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文字数 4,501文字

「社務所に証拠があります」瞬巡は広場を出ていった。
「証拠ですか。知っていますか」霧崎は、グーゴルに尋ねた。
 グーゴルは首を振った。「いえ」
 霧崎とグーゴルは瞬巡の後をついていった。
 獣道を抜け、道路に出た。アスファルトが、日光を反射していた。瞬巡は神社の方に歩いていた。
「ついでに聞きますが、移転する前の神社というのは何処にあったのですか。巫女は何処から来たのか言いますと、移転前の神社でしょう。しかし、村史には移転前の神社らしき記述はありません」
「断片的ですが地図はあります」
「何故、村史に載っていないのですか」
「博物館に寄贈した後に資料の請求がありまして、写しを送ったのです。断片的な写しでは証拠足り得ないとして破棄したのでしょう」
「釈然としませんね」
「資料とはそういうものです」
 瞬巡達は神社に着いた。
「待っていて下さい」
 瞬巡は社務所に向かった。
 集会所から樹沙羅が出てきた。タオルで顔を拭いていた。
 樹沙羅はグーゴルに気づき、近づいて来た。「グーゴルさん、何用ですか」
「宮司が旅の娘が実在していた証拠を出すと言ってたから、待っているんだ」霧崎は、樹沙羅に説明した。
「実在したら、何なの」
「君の言った内容が本当だと確信出来る」
「内容って」
「森の瘴気とは、特定の人間の念と大地の力が関わっている。姿ケ池で話した内容だ」
「正確には、大地の力が変化したのよ」
「何故、変化したんだ」霧崎はしつこく樹沙羅に尋ねた。
 樹沙羅は霧崎の言葉に黙った。よく分からないと答えれば、何故なのかとしつこく迫ってくるに決まっている。
「分からないか」霧崎はため息交じりに言った。
「何で、瘴気の正体を知ろうとするの」樹沙羅は、話をそらした。
「瘴気を止める結界の正体も分かる。対処出来る方法を探せるはずだからな」
「無理にでも力掛けて破っちゃえば一緒よ」
「無理に力を掛ければ、一気に崩壊して瘴気がなだれ込みます。破るなら最小限に留め、結界と同じ力で塞ぐ必要があります」
「意外に面倒なのね」
「同じ目にあわない為にも、結界や瘴気とは何かを知る必要があるのです。霧崎さんは先の先も見据えているのです」グーゴルは、霧崎の方を向いた。
「ま、まあな」霧崎は苦笑いをした。結界を破った先までは頭になかった。
「本当なの」
 霧崎は樹沙羅から目をそらした。「まあな」
 樹沙羅は笑みを浮かべた。「私も一緒について行ってもいいかな」
 霧崎は、樹沙羅の言葉に驚いた。
「もしかして、警察のお仕事だから駄目なの」
「いいや」
「なら、いいじゃない」
「打ち合わせがあるんじゃないのか」
「差し入れに行っただけよ。京もセンティも学校に行っているし、祭りの準備は氏子がやるって言って手伝わせてくれないから暇で暇で」
「君は学校に行かなくていいのか」
「祭りまで休みを貰ってるわ。学校から許可降りてるわよ」
 瞬巡は霧崎の元に来た。
「お待たせしました、証拠です」瞬巡は霧崎に布の財布を見せた。
 霧崎は財布を手に取った。赤黒く、固い麻の質感だった。
「旅の娘を人柱にした際、取ってきた財布です。縫い目や布からして父符地方で生産していません。また、色味や大きさからして女性がつけていたと判断しています」
「財布を奪った点からして、女性が村人が起こした不幸に関わったのは確実か」
 樹沙羅は、財布を手に取り観察した。「初めて見るわ」
「聞かれませんでしたから」
「話位したっていいのに」樹沙羅は不満げに言いながら財布を一通り見まわし、瞬巡に返した。
