3)

文字数 2,284文字

 氏子達は祭りに向けて準備をしていた。氏子達は樹沙羅の姿を認め、囲った。
「お帰りなさい」
「1年しか経ってない割に、随分大きくなったじゃない」
 樹沙羅は笑みを浮かべた。「どうも、ありがとう。迎えてくれて感謝しているけど、荷物を置いて来なくちゃ」
 樹沙羅は社務所の前に向かい、ドアノブに手をかけて開けた。
 センティは、樹沙羅の後に続いた。
 玄関にはすだれがかかっていた。奥には木製の電話台があり、黒いダイアル式の電話が置いてあった。床は木質で、壁は白く真新しかった。
「1年じゃ、何も変わらないわよね」樹沙羅は丁寧に靴を脱いだ。
「まだ、パパも戻って来てないわね」
「集会所に行ってるんじゃないの。他人の家でくつろぐ人じゃないから」
 樹沙羅は土間から床に上がり、脱いだ靴を並べてスーツケースを上げて部屋に向かった。
 部屋の端には、雑誌や段ボール箱が積んであった。大まかな箇所は片付いていた。青い畳が露わになっていた。寝泊まりする分には何も問題ない程度のスペースがあった。
 樹沙羅は、部屋が片付いているのに驚いた。足の踏み場がない程に散らかっていると思い込んでいた。
「樹沙羅お姉様が帰ってくると聞いて、皆で片付けたんです」
 樹沙羅は、センティに笑みを浮かべた。「ありがとう」
 樹沙羅はスーツケースを部屋の端に置き、掃き出しの窓を開けた。生暖かい春の空気が入ってきた。次に、端に置いてある雑誌やダンボール箱を外に移した。
「私も手伝います」センティは樹沙羅の元に向かい、荷物を運ぶ作業を手伝った。
 荷物を運び終えると、樹沙羅は押し入れを開けた。押し入れの中に段ボール箱や漆塗りの長持が入っていた。段ボール箱は全て埃をかぶっていたが、長持は埃をかぶっておらず艷やかで光を反射していた。
 樹沙羅は箒を探した。「掃除したんでしょ。箒、何処にあるか知ってる」
「知ってます」センティは部屋を出ていった。
 樹沙羅は部屋を見回した。部屋机の上には書類が積んであった。
 センティが箒とちりとりを持って部屋に入ってきた。「廊下にありました」
「ありがとう」樹沙羅はセンティから箒とちりとりを受取り、畳の上を窓側に向けて掃いた。
「都会はどうですか」センティは、樹沙羅に尋ねた。
「ほとんど寮生活だから説明しにくいけど、村より活気があるのは確かね」
「活気ですか」
「センティ、貴方も都会に行くの」
 センティは眉を顰めた。自分が村を出ていくというのに実感がなかった。
「貴方には教会があるから、離れる気はないわよね」
「樹沙羅お姉様にだって、神社があるじゃないですか」
「でも、私は出ていったわ」
「父符の高校が嫌だったんですか」
「嫌じゃないけど」樹沙羅は眉を顰めた。母の死に無情で話を避ける父様が嫌で、寮のある遠くの学校に逃げ出した。父様は反対しないばかりか、了承し手続きから引っ越しまで手伝ってくれた。家柄からしきたりに厳しかったが暴力は振らず、自分を追い出そうとした素振りはなかった。突き放す気がないにも関わらず、遠くの高校へ行くのに同意した理由が分からなかった。神社を継ぐ要素を阻害しかねないにも関わらずに。
 樹沙羅はゴミを集めるとちりとりにかき集め、庭に捨てた。箒とちりとりを壁に立てかけ、スーツケースの元に向かい、手を掛けて開けた。中には着替えや日用品が詰まっていた。樹沙羅は中身を取り出し、隅に整理して置いた。一通り出すと、日用品をスーツケースに入れて閉じた。
 樹沙羅は、セーラー服の上着を脱いで畳み、服の隣に置いた。
「箪笥に入れなくていいんですか」
「大丈夫よ、神楽祭りが終わったらすぐ帰るから」
 センティは残念そうな表情をした。「帰っちゃうんですか」
「家業だからって学校に公休の届け出してるけど、いつまでも休む訳にいかないわ」
 樹沙羅は服を脱ぎ終え、畳んである服を手に取って素早く着替えた。「早速行くわよ」
 センティは、樹沙羅の方を見た。
 樹沙羅は膝が隠れる丈の青いスカートに、同じ色をしたシャツを着ていた。
「何処にですか」センティは、樹沙羅に尋ねた。
「集会所よ。京が練習しているんでしょ」
「挨拶に行くんですか」
 樹沙羅は、眉を顰めた。「違うんだけど、捉え方では正しいとも言えるわね」
 センティは、樹沙羅の言葉に眉を顰めた。樹沙羅の発した言葉の意味が分からなかった。
「私の家に遊びに行きませんか。ママも歓迎しますよ。挨拶なんて、後にしましょうよ」
「後って、皆帰っちゃうでしょ」
 センティは、納出来ない表情をした。
「私には私の用があるの。まずは箒を片づけてからね」
 樹沙羅は、箒とちりとりを持って部屋から出ていった。
「樹沙羅お姉様、待って下さい」センティは樹沙羅の後をついていった。




 霧崎を乗せたパトロールカーは、国道を通り父符警察署へと戻っていた。国道の脇は民家がまばらに建っていた。
 霧崎は助手席の椅子にもたれかかっていた。
「酔い止めでも買っとくか」
 霧崎は手を振った。「気にしないでくれ」
「よく無茶出来たな」
「縄を越えた時のか」
 警察官は頷いた。「若いってのはいいもんだな」
 霧崎は舌打ちをした。
 パトロールカーは国道を脇にある警察署の敷地に入り、駐車場で止まった。父符警察署は3階建てのコンクリート造りで、周囲の家屋と比べて浮いていた。
 運転席のドアが開き、警察官が降りてきた。
 霧崎は、助手席のドアが開いて降りた。立ちくらみを覚え、ふらついた。
「大丈夫か」警察官は、霧崎に手を差し出した。
 霧崎は、警察官の手を払い除けた。
 警察官は差し出した手を引っ込め、警察署に入っていった。
 霧崎も後に続いた。
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