第2話 候補者 田中

文字数 2,633文字

 入学式の後にガイダンスで配布された資料を手に取る。その中には、来週に控えたスポーツテストの日程が記載されている。まあ、みんな同じ試験を受けてきたから、学力には多少の差はあれど、大体同じくらいのはずだろう。
スポーツテストの日。クラスメイトたちの運動能力が明らかになる瞬間だ。高校生活が始まって一週間、まだ手探り状態で、どの中学出身だったか、部活は何をしていたかといった話をしながら過ごしていた。
 そして、いよいよスポーツテストの日がやってきた。
 俺は、この日、今までに感じたことのない変な高揚感(こうようかん)で目が覚めた。中学時代はサッカー部に所属していたから、千五百メートル走には自信がある。しかし、クラスではおそらく五番目くらいの位置だろう。
 そして、始まったスポーツテストで、俺は田中君とペアを組んで進めていった。そう、この田中君は背格好が大体俺と同じくらいで、初日に俺が見立てた「普通」候補者五名の貴重な一人だ。一緒にテストをしていく中で、田中君の成績と自分の成績がほぼ一緒で、最後の千五百メートルも五分二十秒くらいのタイムであった。「もしかしたら、田中君はまさに俺と同じ、普通の中の普通の高校一年生なのではないか?」そう思って田中君を見ると、彼も何か言いた気な表情をしていた。まあ、まだ入学したばかりだし、ここであまり変なことを言って「変わった奴」と思われたくはない。この場は特に「普通」のことには触れないことにしよう。
「田中君は俺と同じくらいの結果だったけど、中学は何部だったの?」
「中村君、あっ田中でいいよ。同じクラスだし、俺はずっと野球部だ。」
「じゃあ、高校も野球部に?」
「いや、高校野球って硬式用のグラブとか購入すると凄くお金がかかるし、正直、俺、そんなに上手でもなかったから……それに、うちの学校はここ数年ずっと初戦敗退が続いているみたいだしさ……まあ、野球は中学まででいいかなと思っている。中村君は何部だった?」
「ああ、俺も中村って呼んでくれよ。俺はサッカー部だった。俺も高校ではサッカーを続ける気はないなぁ……元々、高校で続ける気がなかったけど、入学前に調べたら、サッカー部の顧問の前任校が習志野総合だったとかで、「結構、周辺の中学から上手い奴等が集まっている。」と聞いているからね。」
「そうか、だから麻生も、あっ、麻生って同じ中学のサッカー部のキーパーで、背も百九十くらいあるのだけど、成績は俺よりかなり上だったはずなのに、何故かうちの高校に入学していたから「おかしいな~」と思っていたのだ。そうか、麻生がこの学校に入ったのは、そういう理由だったのか。それで、中村は部活どうするの?」
「まだ、決めてないな、でも、帰宅部ってのもなぁ……」
「分かる。なんか帰宅部だと、何かな……」
「よーし、誰もケガしてないか? 今日は、これでクラスに戻って終了だ。」
 先生の一言でクラスに戻り、俺はいつもの様に一緒に帰る加藤を探した。そうだ、確かあいつ、今日、歯医者の予約があるからすぐ帰るって言っていたな。そして、トイレに行くと、そこには田中が立っていた。さっきのスポーツテストでかなり打ち解けたからか、田中から話しかけてきた。
「そういえば、中村はどこ中? 俺は市川南部中だから、東西線だけど。」
「田中は南部中かぁ、俺も東西線。俺は浦安東中だった。」
 俺が田中と同じ東西線を利用していることを伝えると、田中は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。そして、俺は駅まで歩いていく途中で、それとなく田中も俺と同じ「普通の中の普通」の仲間なのかを確かめようと思った。
「あっ、そうだ田中は昼どうする? ラーメンでも食っていかね?」
「ああ、その先の角に新しくラーメン屋ができたみたいだし、行ってみるか?」
「そうそう。 田中、俺さぁ……、この学校って偏差値五十じゃん。まあ、所謂(いわゆる)、平均というか普通というか…… もっと普通な感じの人が多いのかなと思っていたのだけど、意外と普通っぽいの少ないなぁ~って。」
「えっ!!」
俺は内心で自分の失敗を嘆いた。― マズい、ちょっといきなりこの話題を振るのは早すぎたか? 俺の聞き方が直球すぎたか ― と思った。
「いや、何となく、何となく・・・」
しばらく田中の反応がなかった。「ヤバっ、こいつ変なこと考えている。」と思ったのかもしれないと少し焦ってきた。
「分かるよ。 いやぁ~、そうだよね。 そうそう。いや~、俺さ中学の時に勉強も普通で…… さっき、野球部だったと言ったじゃん。だけど、野球も守備はそんなに上手くもなく、肩も強いわけじゃないからずっとレフトで、打撃の方も打てないわけでもないけど足もそんなに速くないから六番か七番バッターで、たまにスタメン外れてさ……」
「あっ、俺も俺もそんな感じ。」
「何となく、ここに来れば俺と同じ普通の奴等でもっとも~っと(あふ)れかえっているだろうと思っていたのだ。だけど、中村が言う通り現実はなぁ……」
「そう、そうだよ、田中。俺も、俺もそう思っていたのだよ。」
 しばらく二人はまるで恋人同士のように見つめあい、沈黙が続いた。俺が期待していた、全く同じ思いを抱えた“普通の高校生”が今こうして目の前にいる。「俺、こんな感覚、初めてだよ。」俺は心の中でつぶやいた。俺は感動に近い妙な感情で一杯だった。もし、将来に両想いの彼女ができると、恐らくこんな感覚になるのかもしれない。
その時だった、後ろから「よう、田中」と声がした、そこにはもう一人見るからに普通の感じの男の子が立っていた。
「おう、山本」
「あっ、こいつ山本って言って、小学校は俺と同じだったけど、中学では隣の中学になって、そしてまた高校で一緒になったのだ。山本、何組だっけ」
「あっ、俺はB組よ。え~と……同じクラスの子? 何か二人がちょっと変な雰囲気だったから、話しかけるのに勇気が()ったよ!」
「あっ、彼は中村君。俺と同じクラスで浦安東中だったって。山本、俺たちこれからラーメンを食いに行くけど、一緒行く?」
「おっ、いいねぇ、何処(どこ)のラーメン屋?」
「そこに新しくできったぽいラーメン屋」
「ああ、あそこかぁ…… 先輩によると、あそこは美味(うま)くもなく、不味(まず)くはない。なんか普通のラーメン屋って噂だけど。」
「普通」…… これは正に俺達にピッタリのラーメン屋かもしれない。俺達三人はこの後にどんなショックを受けるかも全く想像すらできず、ラーメンを食べて帰ることにした。
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