 瞬巡は紙を渡した。「移転する前の地図の写しです。手書きなので正確性に欠けますがね」
 霧崎は紙を裏返しにし、太陽に透かしてみた。インクが紙を通して透けて見えているだけだった。
「疑ってるの」
「当然だ」
「嘘をつく理由はないでしょう」グーゴルが霧崎と瞬巡に割って入った。「嘘をつく理由はないですし、実際に行ってなければ戻って来ればいいでしょう」
「数日かかる訳でもない。損はしないか」
 樹沙羅は、霧崎から紙を取って眺めた。「結構遠いのね。荷物運ぶの大変だったんじゃない」
「分かるのですか」
「大通りが今でもあると仮定すればね。道と山の形からして石灰工場沿いじゃないかしら。タクシーで行った方がいいわ」
「いや、呼ぶ必要はない。駐車場に俺の車を停めてあるから乗っていけばいい」
「場所、分かるの」
「案内してくれれば、問題ない」
「分かったわ」
 霧崎は瞬巡の方を見た。瞬巡は霧崎と目が合った。「一緒に行きますか」
「私は財布を片付けるのと、祭りの指揮や調査があるので社務所に戻ります」
 瞬巡は社務所に向かった。
「駐車場まで着いてきくれ」霧崎は境内を出ていった。樹沙羅とグーゴルが後に続いた。
 参道から道路に出て、駐車場へと道沿いに歩いていった。駐車場に着いた。
 霧崎は運転席の鍵穴にキーを入れて回し、ドアを開けた。
 樹沙羅は助手席側のドアに回り込み、中に入った。
 グーゴルは後部座席のドアを開けて中に入った。2人共、同時にドアを閉めた。
 霧崎はキーを外して運転席に入った。「後ろじゃないのか」
「案内する役が必要よ」樹沙羅は霧崎に地図を見せつけた。助手席に置いてある地図だった。
 霧崎はドアを閉め、キーを鍵穴に差し込んで回した。エンジンがかかった。
 樹沙羅は地図を開き、持っている紙と見比べた。「線路に向かう道路に出て。大通りを曲がって石灰工場の脇が目的地よ」
「言った通りにすればいいんだな」
 霧島はクラッチを踏み、ギアを入れてアクセルを踏んだ。車は駐車場を出て通りに出た。
「通りを線路の橋が見える方に曲がって」
 霧崎は樹沙羅が言った通り、線路の橋が見える方向にハンドルを曲げた。車は曲がり、線路の橋に向かって行った。
「大通りに出たら父符方面に曲がって」
「分かった 」霧崎は頷いた。
「霧崎さん、貴方の仮説を教えて下さい」グーゴルは霧崎に話しかけた。
「仮説ですか」
「目的も仮説もなく調べるというのはありえませんよ」
「神社の移転ですが、村人と揉めた結果ではないかと」
「根拠は」
「宮司に関する情報が一切ないのが怪しいのです。いくら巫女が偉大とは言え、神社を纏めるのは宮司でしょう。自分が仮定しているのは宮司に元々人望がなく、代わりに巫女がやりくりしていた。村人は宮司を巫女の入水後追い出した。あるいは森に人柱として葬り去ったかでしょうね」
「人柱は、自分の意思でないと効果はないわ」樹沙羅は、霧崎の言葉に割って入った。「強制すれば、人柱の力は負の方向に向かっていく。姿ケ池の洪水が悪化したのは、旅の娘を無理矢理人柱にしたからよ」
「だからこそじゃないのか」
 樹沙羅は眉を顰めた。
「宮司がけしかけたんじゃないのか。結果として旅の娘が人柱になったが、姿ケ池が悪化した。村人は怒り狂って宮司を殺し、巫女は氾濫を止める為に入水した。殺した宮司は森へ葬った。宮司の念が姿ケ池にある負の力を引き寄せた。村人は困り果てた所に、偶然大宮に神職の八想家が来ていて、村人は頼み込んで鎮めさせた。以後、八想家は森に神社を移転する形で神社を継承し、定住して今に至った。以上だ」
「神社を潰す程嫌悪しているなら、関係していた巫女は丁寧に葬りません」
