第十五話

文字数 7,488文字

 
「おいっ!!
「……!?……」

 聞き覚えのある声に真奈が振り返れば、カイムが森を抜け出し、こちらへと疾ってくるではないか。その腕はもう通常に戻っていた。
 真奈は黙ったまま、カイムが近づくのを見守った。息も荒く、汗だくになっているカイムに、真奈は静かにハンカチを差し出した。

「ん? ……ああ、すまん」

 素直に真奈の手渡したハンカチを受け取り、額の汗を拭ってから、カイムは聞いた。

「こんなところで何をしてんだ? お前の親父が捜してたぞ」
「お父さんが……?」

 相変わらず、抑揚の少ない声で真奈が聞き返した。紅い瞳がカイムを映し返していた。

「あ、ああ……。俺はお前を捜すのを頼まれたんだ。親父さんも後から来るだろ」

 カイムは少し、どぎまぎして答えた。真奈の顔を、そして、その瞳を見つめてしまったのだ。真奈と面と向かって話すまで、カイムは

をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 真奈の顔立ちが、畏怖の念すら抱くほどの美しさであるということを――。

 初めての恋を知った若人のように、照れながらカイムが話して聞かせるこれまでの経緯を、一言も返さずに黙って聞きながらも、真奈は城を見つめ続けていた。
 カイムもそれに気付き、

に何かあんのか?」

と、問うた。真奈はコクン、と頷き、

「よくわからない……けど……誰かいる……」

と、答えた。

「誰か……?」

と、カイムも怪訝な顔をして繰り返した。

「気になんのか?」

 カイムの問いに、真奈は再び頷く。

「入んのか?」

 更に問うカイムに、真奈はただ静かに頷いた。

「……わーった。ついてくよ」

 そう、カイムは言って、溜め息を吐いた。
 吊り橋を渡って、二人は城壁内に入った。

 月明かりに映し出された城内は外観同様に寂れ、生えるがままの雑草が風に揺れ、使われなくなって久しい(うまや)には瓦葺(かわらぶき)の屋根が馬房に落ち込んでいる。屋根を支えていたはずの太い柱は長い年月の果てに朽ちて、へし折れていた。
 幅広く取られた城内の所々が窪んでいるのは投石による巨石が落ちた跡か。よくよく周りを見回せば、地面から少しだけ顔を見せている石も残っている。
 城壁内は何一つ動くものとてなく、辺り一面には静寂が満ちていた。
 死の香りが漂っているかのようであった。

 二人が薄墨に塗り潰された回廊を抜けて中庭に出ると、それまでとは打って変わって夜目にも美しい、色取り取りの花が咲き乱れていた。立派な木々が植わった庭園と、そこに造られた池の水面には魚影が見て取れた。
 ここは今も生きている。
 先ほどまでの廃墟のようなうらびれた静けさとは違い、ここには確かな生の脈動があった。
 あまりの差異に二人が辺りを見回していると更に奥、本城へと続く回廊から一つの人影が現れた。
 浅葱(あさぎ)色の着物を着た、小柄な老人であった。
 白いものが半ば混じった頭髪は後ろで結い上げており、深い皺が刻み込まれた顔、鼻下と顎にかけて品の良い髭を蓄えているが、歳の割に背筋は真っ直ぐに伸びている。
 ただし、吹けば飛んでいきそうな痩身であった。
 着ている衣装と風貌から察するところ、中国人であろうか?
 老人は二人のやや前方で立ち止まると、右手と左手をかぶせ合わせ、正確に九十度の角度まで深々と一礼をした。そして、はっきりとした

で、

「我が主がお待ちかねでございます。どうぞ、こちらへ……」

と、二人を促した。疑惑の眼を向けるカイムに構わず、老人は背を向けて歩き出した。

「おお、そうそう……。お友達のお方、お二人はすでにご到着してございます」

 ついて来ない二人を老人は見やって、そう言った。

「……友達……?」

 小首を傾げ、囁くような小声で呟いた真奈に、

「はい、島本様と大野様でございます。先刻、森で迷われておられたところをご案内いたしました。ただ今はお休みになられておられます」
「島本に大野ぉ……!? 何であいつらがここにいやがんだ!?
「二人を知ってるの……?」
「ああ、桜田門のところで会ったよ。お前が入ってったから、捜しに行く……つってな。俺が捜しに行ってやっから、お前らは帰れ……っつったんだぜ?」

