい乳房を露にして横たわっている。
「ドチラガ勝ツノカシラ?」
「どちらって?」
「郭正元ノコトヨ。彼ハ次期台湾総裁ノ有力候補ヨ」
 リュウがチラとだけ盗み見た。耳障りな擦れ声。
「政治に興味あるんだ?」
 王美玲が口を尖らせる。
「アラ、失礼ネ、当然ジャナイ? ダッテ、コノ国ノ未来ガ懸カッテイルンデスモノ」
 エアコンのモーター音が鳴り響き、吐いた煙がフッと掻き消された。王美玲が体をくねらせる。彼女の裸体は細く白く、ツンと張り詰めている。仔猫のような瞳で、リュウの背中を見ていた。
「兄さんには言うなよ」
 王美玲が悪戯っぽく微笑んだ。
「サテ、ドウシヨウカシラ? 私ハ秘密ニシナクテモ平気ヨ」
 リュウが煙草を灰皿で揉み消す。
「困った妹君だな、兄さんに殺されるぞ」
「平気ヨ、シズカハ兄サンガ認メタ人ダモノ、ソレ二私ガ誰ヲ好キニナロウト、私ノ勝手ヨ、兄サンニハ関係ナイワ」
 リュウが目を細め、王美玲を抱き寄せ、キスをした。
「駅前で、飯でも食わないか?」
「リュウが促すと、王美玲がベッドの上で立ち上がった。細身で、透き通るような白い肌に恥毛がうっすらと茂っている。リュウが王美玲の下腹部を優しく撫で、繁みに顔を埋めた。王美玲がまた悪戯っぽく白い歯を見せる。
「外デ、食事、スルンデショウ?」
 リュウの髪を撫で、ベッドを降り、下着を身につけた。部屋のカーテンを開け放つと、陽光が眩しかった。しばらく目を開けていられないほどだった。台北の夏の空気は湿っていて、先日通り過ぎた台風の余韻を感じさせた。リュウは膝下まである長めの短パンに麻のシャツ、サングラス姿。サンダルを履けば、ほぼ現地の人間と見分けがつかない。王美玲はブルージーンズにTシャツ姿で、清楚な今時の若者といった風である。
 昼時の西門駅前周辺は観光客で賑わっていた。東京で言えば原宿といったところだろうか。実際にこの辺の繁華街には日本の店が多く、台湾の日本好きな若者が多く集まってくる。王美玲に初めて会ったのもこの街だった。あの時は兄の王志明の後ろに、ちょこんと隠れるようにして、たまたま付いて来ただけだった。しかし、今思えば、彼女は日本のアニメやマンガが好きで、日本から来た兄の友人に興味を抱いていたのだと思う。その後、何度となく顔を合わせる度に気持ちが打ち解けて、兄の王志明を介してではなく、二人きりで会うようになるまで、時間はかからなかった。王志明が二人のことに気付いていないとは、互いに思っていない。知ってはいるが、見て見ぬ振りをしてくれていることはわかっていた。王志明からしても、どこの誰だか知らない優男に妹を持って行かれるよりは、親友であり、同士であり、尊敬できるリュウであればという気持ちがあった。しかし、王志明はリュウがこの台湾に来た理由を知っている。そして、キョウゴクシズカという偽名を使って組織に入り込んでいることを、妹の美玲はまだ知らない。本名がタザキリュウであることも知らないはずだ。リュウのような天才肌の男でも、組織と関わる以上、死と隣り合わせの世界で生きる男である。王志明の気持ちは複雑であった。リュウにしても、いつか美玲に辛い思いをさせる日が来ることを知っている。自分の妹であるサエキキョウコが、もし自分と同じような未来を背負った男と付き合うと知ったら、恐らく反対するだろう。リュウはそんなことを考えながら、前を歩く美玲の後ろ姿を見ていた。
