第1話 Mr.平均点

文字数 1,705文字

 担任が大きな袋を抱えて、夕方のHRにやってきた。きっと、あの中にはこの間の統一テストが入っているに違いない。まあ、どうせいつもと同じ結果だろうと思いながらも何故だか少しだけ期待をしてしまう。
 「よーし、これからこの間の統一テストの結果を配布するから順番に取りに来い。来週からこの結果をもとに志望校を決める三者面談をやるからな。週末によくご両親と相談しておくように。」
 やっぱりそうだ。そして、期待はしていなかったものの、結果は……

「よぉ、Mr.平均点。今回の結果はどうだった?」
 そう話しかけてきたのは、和田蒼汰だ。蒼汰は隣のマンションに住んでいて小学校から一緒だったものの、中二まで同じクラスになることはなく、俺はサッカー部、蒼汰は野球部で夏休みを終えて部活を引退してから一緒に帰るようになった仲だ。
「自分で言うのはいいけど、他人から言われるのは嫌だな。その、Mr.平均点って。」
俺は少し苦笑いしながら答えた。
「おっ、ごめん。でもさ、なかなかいないぜ、統一テストで全教科平均点を取ったことがある奴って。」
そうさ、何故自らMr.平均点と名付けたかと言うと中三の最初の統一テストで五教科全てで平均点を取るという、担任に言わせると出来そうで出来ない離れ(わざ)をやってのけたからだ。 まあ、ただ、それだけではなくて…… 名前は中村悠太と「ナ」行だから出席番号は真ん中。10月生まれで背も丁度真ん中くらい。徒競走は、大抵三から四位が定位置。まあ、自分で言うのもなんだけど見た目は悪くはないが、良くもない。全てにおいて俺は平均点というか偏差値50なのだ。
「まあ悠太はある意味凄いと思うぜ、逆に言えば、不得意な教科とかがないということなのだから。それに、お前、性格は百点だぜ!」
「蒼汰。ありがとう! 嘘でもうれしいぜ。」
 俺は感謝の気持ちを込めて答え、目を潤ませ赤信号を待っていた。すると背後から
「もしかして、あなたたちそういう関係なの?」
 この声はと思って振り向くと…… やっぱり、小学校四年から中学まで同じクラスの小川奈々だった。
「ところで、二人は志望校決めているの?」
 小川は、興味津々(きょうみしんしん)な目で俺達を見つめた。
「俺は、洋光大松戸のアスリートコースで甲子園を目指すのだ。」
 和田は、軟式野球とは言え千葉県大会で優勝し、いくつかの学校から声がかかったらしい。全く羨ましいものだ……
「そっか、じゃあ和田君は勉強とかしなくても大丈夫じゃないの?」
「いや、やっぱり洋光大学の付属高校だから学業テストもそれなりの点数を取らないとまずいらしいのだ。だから、皆と変わらないよ。」
「そう大変なのね。で、中村は?」
 俺にはずっと皆に言っていなかった野望があるのだ。遂にそのパンドラの箱を開ける時が来たのかもしれない。
「俺、俺はさ、偏差値50の船橋中央高校だ。“中央”という俺にはぴったりの校名だし、そこで俺は、俺と似たような全てにおいて偏差値が50仲間を見つけて、みんなとともに"平均"という名からの脱却をって…… あれっ。」
 気が付いたら、すでに歩道の信号は青点滅になり、いつの間にか和田と小川は歩道を渡り切っていた。
「なぁなぁ、俺の話聞いてくれていた?」
「まあ、途中くらいまでな…… でも、世の中さぁよく“普通が一番”と言うじゃないか。悠太は何がそんなに不満なのさ?」
「例えばクラスで自己紹介を始めてもナ行の俺が回ってくる頃には、ちょうど中だるみしていて誰も聞いちゃいない。サッカー部だったけど、蒼汰と違って常にレギュラーでもないし。小川みたいに背も高くもない。俺もさぁ、俺ならではの武器、アイテムが欲しいのだよ。」
 すると、小川が腰に両手を添え、胸を張って、
「うん。わかった。まあ、私も部活引退して勉強に専念して成績が上がってきたから、私、小川奈々がその夢を見守ってあげよう!!」と宣言した。
 そして、半年が過ぎ、俺は無事夢が(かな)って千葉県立船橋中央高校という海賊船に乗り込む日がやって来た。
ところが、いざその船の甲板に立つと…… 思ったより候補者が少ない。入学初日で俺が期待していた「普通」の候補者はたったの五人に絞られてしまった。
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