第5話 母親みたいな同級生

文字数 1,692文字

 高校に入学して二週間が経過した。中学の頃はサッカーに明け暮れた日々も、中三の夏休み以降は既に過去のものとなり、帰宅部の日常は早くも色褪せていた。そう、心の隅では何か新しい風を待ちわびていたのだ。しかし、サッカー部は、全くレギュラーにはなれそうにないし、休日も少ないらしい。「ちょっと、そろそろどこかの運動部にでも入ろうかなぁ~」と思いながら、朝、学校の最寄り駅の改札を抜けたその時だった。
「中村!」
 振り向くと、そこには、小学生から一緒、まあ正確に言うと俺が千葉に引っ越してきたのが小学四年生の時だったから、その時から中学・高校と同じ道になってしまった、小川奈々がいつものように元気溌剌(げんきはつらつ)とした笑顔を僕に向けていた。まあ、「同じ道になってまった」と言うのは、決して「彼女が嫌い」と言う訳ではない。たまたま、転校した時に彼女の隣となり、その頃、小川の方が俺より背が高かったので、彼女はちょっとお姉さんというか上から目線というか…… よく言えば面倒見がよく、悪く言えば少しお節介な所があった。そして、何か小川と話していると、まるで母親と話しているような感覚になってしまうのだった。まあ、良く取れば心地よい安心感も与えてくれる時もあるのであるが……
「お、おはよう。高校には慣れた?えっと、小川は何組だっけ?」
「中村はDだっけ? 私はね、美人のB組よ! まあ、同じ中学の子は居ないけど、塾で一緒だった子も居てまあだいぶ慣れてきたかな。」    
 こういう返しが、ちょっと、母親みたいで何かなぁと……
「自分で言うかね~。B組かぁ。じゃあ山本君と渡辺君と同じかぁ」
「へぇ~、二人と知り合いなんだぁ。ところで、中村は何部に入るか決めたの? ずっと、サッカー少年だったから、サッカー部?」
「いや、サッカー部はさぁ……、なんか厳しそうだし。とはいえ、帰宅部というのも……と思って丁度どうしようか考えていた所さ。」
「じゃあさぁ、うちに来なよ。私、中学でバドミントン部だったから、高校もバドミントン部に入ったの。中学は女子のみだったけど、高校は男子バドミントン部もあるし、そんなに厳しくないからね。それに、ほら、バドミントンなら子供の頃とかに遊びでやったことあるでしょ。」
「まぁ、でも、一旦、友達と相談を……」
 俺の言葉を(さえぎ)るように小川は、
「じゃあ、決まりね。待っているからね。見学だけでもいいから来てよ。よし、早速、先輩に言っておこう!」
「あっ……」
 俺の言葉など聞き入れもせず、小川は走って行ってしまった。こういう所が、どうも彼女を苦手としている所以(ゆえん)なのだ。バドミントンといえば、子供の頃に公園で遊んだ記憶がある。競技としては未知の世界だが、彼女の誘いになんとなく新鮮な響きを感じた。まあ、バドミントン部は全く俺の候補に入っていなかったから、意外な発見があるかもしれない。ちょっと、田中にも話してみるかなと思っていると。
「よっ、中村」
「お~、渡辺」
 何か、まだ知り合って数日で「渡辺」と呼ぶのはまだなんか気恥しい感じもする。
「あれっ、中村は小川さんと仲いいの?」
「仲がいいというわけではないけど、小川とは小学校から一緒で、何かね……」
 そうだ、早速、渡辺に話してみることにしよう。渡辺も中学はバレー部だと言っていたから、運動部に入ること自体は、嫌じゃないかもしれない。
「そうそう、渡辺はどこか部活決めた?」
「いや、まだ決めてないけど、バレー部はもういいかな~と、でも帰宅部というのもなぁ~と思っていて……」
「実は、さっき、小川からバドミントン部に見学来ないかって誘われてさぁ。」
「バドミントン部かぁ…… 考えたこともなかったなぁ。まあ、俺、運動は嫌いじゃないから。ちょっと、山本にも聞いてみるわ」
「俺も田中に聞いてみるよ」
 早速、昼休みに田中にバドミントン部の見学の話をすると、「まあ、暇だからいいよ」と興味があるのかないのか分からない返事をもらった。そして、そのままB組に行くと、渡辺も山本から、似たように「見学だけなら」という反応があったとのことだった。
「じゃあ、放課後に田中とB組の前に来るよ!」
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