と、真奈よりもカイムのほうが驚き、言葉を返した。
 カイムは二人に帰るように言ったが、孝史たちは真奈を追って門を入ったのだ。二人が真奈やカイムを襲ったような、奇怪な生物などに襲われなかったのは幸いであった。
 ……いや、彼らは襲われたのだ。
 ほうほうの(てい)で逃げ出したものの、すぐに森に迷ってしまった。闇雲に歩いても、奇怪な生物たちの襲撃に遭うだけだ。どうするべきか迷っているところに、この城の使いが現れ、二人をここへと導いた。
 二人が素直に従ったとも思えないが、今確かにこの城にいる――と、老人は告げた。
 真奈を真っ先に追いかけたカイムよりも先に、この城に着いている――と。
 

は言い換えれば、この地においては彼らにこそ主導権があり、そして二人の身命は彼らが握っている――という宣告に他ならなかった。
 カイムにしてみれば二人は赤の他人だが、真奈にとっては――少なくとも孝史は友人の一人である。この人質は効果的であろう。

「……」

 ものも言わずに、真奈は老人の後を追った。

「やれやれ……」

 こちらはぶつくさと小言を言いながら、カイムも後を追う。義人から、真奈のことを頼まれているのだから、仕方なく――といった風情である。

「本当に二人は無事なのか?」

 カイムが老人に尋ねた。この老人が、あの二人の安否にまで言及していないことに、ふと気が付いたのだ。

 「もちろんでございます。お嬢様のご友人として、手厚くお持て成しいたしております」

と、十人が横一列に並んでも余るほどの幅員を取られた石造りの階段を上りながら、老人は渋みのある声で述べた。それを聞いてもカイムは、

「どんな〝

〟なんだか……」

と、まだぐちぐち言っている。彼なりに彼らを心配しているようだ。
 やがて、両開きの豪壮な扉を抜け、広大ともいえる広さを誇る吹き抜けの大広間へと出た。
 朱色を基調とした装飾を施された天井は高く取られており、この部屋の広さをより一層、強調していた。その天井を支えるべく、朱塗りの太い柱が幾本も立ち並んでいる。
 真奈たちから左手側の豪奢な飾りが縁取っている頑丈そうな造りの扉は全て開け放たれ、城壁越しに森が一望できた。外には、低く懸かる月が見えた。
 一番奥の上座は一段高く造られており、そこには雄大な玉座が設えてある。
 その玉座に、一人の偉丈夫が腰掛けていた。
 歳の頃は四十を越えたくらいに見える。
 枯れ草色の着物を渋く着こなし、端整な面立ちと冷徹さを帯びる双眸。歳からすれば、すでに真っ白になっている髪を紫色の紐を使って後ろで結い上げていた。
 威風堂々とした佇まいであった。この城の主であろう。
 ただ、城主であるのにもかかわらず、その玉座の肘掛に乗せている両の手首は鋼の錠と長い鉄鎖によって縛られていた。両足も同様であった。そして、長く伸びた鉄鎖は玉座の後ろの闇に飲み込まれ、何処に繋がれているのかは定かでなかった。

 城主の左右には二人の大男が控えている。どちらも身長は百八十センチメートルは超えている。護衛の者たちと思われた。
 一人は鈍い黒鉄色をした古い造りの中国の甲冑に身を包んだ、粗暴そうな人相をした色黒の肌の巨漢であった。冷やかな両眼の持ち主であった。その手には槍によく似た武器――〝方天画戟(ほうてんがげき)〟という――を持っている。槍の刃の部分と、それに沿って少し湾曲した三日月状の刃が付いている得物であった。

