第9話 トッピングプロジェクト

文字数 2,738文字

 結局、俺達四人はバドミントン部に入部することにした。俺達より前に見学に来ていたというG組の二人、佐川と能見を合わせて男子バドミントン部の一年は六人となった。インターハイへ向けた試合は、県予選で早々に敗れたため、三年生の先輩たちは名前を覚える前に引退してしまっていた。そして、あっという間に高校生活も二か月が過ぎ、季節は梅雨の時期になろうとしていた。
 そして、あの日、あの普通のラーメン屋「ラーメン三番館」のラーメンで己の存在を再認識した日から、俺の中で温めていた「トッピング・プロジェクト」を発動する時がやってきたのだ。そう、あの日の帰り、俺達四人は寄り道してららぽーとに向かったものの、高校生の俺達がトッピングできるようなアイテムは、眼鏡ぐらいしかなく。更に、ナベ以外の三人は全く眼鏡が似合わず…… 一旦、トッピングは(あきら)めていたのだ。
 ところが、俺はふと気づいた。トッピングは追加アイテムだけではないのた。そう、簡単だ。髪型を変えることこそが、自分を表現する最も単純な手段だったのだ。 そして、入学式の前日に切った髪の毛は、流石に二か月近くもすると目障りになっていたのだ。そう、プロジェクトを実行するにはちょうどいいタイミングだ。
 夜、両親とご飯を食べていると、父親がついに気が付いてくれた。
「悠太。おまえ、髪、いい加減切ったらどうだ。」
 そう、俺は、「ずうっ~と」このタイミングを見計らっていたのだ。そして俺は遂に両親に話そうと思った。
「実は、俺さぁ……」
と言いかけると、母が間髪をいれず会話に割り込んできた。
「ちょっと、まさか高校辞めるとか言わないでよ! この間、薮下君のお母さんに合ったら、薮下君の高校、もう、二人も中退したとか言っていて。」
「えっ、まじか…… ゆ、悠太。バドミントンのラケットも買ったし、ちょっと、ちょっと考え直して夏休みまでは頑張ってみようよ!」
「あのさぁ、誰が学校を辞めるって言ったよ。俺さぁ、ずっと千円カットだったじゃん。もう、高校生になったから、ちょっと、普通のヘアサロンとかって奴に行ってみたくて。」
 すると、父親は呆気なく。
「なんだよ、そんなこと神妙な面持ちで言うなよ、びっくりするじゃねぇか。まあ、俺も大体、高校に上がった頃に床屋卒業したからな。いいよ。 あっお前……もしかして、好きな子でもできたのか?? 」 
そして、母がすかさず続けた。
 「ちょっと、入学式の写真どこだっけ? どの娘よ、どの娘。」
 何か自分がこの親から本当に生まれたのだろうか?それとも俺も年を取るとこのように自分の思いつきだけで話を進めてしまうのであろうか?と心配になってきた。まあ、本当のことを言うと、「好き」とまでは行っていないが、伊藤さんのことは少し気になり始めていた。
「じゃあ、悠太。お母さんが行っているところ予約しておこうか? 私がパートの帰りに行っている船橋のお店。 日曜日の部活帰りに切ってくれば。 あのお店、大学生とか高校生くらいの男の子も沢山来ているわよ。」
 結局、母親がネットで日曜日の一時半に予約を入れてくれた。
 日曜日、午前の練習が十一時半に終わり、田中を昼にでも誘おうとすると
「ごめん、ちょっと今日俺さぁ、予定あるから。すまない、今日だけネットとかの片づけしなくていい? 来週はちゃんとやるから。」
「ああ、まあ、予定あるならいいよ。 じゃあ、また明日な!」
 俺の予定は、一時半だしなぁ。まあ、ちょっと時間でもつぶすかな。
そう思って電車に乗り込むと山ちゃんが
「ナベ、中村、俺、船橋で本屋に寄って帰るね。」と言うので俺も
「俺も船橋で髪の毛切って帰るのだけど。ちょっと、時間があるから本屋に寄ろうかな?」
「山ちゃんも中村もまっすぐ帰らないなら、ちょっと軽く食べていかない? もう、俺腹ペコよ。」
 結局、みんなで昼に美味いという評判のつけ麺屋に行くことにした。ただ、やっぱり高校生のお昼ご飯代として千円はちょいと高い。その時、あのラーメン三番館を思い出した。ラーメン三番館は、ラーメンが六百五十円という破格の値段だ…… ただ、残念ながらコスパがいいわけではない。たまにはこういう有名店に慣れるのもいいだろう。俺達は、部活のことやそれぞれのクラスの雰囲気などを話していると、ちょうどいい時間になっていた。
「なんか、付き合わせちゃったみたいで、悪かったな。ありがとう。また、明日。」
 ナベ達と別れ、俺は遂にトッピング・プロジェクト(正確にはヘアサロン)の扉を開けた。
「えっと、中村さんの息子さんね。ちょっと、待っていて。じゃあ、荷物を預かるわね。」
 今回のプロジェクトは、そう、俺の髪形をいわゆる「ツーブロック」とやらにすることであった。ところが、丁度、会計を終えて出てきた大学生くらいの人が、俺が想定していた髪型をしていて、俺とは違いかなりのイケメンであったため、俺の中で気持ちが揺らぎ始めてきた。
「こんにちは、担当する阿部です。お母さんから、コメントがあったけど、高校生になって、イメージチェンジしたいのかな? 長さもあるから、ツーブロックにする?」
「どういう感じがよいか…… 実は。ずっと千円カットだったので…… 何か今一つ、わからなくて……」
 もう、揺らいでしまった心は止められず、プロの意見を素直に聞こうと思った。
「そうね、校則が厳しくなければ、トップの長さを少し整えて、耳周りを刈り上げにしたツーブロックかな~ 部活は何かやっているの? 体育会系?」
「はい。バドミントン部です。」
「それだと……もし短い方がよければ、フェードカットはどう?」
「フェ、フェード??」
 プロジェクト遂行にあたり、俺の中でそれなり調べていたつもりであったが、下調べが不足していたようだ。フェードってなんだ…… 心臓がドキドキして、阿部さん聞こえてしまうかと思うくらいだ。
「まあ、ツーブロックと同じと思っている人が多いけど、ツーブロックは、正にブロックで短いブロックと長いブロックで分かれているの。 イメージ的には、短いところに長いところがかぶるような感じね。 フェードは、グラデーションともいうけど、あっグラデーションって聞いたことあるかな?」
「えっと、色とかの濃淡、みたいの?」
「そう、グラデーションは、同じくサイドと後ろは刈り上げで、一番下は凄く薄くして、上に行くにあたって徐々に髪が長くなる感じ。あっ、ちょうど、あの子のような感じかな。」
 「あの子」と美容師に呼ばれ、後ろ姿で学ランを着たその子は、俺と同じ高校生に違いなかった。美容師の(すす)める「フェードカット」は、段々と心地よく思えてきた。俺は、初志貫徹の意志を曲げ、「あんな感じで」と注文してしまった。

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