「ネエ、シズカ、ドコデ御飯食ベヨッカ?」
 美玲の顔に笑顔がこぼれる。
「お前の好きなものでいいよ」
「ナラ、ケンタッキーニ行キマショウヨ!」
「ケンタッキー?」
「アラ? イイジャナイ、ドコデモ私ノ好キナトコロデイイッテ、言ッタデショウ?」
 リュウが辺りを見渡した。確かに通りの先に赤い看板が見える。カーネルサンダースの見覚えのある顔が描かれていた。「肯徳基」台湾ではケンダージーと読むらしい。よく見ると「全家」ファミリーマートもある。思わず苦笑した。
「まるで日本だな、吉野家まである」
「台北ニハ日本ノ三越モSOGOモアルンダヨ」
 リュウはそんな美玲を見て微笑んだ。
「前に行った、麺線の店に行こう」
 美玲が頬を膨らませた。
「イイワ、ダケド、アノ店並ブンデスモノ」
 リュウの手を取った。リュウも手を握り返す。
「美玲、和日本一样、不是吗?」(随分と日本語が上手になったじゃないか)
「由于你的帮助」(あなたのおかげ)
 二人は阿宗麺線で食事を済ませ、美玲が食後のデザートに「雪王」のアイスクリームが食べたいと言ったので寄り道をした。美玲はローズレコードでCDを買うのを楽しみにしていた。
「日本ではCDショップがどんどん無くなってるんだ。やはりダウンロードの影響は大きいよ。本屋も随分と減ったし」
「台湾デモ、今ハ若イ人ノ殆ンドガ、ダウンロードデ音楽ヲ買ッテイルワ。デモ、私ハCDガ好キ。CDノジャケットモ大好キダシ、CDヲ持ッテイルト何ダカ、ソノアーティストノ欠片ヲ持ッテイルミタイデ、ワクワクスルノ。データデ所有スルノッテ何ダカ味気無イノヨネ」
 リュウが頷いた。
「美玲はどんなアーティストが好きなんだ?」
「何テ言ッタッテ、『ラルクアンシエル』ヨ、日本ノロックバンドッテ素敵」
「ラルク? 『Mayday』とか『MAGICPOWER』とかじゃなく?」
「シズカ、『Mayday』知ッテルンダ?」
「ああ、知ってる。けど、君がラルクアンシエルのファンだったということの方が驚きだけど。美玲、君の意外な一面を見たような気がするよ」
 美玲はローズレコードの日本のロック歌手コーナーを一頻り物色し、「BUMPOFCHICKEN」のアルバムを買った。
「『SEKAINOOWARI』トカ『ゲズ乙女』トカジャナイノヨネ、アア言ウ不思議チャンジャナクテ、王道ヲ行ク音楽ガ好キナノヨネ、シズカハドンナ音楽ガ好キ?」
「俺か、笑うなよ、布袋寅泰とか・・・・・・」
「知ッテル! 知ッテル! ソウナンダァ」
 美玲が嬉しそうに白い歯を見せた。そして二人でクレープを食べながら歩いている時、美玲がふと口にした。
「我喜欢去日本・・・・・・」(日本に行ってみたいなぁ)
 リュウに対して言ったのではなく、心から洩れたようだった。
「我可以去、我敢肯定」(行けるよ、きっと)
 美玲の瞳が輝いて揺れた。
「君も、君の兄貴も、どうしてそんなに日本が好きなんだ?」
「オ祖母チャンガ日本語ヲ話ス人ダッタト言ウコトモアルケド、ソレ以上ニ、台湾ニハ昔カラ日本ノ文化ガ入ッテキテイタシ、私タチハ、ドチラカト言ウト中国政府ニ反発シテ育ッテキタカラ。台湾ヲ一ツノ国家トシテ認メテクレルノハ中国デハナク、日本ヤソノ他ノ国々ナ訳デショウ。ソレニ同ジ島国トシテ日本ニハ親近感ガアルワ。共産国家ノ閉鎖サレタ文化ジャナクテ、日本ノヨウナオープンナ文化ニ昔カラ憧レガアルノヨ」