 もう一人は、深緑の着物に同色の頭巾を被り、それに簡素な胴巻きを着けているだけ。少し赤みの強い肌の色合いと、綺麗に整えられて腹部まで届く長い美髯。太く凛々しい眉と精悍な瞳を持った、こちらは落ち着いた感じのする大男である。
 とはいえ、やはりその手には〝青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)〟という薙刀を更に頑丈にしたような武器がしっかと握り締められている。長い鋼軸に長大な半月状の刃を留める部分に、龍の彫刻があしらわれた代物である。

 老人に大広間へと導かれた真奈とカイムを認めた主が、

「……よくぞ来た。待っておったぞ」

と、鋼のように重く響く声を放った。声だけで、万人がひれ伏すかの如き威圧感があった。だが、そんなことも意に介さず、

「……ずっと見てたのは……、あなた……?」

と、普段通りに真奈が静かに問い返した。主は鷹揚に頷き、

「いかにも。余の名は〝無支祁(むしき)〟と言う。そちが〝真奈〟じゃな?」

と、城主は自らの名を名乗った。

「……私に何か……用があるの?」

 再び、真奈が聞いた。城主の名が何であるのかなど、これっぽっちも興味がなさそうな物言いである。ただ、自分に何の用があるのか――と、問うているだけなのだ。

「そうだ。お前に流れるその〝

〟が余には必要なのだ」

と、城主が告げた。その答えを聞いて、真奈がカイムを振り返った。
 その視線を受けてカイムが、

「まさか……〝吸血鬼(ヴァンパイア)〟なんて陳腐なこと、言うんじゃねぇだろうな?」

と、少し呆れ気味に城主に問いかけた。
 古城に住む城主の正体が不老不死の〝吸血鬼〟だった――。
 よくある話だ。

「ふん……、余はそんな下衆な存在(もの)ではない」

と、城主――無支祁が侮蔑するように吐き棄てた。

「余は神に連なる者ぞ。不老不死なぞ、当に得ておる」

と無支祁は、さも当たり前のことであるように言った。
 それを聞いた真奈は、

 「〝血〟……? 私の……?」

と、独り言のように呟いた。

「不老不死を得て、まだ……望むものがあるの……?」

 風にでも囁くように、静かにそう聞いた。

「……うむ。そちの〝血〟があれば、余は自由の身になれる。この忌々しい〝神鎖〟を断ち切り、余は再び世に出るのだ」

 腕を持ち上げ、ジャラリ……と音を立てる鎖を恨めしそうに眺め、無支祁が切に望む声で答えた。邪悪に満ちた微笑で――。
 〝神〟を名乗る無支祁は〝

〟に出て何をしようというのだろうか?
 だが、真奈はそんな無支祁を無感情に、ただ見つめているだけであった。
 無支祁の目的など、どうでもよかった。
 何者が自分の動向を監視していたのか――。
 真奈はただ、それが知りたかっただけなのだ。
 そして、それを知ってしまえば興味も関心もなくなる……ということは、よくあることだ。
 今の真奈がまさに

であった。

「お断りだわ……。

……私は興味ないもの……」
「なんと……?」
「友達はどこ……?」

 自分の目的を黙殺され、ほんの僅かに怒りを滲ませる城主の声を遮るように、真奈が問うた。
 だが、その問いかけは、無支祁に余裕を取り戻させる結果となった。

「おお……、そうじゃ。すっかり忘れておったぞ。そちの知り合いを

いたのだったな」

 そう言って、城主は左手を優雅に振り上げ、真奈たちから見れば右手側にある扉を指し示した。と、その声を合図に重たげな扉がゆっくりと開かれる。
 そこには胴鎧を着け、剣を手にした四人の兵士に取り囲まれた孝史と大野がいた。後ろ手に縛られた縄を掴まれているためか、身動きも取れないようだ。

「やっぱりな。なぁにが〝

〟……だ」

と、小さな声でぼやいたのはカイムである。彼はこうなっているだろうと、予期していたのだ。

「真奈ちゃん……!?
「御子神……!」

と、真奈とカイムを認めた孝史と大野が声を上げた。

「だ~から、お前らは引き返せ――つったろ?」
「……!!

