第3話 一杯のラーメン

文字数 1,560文字

 俺たち三人は、学校近くに新しく開店したラーメン屋「普通」と評判の三番館へと足を運んだ。「三番館」……何故、三番なのだろうか、一番じゃダメなのだろうかと思いながら、のれんをくぐると、何とも言えない魚介だしの香りで俄然(がぜん)食欲が()いてきた。
「さ~て、メニューはシンプルだな。ラーメンとチャーシューメンか。味は塩・醤油・味噌の三種類か?どれにしようかな?」
「俺は、塩で」
 父親が九州出身ということもあり、塩ラーメンという選択は、俺にとって未知の領域だった。山本君、いや、山本とは、少し味覚の趣向が違うのかもしれない。
「山本君は、塩派? 俺、正直、あまり塩ラーメンって食べたことがなくて。」
「中村君、“山本”でいいよ、同級生だしね。俺も中村って呼んでいい?」
「ああ、勿論(もちろん)。」
「俺の父親がね、函館の出身でさ、ラーメンって言うと昔から“塩”っていう刷り込みが入っているのさ。だから、“塩”があるお店だと反射的に“塩”を頼んでしまっているのだ。」
「あっ、それ、わかる。俺の父親は九州出身だから、豚骨があると、同じように豚骨を頼んじゃうからなぁ。まあ、父親が言うには東京の豚骨は九州のそれとはまったくの別物らしいけどな。俺は無難に醤油にしようかな。田中は?」
「う~ん、残念だけど俺の親父は東京出身だから、特にこだわりがないな。まあ話のネタとして、ここは味噌でいくよ!」
 こうして、俺たちは、一人一人、別の味のラーメンを頼むこととした。山本とは、まだちょっと距離があるものの、帰る方向は同じだし、このラーメンの話題とか中学時代のこととかを話すことで少し心の距離が縮められるかもしれない。そう思っていると、早速ラーメンがやってきた。
「はい。えーと、塩は?」
「あっ、僕です。」
「味噌は?」
「はい。」
「はい。醤油ね。」
 目の前にある醤油ラーメンは、噂に(たが)わずSNSに投稿するには少し寂しい、絵にかいたような普通の醤油ラーメンだった。スープを一口啜(ひとくちすす)ると、その味は期待を裏切らない「普通」のもの。俺たちは、言葉を交わさずに食べ進めた。う~ん……まあ、そもそも期待をしていなかったとはいえ、見た目も味も取り立てて特徴のない所謂(いわゆる)「普通」のラーメンだった。俺達三人は、その何の変哲もないラーメンを食べながら、お互いの顔を何度か見合わせた。そして、皆がこのお店の中では、味について語ってはいけないという暗黙のルールを分かっていた。そして、特に誰かが何かを語ることはなく、お勘定を済ませて外に出た。
「中村、醤油どうだった?」
「う~ん。噂通りの味だな……決して、決して不味(まず)くはない。だけど、取り立てて美味(うま)くないというか…… 「また行きたいか?」と尋ねられたら、「うーん、嫌ではないけど別にいいかな」という感じかな。」
「山本は?」
「塩も、まあ特筆すべきことはないかな……」
 俺は、折角、三人で帰るにあたっての話のネタにしようと思っていたラーメンがあまりにも「普通」すぎて、ちょっとがっかりした気持ちから、ついこんなことを口走ってしまった。
「そうだよなぁ、美味いラーメンならこのまま話題にできるし、話がつながっていく。不味ければ、不味いでその話で盛り上がれる。だけど、あれだけ何の特徴もないとこれ以上何もあのラーメンについて話せないよなぁ……」
 自分の発した言葉に思わず「ハッ」とした。その瞬間、中学の先生が俺に感じていたであろう気持ちが(よみがえ)った。俺は、成績も運動神経も生活態度も、すべてが「普通」だった。その「普通」さが、先生にとって話すネタに困る存在だったのではないか。そんな寂しい記憶が、胸を締め付けた。俺はこのラーメンと一緒で「普通」過ぎたから、話すネタに困っていたのではないか……

そして、ふと山本を見ると、彼の表情が俺の心情を映し出しているかのようであった。
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