 リュウが頷いた。
「台湾ト日本ハ、モットモット仲良クナレルト思ウ」
 リュウの胸の内に、一瞬で幾つもの思いが浮かんで消えた。中国人窃盗団に殺害された両親のこと、生き別れた兄のこと、東京に残してきた妹のこと、親友である王志明と台湾黒社会、そして今、目の前にいる王美玲のこと。この引き裂かれるような気持ちは、どこからやってくるのだろう。リュウはその場に立ち尽くしてしまった。美玲はリュウの表情を見て、ハッとした。多くの通行人に追い越され、それでも地に根が生えたように動けないでいる。リュウの心の中に、アンビバレントな気持ちと入れ替わるようにして、焦燥感が襲ってきた。顔面に血の気が帯び、背筋が震えた。

 数日後、リュウは王志明と共に組織の事務所にいた。
「今日ハ組織カラ、シズカニプレゼントガアルヨ!」
「プレゼント?」
「ソウ、自分ノ身ハ自分デ守ルノガ、組織ノ鉄則」
 リュウが苦笑した。
「銃か?」
 王志明がニンマリと笑い、手を叩いた。
「新入りに銃なんて持たせて平気なのか? 台湾の法律では違法なはずだが」
「台湾黒社会、昔カラ銃ノ扱イ得意ニシテル。台湾ニ世界中ノ武器ガ集マッテクル。以前ハ高ク売リ捌ケタガ、今ハ難シイ。新入リニ銃ヲ持タセルコト、トテモ珍シイ。シズカハ特別ダヨ、小老ノオ気ニ入リノヨウダカラネ」
「そりゃあ、光栄だな」
 リュウは新宿歌舞伎町の用心棒時代にも、組織の銃を借りていたことがある。あの時は、ほんの護身用にとロシア製のマカロフを持たされていただけで、実際に使用したことはなかった。それでも初めて本物の銃を手にした時の、掌に伝わる重みを忘れたことはない。さすがのリュウも、その日は興奮して眠れなかった。
「お前、人を撃ったことあるのか?」
 王志明に尋ねるた。
「無イ、無イ、海ニ向カッテ撃ッタコトガアルダケ。普段ハ持チ歩イテモイナイヨ」
「妹さんは、お前が組織の人間で、銃を持っていることを知っているのか?」
 王志明が首を横に振った。
「シズカト俺ハ、大学デ知リ合ッタ親友ダト思ッテル」
 リュウはそれを聞いて黙っていた。
 組織の事務所でリュウが手にした銃は「ベレッタM84」別名「チーター」と呼ばれるイタリア製のオートマチック拳銃で、口径は38。ダブルカラムマガジンが採用されていて、380ACP弾を全部で13発装填可能である。組織の幹部はリュウに銃を渡した後、今後は日本の広域指定暴力団である「北陽会」との間に入り、通訳は勿論、様々な商談や折衝にあたってほしいと言った。そのような任務に就けば、当然、銃の所持が必要になることはすぐに理解できた。常人であれば、心臓が口から飛び出しそうな不安を覚えたかもしれない。しかし、リュウはそれを冷静に受け取った。紙に包まれた銃は重く、背筋にズンと来る。これまで銃に全く興味を持っていなかったが、リュウは銃に対して、自分でも意外なほど、今、好奇心に満たされている。