 カイムが二人に言い放つ。さすがにこの状況では、大野すら文句も出ない。
 そんなカイムらのやり取りの間も、真奈は孝史たちにちらり、と視線をくれただけで城主を見据えたままであった。
 ここは敵地なのだ。
 いつ如何なるところから、敵が踊り掛かってくるかも知れないのだ。

「さて……。そちの〝血〟と、この二人の無事を引き換えにしようではないか? 使い古された手だが、最も効果がある」

と、城主が告げた。
 思案しているのか、真奈は沈黙したままである。城主の視線を真っ向から受けて、身じろぎもしない。先に焦れたのは、カイムであった。

「何のこたぁねぇ。あいつらを助け出しちまやぁ、それで終わりだ」

と、言いながら進み出て、力強く腕を撫した。
 そして五メートル以上の距離を一気に跳躍するや、二人の兵士を殴り倒した。もう一人に蹴りを入れてふっ飛ばし、最後の一人を仕留めようと振り向いたカイムの視界にいつの間に詰め寄ったのか、美髯の大男が横薙ぎに振るう偃月刀が映った。

(ちっ、いつの間に近づきやがった!?

 カイムは瞬時に腕を変化させ、肘から伸びた刃物状の突起で受け止めようとした。
 が、大男の技量が(まさ)った。

「ぐぁっ……!?

 苦鳴を上げたカイムの肘から先は、最後の兵士の頸部もろとも断ち切られ、血の筋を引きつつ宙を舞った。

(抜かった……!! こいつがこれほどたぁ……)

 片手を失い、怯むカイムの眼前に大男が立ち塞がり、偃月刀を大上段に振りかぶった。
 唸りを立てる豪刀。
 カイムが死を覚悟し、一瞬、眼を瞑ってしまったほどの迫力があった。

!!

 が、いつまで経ってもカイムの頭を真っ二つにするはずの青龍偃月刀は、振り下ろされることはなかった。

「……!?

 血を噴出す肘を押さえるカイムが不審に思い、眼を開けると、その眼前には大男に立ちはだかる真奈がいた。大男の偃月刀は真奈の頭頂で寸止(すんど)めされていた。
 しかし、いかな大男の技量といえ、振り下ろす勢いは完全には食い止められなかったのか、真奈の額に鮮血が一筋、伝い流れた。

「その覚悟……、見事だ。娘よ」

 大男がよく通る太い声で感嘆し、偃月刀を下げた。声の響きは心地よいくらいである。真奈は微動だにしなかった。ただ、大男の瞳を見つめ返し、

「……? その眼……。あな……たっ」

 『

』の部分の声だけがその場に残った。『あなた』と真奈が言いかけたその時、額を伝い、細く糸を引いた血が真奈の右目に流れ込んだのである。
 紅い血が僅かにその視界を遮った瞬間、真奈は大きく跳び退(すさ)っていた。

 ブシュッ……!!

 真奈の右頸から凄まじい量の鮮血が噴き上がった。真奈が左掌で押さえつけても、なお湧き上がる泉の如く、心臓の鼓動が血を血管に送り込むその度に鮮血が溢れ出た。
 見る見るうちに、真奈の真っ白なジャンパーと淡い紺色のデニムシャツが真紅に彩られていく。流れ出る血はジーンズまでも達し、木の床も紅く染めた。

「真奈っ!!
「真奈ちゃんっ!!
「御子神っ!!

 カイム、孝史、大野の三者三様の声が飛んだ。真奈とはほぼ無関係と言ってもいい大野ですら、その出血量の多さに真奈の事を心配して叫んでしまったくらいだ。

「……」

 真奈は何も言わず、大男の隣に立つ、甲冑を着たもう一人の大男を見た。血に染まった方天画戟の切っ先をウットリと眺めるその姿を。

奉先(ほうせん)!! 何をするかっ!?

