第10話 田中村の悲劇

文字数 1,569文字

 トッピングプロジェクトを進めるにつれて、どんどん髪が切られていき、自分の想像の域を超えた感じになっていくと、何か恥ずかしくて鏡が見られなくなっていった。
「はい。どう?? 後ろはこんな感じで、サイドはこんな感じ。この長さだと、さっき私がやったみたいにドライヤーでトップを立たせれば、ワックスとかなくても自然と決まるようにしてあるわ。ただね、一つ注意があって、この髪型だと髪の毛が伸びるのも切っている状態で伸びてくるから、また一か月くらいで切りに来てくださいね。」
「はい。じゃあ、また一か月後くらいに。」
 もう、鏡に映っている自分が、まるで自分じゃないみたいで、ちょっと恥ずかしさが抜けない。このまま、誰にも会いませんようにと祈って電車に乗りこんだ。
 家に帰ると、まず、母親が
「なに、何かダンスグループの人みたい。いいじゃない。恰好いいわよ。」
そして、親父も
「なんか洗練されたな。 よ~し、ふられるなよ!」
「だから、そういうことじゃないから!!」
 両親の言葉に少し自信を得たが、翌日の学校への道のりは、恥ずかしさを抱えながらのものだった。学校の最寄駅を出て歩いていると、後ろからナベの声で、「ん。田中?」 と声をかけられた。
「なんで、田中だよ。俺、中村!!」
 ナベは、少し驚き、でも明らかに何か言いた気な表情をしていた。
「あっ、ああ、中村か。 かなり切ったのだね。気、気付かなかったよ。」
「なんか、まだ慣れなくてさ。何か恥ずかしいというかさ。じゃあ、また午後部活で!」
 なんか、ナベもちょっと見慣れないのか凄く驚いた感じだったな。でも、よりによって田中と間違えられるなんて…… 
 教室に入ると、同級生の加藤が俺の変わった雰囲気に気づき、早速声をかけてきた。
「お~、悠太、何か雰囲気変わったなぁ~。」
 おー、やっぱり成功じゃないか! 俺の中でのトッピング・プロジェクトの成功が確信に変わった正にその時であった。 
「おっはよう~!!」
 田中の声が聞こえると、加藤が目を丸くして、急に腹を抱えて爆笑していた。そして、振り返ると、視線の先には俺と全く同じ髪型になっていた田中が立っていた。
「お前らさぁ、仲がいいのは知っていたけど…… 何、髪型もそろえたん?」
 加藤があまりにも大きな声で笑いながら言うので、クラス中の視線が俺達二人に注がれ、同時に、クラスの男子は大爆笑、女子も下を向いて必死で笑うのを(こら)えていた。
 そうなのだ、実は、田中が部活を早く切り上げて帰ったのは、俺と同じく髪型を変えることだったのだ。しかも、あろうことか俺達は時間差で同じお店に行っていたのだ。そう、俺があの時「あんな感じで!」と注文した時にモデルとなった高校生は、なんと田中だったのだ。「何故、何故、俺はあの時、あの後ろ姿が田中と気づかなかったのだろう……」 もう、後悔しても手遅れだった。
 廊下を見ると、ナベが山ちゃんを連れてわざわざB組からやってきていて、指さして爆笑していた。放課後に部室でナベに聞いたところ、朝、船橋で田中に会ったところ、田中が「トイレに行く」というから先に電車に乗った。それなのに、学校へ行く道で田中と全く同じ髪型の奴が先に歩いていたから、びっくりして声をかけた。それが俺だったというのだ。
 そして、俺達が放課後バドミントン部に行くと、待っていましたと言わんばかりに小川が近寄ってきて、まるで、刑事ドラマで捕まった犯人の様に前、横、後ろの三方向から俺達二人の写真を撮り始めた。もう、俺達はこれは運命として諦めるしかなかった。「どうぞ、もう好きにしてください……と」
 俺達二人は一夜にして、クラスの、いや、学年中の有名人になってしまった。そして、俺たち二人は、陰で、いや思いっきり表立ってみんなから「田中村」とセットで呼ばれることとなってしまった。
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