 ベレッタM84チーターのブラック。癖が比較的少なく、初心者でも扱いやすい。現在はベレッタM84FSが主流だが、まだまだ根強い人気がある銃である。アメリカ軍で多く使用されているのはベレッタM9である。こちらは9ミリパラベラム弾を使用する。リュウの両親が、中国人強盗団の多くが使用する、中国でコピーされた「トカレフ」で殺害された。だからトカレフだけは使用したくなかった。また実行犯が使用した7・62ミリトカレフ弾が、今のところ犯人に繋がる唯一の手がかりでもある。調べれば調べるほど、銃というものは興味深かった。王志明と一緒に車で誰もいない山中に行き、ベレッタM84を撃つ練習もした。このベレッタは所謂ダブルアクションの銃である。ストレートブローバック方式で、初弾を撃つために弾倉を入れた後、一度スライドして弾を装填しなくてはならない。持ち歩く時は、装填後、ハンマーが起きた状態でセフティをかける。そして撃つ時はセフティを外す。これが最も実戦的な扱い方である。これに対しシングルアクションの銃は、つまりリボルバーのような銃は、引き金を引けばハンマーが起きる。その引き金は重く、移動距離も長いが、銃の扱いにそれほどの慣れを要しない。元々撃鉄が起きていないのだからセフティも必要ないのである。ダブルアクションの銃はそういう意味で扱いが難しい。シングルアクションの銃のように明らかに撃つ意思があり、引き金に力を込める必要がある銃と違い、ダブルアクションの銃は使用者のミスで暴発の恐れのある銃でもある。
 リュウはほんの僅かな訓練で、ベレッタを使いこなせるようになった。それに命中度の低いダブルアクションの銃でありながら、目標への命中率の高さは、やはりセンスの差であろう。王志明が撃つマカロフは危なくて見ていられないが、リュウの射撃は、組織のヒットマンと呼ばれる男からも一目置かれるようになった。ただ、人を殺したことがある男の言葉は、リュウの胸にも突き刺さった。生身の人間を前にして、撃ち抜くことができるかどうかが実力であり、センスである。銃の技術だけではなく、人を殺めるというメンタルな部分も含めた実力のことである。リュウには銃が必要だった。両親を殺した犯人をこの手で裁くために、どうしても手に入れたかった。犯人を捕まえて、罪を償わせる、そんな生温い感情は、とうの昔に捨て去っている。復讐は、この手で奴らに死を撃ち込むことで償わせてやる。
 組織の中には、中国製のトカレフを所持している者もいる。だが、どいつも台湾国外に出たことのない、下っ端ばかりだった。リュウが探しているヨーロッパを中心に窃盗団を形成していたような奴はいなかった。それに、両親が殺害された事件から、すでに二十年近くが経っている。当時の犯人の年齢を考えれば、若くても現在の年齢で四十歳以上、五十代、六十代になっている可能性だってある。そうなれば、すでに窃盗から足を洗い、幹部として残っているか、死んでいるかすら不明だ。王志明には、何度となく二十年前のフランスで起こった事件について尋ねた。しかし、この件に関しては何も知らなかった。リュウの心の中に、台湾マフィアが関係していないという思いが強くなり始めた。

 ある日、急にリュウ一人だけが呼び出され、組織の用意した車に乗った。嫌な予感はしなかったが、ベレッタを用意した。車に乗り五〇分ほど走った辺りで温泉の硫黄のにおいに包まれたかと思うと、周囲を木々に囲まれた洋館の中に車は入って行った。
「我在哪里?」(ここはどこだ?)
