二十四

文字数 2,092文字

 万世橋警察署地域課。署員がそれぞれの交番勤務に出た後は、刑事課同様に事務所が閑散としてしまう。課長のヨシオカは一人机に座り、一枚の報告書に目を留めていた。事件の内容は、昨日秋葉原の某中古パソコンショップに、新品のノート型パソコンを数台持ち込んだ男が、生活安全課で取調べを受けているというものだった。そして、その中国人が複数の他人名義のクレジットカードを所持しており、程なく全て偽造クレジットカードだと判明した。そのクレジットカードは、日本国内でスキミングされた個人データを、どこかでブランクカードにコピーしたものだとわかった。警視庁内部では、以前、国内で一斉にATMの現金が不正に引き出された事件と同一グループによる犯行、つまり、福建マフィアが関わっているという見方が大半だった。ただ、偽造カードの使用時期と換金時期のタイミングから推察して、中国本土の組織同士の食い合い、どちらかが、どちらかを陥れようとする意図があるのではないかと勘ぐる者もいた。ヨシオカはどちらかと言うと、同一組織による犯行という線に否定的だった。地域課の課長だからこそ、肌で感じる「中国人」と一括りにしてはならない、多様性を感じていたからである。刑事課のベテラン刑事でヨシオカと同期のオオツカ警部補と署内で顔を合わせた時、ヨシオカが自分の考えを伝えた。オオツカも同じ意見だった。
「近頃は池袋のチャイナタウン化が問題になってる」
「今回の事件が池袋と関係があると?」
 オオツカがヨシオカを見た。
「まぁ、断定はできんがな」
「しかし、奴らの使っている偽造カードは、一体どうやって手に入れてるんだ?」
 オオツカが首を傾げた。
「さぁな、国外で偽造して、それをどこかの港から国内に持ち込んでるのか、それとも、所謂ブランクカードを持ち込んで、国内で偽造してるのか」
「だけど、偽造されたカードを大量に国内に持ち込むのはリスクが高くないか?」
「確かにな、ブランクカードなら万が一水際で見つかっても、何とでも言い逃れできるだろうが、偽造カードであれば調べればすぐにわかる。やはり、国内のどこかに偽造カードの工場があると見て間違いないだろうな」
「オオツカ、昨日、管内で検挙された中国籍の男が所持していた偽造カードのことなんだが、その後、例の誘拐殺人事件の線との関連は何か出たか?」
 オオツカが首を横に振る。
「いいや、取調べには応じているが、仲間との関係については頑として口を割らん。奴ら、平気で仲間を裏切るかと思えば、こうやって、だんまり決め込むから不思議だ」
 ヨシオカが苦笑した。
「で、君は、どう思う? 今回見つかった偽造カードが、前回使用されたものと出所が一緒だと思うか?」
 今度はオオツカが苦笑した。
「こちらとしては、奴らを締め上げて、誘拐殺人事件との関連を吐かせるだけだよ。偽造カードだとか、そんなのは、そちらさんで好きなようにやってくれよ」
「ああ、わかってる。誘拐殺人犯の出身地だけでもわかると、絞り易いだろうと思ってな、前の偽造カード事件の出し子から、福建訛りの「陳」という男の名が割れているし」
 オオツカが眉をひそめる。
「一九九○年代に台湾で起きた『白暁燕誘拐殺人事件』を覚えてるか?」
 ヨシオカが頷いた。
「ああ、覚えてる。確か一九九七年に台湾で起きた事件だったな。台湾の有名女優の娘が誘拐され、殺害された事件。私がまだ巡査長として交番勤務していた頃の話だ。海外の事件とはいえ、衝撃的な事件だったから、よく覚えている」
「私もまだ刑事課に配属されたばかりの新米刑事だったが、こんなにも簡単に人は金のために人を殺せるものかと。あまりの惨たらしい事件の結末に、当時新宿歌舞伎町で暗躍していた台湾マフィアと対峙するのが恐ろしくなったのを覚えている」
「で、その事件がどうした?」
「その台湾マフィアが引き起こした事件に似ていると思わないか? 今回の事件、少なくとも刑事課の私より上の世代は、そう感じているものが少なからずいる」
 ヨシオカが腕を組んだ。
「しかしな、その当時の台湾マフィアの勢いと、今とでは、随分と状況が違っているだろう?」
 ヨシオカはそう言いながら、微かに記憶に残る、ある事件のことを思い返していた。
「オオツカ、確かその事件の少し前だったと思うが、どこだったかな、ヨーロッパで起きた日本人夫婦が中国人強盗に殺害された事件があったのを覚えてないか? むしろ、そっちの事件に近いようにも思うが」
 オオツカが首を傾げた。
「私がまだ入庁する以前の事件だろう? すぐに思い出せんな」
「私も詳しくは知らない。何しろ海外で起きた事件である上に、今のようにインターネットも無い時代だったからな。ただ、その被害者が国内では有名な政治家のご子息だったとかで、一時話題になったんだよ」
「そうだったのか、後で調べてみる」
 ヨシオカが頷いた。
「刑事課は台湾のどこをマークしてるんだ?」
 オオツカが一瞬躊躇した。
「白連幇という新興の台湾マフィア組織だ。近頃の噂では、北陽会と組んで、力をつけているらしい」
「北陽会か」
 ヨシオカが眉間に皺を寄せた。
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