 美髯の大男がそう怒鳴った。『奉先』というのは、もう一人の大男の名前――(あざな)であろう。
 真奈に向き直り、画戟を構えなおした大男――奉先は先の問いかけに、城主の方に顎をしゃくり、

「無支祁様のご命令だ。〝その娘を殺せ〟……とな」

と、大男に告げた。

「何と……?」

 大男は城主に振り返り、

「死を賭してまで仲間を救おうとしたこの娘に、不意打ちとは無礼に過ぎまするぞっ!!

と、声を高らかに叫んだ。城主は玉座で頬杖を突いて、無表情に大男を見ている。その眼差しは冷やかであった。

「くくくっ……」

 その横で奉先が、低く笑った。何が可笑しいか――と、奉先を見やる大男の憤怒の形相にも怯むことなく、むしろ侮蔑するような視線を送り返し、

「相変わらず礼節を重んじる男よな。だから、呉軍ごときに捕らわれるのよ。()れるときは殺る。奪えるときは奪う。それが、我らが戦場(いくさば)で生き抜く(すべ)ぞ?」

と、言うが早いか、再び真奈へと疾り寄り、二度三度と戟を振るった。
 真奈は右頸の切り口を押さえたまま、その斬撃を躱し続ける。床に真奈の足跡が紅く残っていった。
 しかし、流れ出た血はかなりの量になる。今もなお、傷を押さえる指の隙間から脈動とともに鮮血が零れ出ているのだ。
 だが、未だ真奈の眼光に、少しも衰えはなかった。その細い体躯のどこにこれほどの体力があるのか?
 それは二人の攻防を見守る美髯の大男の感嘆の表情からも窺い知れた。
 このとき、カイムや孝史たちの間を、そして大男の横をゆったりと過ぎった人影があったのだが、それには誰も気付かなかった。
 この二人の、息をも吐かせぬ戦いに、変化は唐突に訪れた。
 床に飛び散った血潮に、真奈が足を滑らせたのだ。
 踏ん張った足がほんの少し滑っただけではあったが、死線ぎりぎりのところでの闘いである。一瞬のミスが、たちどころに死へと繋がる。
 バランスを崩した真奈の動きが僅かに止まったその瞬間を、奉先ほどの男が見逃すはずもなく、画戟が真奈の左肩から胸までを断ち割っていた。
 先ほどにも増して、血飛沫が噴きあがった。

「真奈っ!!
「真奈ちゃんっ!」

 カイムたちが叫んだ。

「ほう……大したものよ。その(こぶし)がなくば、うぬの身体は縦に二つになっていたであろうよ」

 奉先が眼を細め、感嘆の声を漏らした。
 画戟が肩に喰い込んだとき、真奈は左の拳を握り締め、胸に密着させたのだ。握り締めた拳はちょうど中指と薬指の間から、手首どころか、下腕の半ば辺りまで縦に二つに割れていた。しかし、そのおかげで身体ごと断たれることは免れたのだ。
 とはいえ、真奈の被ったダメージも多大なものであった。刃は肺にまで達し、あまりの出血に真奈の意識も朦朧としていた。ただでさえ白磁の如く透けるような肌であるのに、今では白蝋のように血の気を失っている。
 噴き出した血で汚れた顔は、身の毛もよだつほどの美しさを湛えていた。傍から見ていたカイムや孝史たちも、真奈の妖艶さに背筋がぞくぞくするような感覚を覚えていた。
 何ともいえない興奮に、奉先などは舌舐めずりをしたくらいである。
 奉先が画戟を抜き取ると、支えを失った真奈の身体がぐらりと大きく揺れた。

「……だが、これで終わりよ!」

 画戟を再度振りかぶった奉先が、最後の一撃とばかりに真奈の首に狙いをつけて、横薙ぎに払った。

「真奈っ!!

 奉先の一撃が止めのものだと察したカイムの声が飛ぶ。
 美髯の男は微動だにしない。その眼には諦めとも付かない色が浮かんでいた。
 誰もが真奈の死を覚悟し、奉先は真奈の首が宙に舞う映像を鮮明に脳裏に思い描き、またそうなることに確信すら抱いていた。


 
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