「它是在小老的別墅」(小老の別荘だ)
「小老だと?」
 リュウは手下の男について歩きながら、眉をひそめた。建物はレンガ調の二階建て。一階がガレージになっている。それほど広くはないが、よく避暑地で見かける別荘とは異なる。門の前には、私服の警備員が二人、銃を携帯しているようだった。
「它等待小老会」(小老がお待ちかねだ)
リュウが二階に通されると、部屋の扉の前にいた男たちからボディチェックを受け、ベレッタを奪われた。中に入ると、初老の男が背を向けて椅子に腰掛けていた。以前、西昌街観光夜市で会った時とは印象が異なった。小老が向こうを向いたまま、日本語でリュウに話しかけた。
「呼ビ出シテ、悪カッタノ。マァ、座リナサイ」
 リュウが素直に従った。小老こと孫小陽が、わざわざリュウを自分の別荘に呼び出す意味を図りかねていた。思い返せば、小老に初めて会った時にも感じたことだが、この孫小陽という男は、正面から顔を見せないが、実に穏やかで、そこら辺の街にいる老人と何ら変わることがない。むしろ、小さく見えるほどだ。マフィアのボスとはかけ離れたイメージである。
「マタ、会ウコトガデキタ。組織ニハ慣レタカノ」
 リュウが声を出さずに頷いた。
「ソレハヨカッタ。トコロデ、我々ガ君ヲ仲間ニ迎エタノニハ理由ガアル。君ノコトハ、色々ト調ベサセテ貰ッタ。勿論、君ノ両親ノコトモ知ッテイル」
 リュウの顔色が変わった。空気が張り詰める。
「コノコトハ、ワシト君ダケノ秘密ニシテオコウジャナイカ」
「小老は両親の事件について、何かご存知なんでしょうか?」
 孫小陽が小さく頷いて、リュウを見つめた。
「『Pluie de juin』ヲ知ッテイルカ?」
 リュウが首を横に振った。
「日本語デハ『六月ノ雨』」
「六月の雨」
「中国本土、第三ノ都市、広州市ヲ拠点ニ海外デ暗躍スル、犯罪集団ノ名ダ、ソノ実態ハアマリ知ラレテイナイガ」
「広州市」
「上海ニ近イ港湾都市デ、西江、北江、東江ノ合流地点ニアル」
「その『六月の雨』という犯罪集団が両親を殺して、絵画を奪ったと?」
 孫小陽が頷いた。
「シカシ、実ニ君ノ人生ハ興味深イ」
 リュウが怒りの眼差しを向けた。
「イイ眼ヲシテイル。ワシハ、オ前ノ手助ケヲシテヤレル」
 孫小陽は防弾加工された窓を見つめた。
「私ハ欲シイモノハ何デモ手ニ入レテキタ。高価ナモノ、貴重ナモノ、ソレハ金デ買ウ場合モアルシ、奪イ取ル場合モアル。ドウカネ、マフィアハ恐ロシイカネ?」
「いいえ、生きていることに執着する意識があるからこそ、そこに死という概念が生まれるのであって、恐怖はその副産物でしかない。全ては人の心の中に、自らが創り出したものですから」
 窓ガラスに反射した表情が、少し緩んだように見えた。
「私ノビジネスヲ知ッテイルカ?」
「王志明から、それとなく聞いてはいます」
 すると、孫小陽が壁に掛けてある絵画を指差した。リュウは思わず呟いた。
「パブロ・ピカソ」
「ソノ絵ハ、ソンナニ高価ナモノデハナイ。ピカソは意外ナホド巷ニ多ク出回ッテイルモノダ」
 リュウは黙っていた。
「シカシ、美術品ヲ売買スルノハ、周リガ思ッテイル程、簡単ナコトジャナイ。絵画ノ価値ヲ知リ尽クシ、ソレデモ人ハ名画ノ前デハ正気ヲ失ウ。知識ト経験、本物ヲ見ル目、冷静ナ判断、勇気、ソレラ全テガ備ワッテイナケレバ、美術品デ最高ノモノヲ手ニイレルコトナンテデキナイ」
「贋作を見抜く力量ということでしょうか?」
「確カニ、ソレモアルガ」
 孫小陽が苦笑しているのがわかった。白髪が綺麗に整えられ、一部の隙も感じられない。部屋は香のにおいがたち込めていた。
「どうして、それを私に?」
「ソレハ、ジキワカル」
 孫小陽が顎鬚を擦った。
「実ハ、近々、日本人ノ画商ト会ウコトニナッテイル」
「その日本人の画商との商談に、私が同席せよと?」
「嫌カネ?」
「いいえ、喜んで」
 孫小陽は最後まで振り向かなかった。
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