 霧崎は唸った。グーゴルさんの言う通りだ。
「間違った推測を言わないでよ」
「樹沙羅。推測が正解か否か、誰も分かりません。だからこそ調べているのでしょう。勝手に不正解にする権限はありません」グーゴルは樹沙羅を諭した。
 樹沙羅は景色と地図を見ていくうち、気分が悪くなってきた。目をそらしてフロントガラスを通した景色を見た。石灰石の加工工場が見えた。
「工場があるわ、目的地よ、森の前で止まって」
 霧崎はウィンカーを出して工場前で車を停め、タクシーのダッシュボードにある時計を見た。乗り込んでから15分程経っていた。
 3人は車を降りた。平坦な田園地帯で、灰色の煙を吐く煙突が幾つも立っていた。パイプで覆った化学工場があった。近辺には森が広がっていた。停めた所から一軒家が見えた。
 霧崎は車に鍵をかけた。
「近辺に神社があったのか」
「入れるの」
「駄目なら、警察の権限使って入れてもらう」霧崎は一軒家の門の前に来た。門柱にインターホンがあった。ボタンを押した。
 暫くして、年老いた男が家から歩いてきた。「もし、何か御用ですか」
 霧崎は胸ポケットから警察手帳を取り出し、年老いた男に見せた。「父符警察の霧崎です」
「警察の方が何の用ですか」
「とある事件で調査をしています。森に証拠があると聞きつけて来たのですが、よろしいですか」
「森ですか。誰も入れないはずですが」年老いた男は訝しげに霧崎を見た。霧崎は顔をしかめた。
「まさか、私を怪しんでいるんじゃないでしょうな」年老いた男は、霧崎に言い寄った。
 霧崎は渋い表情をした。「いえ、まさか」
「なら、何故俺の庭の森を調べたがるんだ」
「生態調査の類です」グーゴルは霧崎と年老いた男の間に割って入った。
 年老いた男はグーゴルを見た。笑みを浮かべていた。
「はじめまして、父符神社の近くで牧師をしていますグーゴル=フェマクスです。近辺に住む生物の生態系が急激に変化しているらしく、自然と共にを標榜する我々宗教家にとっては重大です。立証の為警察の方に助けて貰いながら森という森を調べているのです」
「要は、森に住んでいる動物を調べているのか」
「え、ええ。変な動物も見かけたって話もあるから、調べてるの」樹沙羅は、グーゴルの話に適当に合わせた。
「はあ」
「過去の状況についても聞きますが、森にはかつて神社があったと聞きます。本当でしょうか」
「さあ、よくわからないね。只、土地を守るのを家訓にしてるのは確かだよ。何でも、念の為らしい」
「念の為ですか」霧崎は顔をしかめた。念の為とは、何かしらの事態が発生した場合に備えておくという意味だ。「となれば、何かしらに備えていると言えます。分かりますか」
「いや」
「先祖は何をしていたか、教えて貰えますか」
「先祖は一帯を纏めた庄屋らしかったんだが、今は裏山近辺を除いて全てを失ってな。家系図もぞんざいに扱い過ぎてボロボロだ。で、土地も守れの一辺倒だから手入れも出来ない状態でな。使い道がないから村に売却を持ちかけたんだが、嫌がって買い取ってもくれなかった。代わりに工場がパイプ敷くのに必要だからって一部を買い取ってくたから助かったが、将来的にどうなるんだかね」
「入れますか」
 年老いた男は驚いた。「よっぽどの変わり者だな。家の裏が入り口だよ、ついて来な」
 年老いた男は家の裏に回り込んだ。
 霧崎達は年老いた男の後をついていった。
 家屋の裏に回った。薄暗く、積み上げた石の一部が欠けている井戸があった。裏山は鬱蒼としていて、金網で遮ってあった。金網には蔦が絡まっていた。
 年老いた男は、金網の扉の前で立ち止まり、手をかけて力一杯に引いた。蔦は千切れて扉が開いた。
「先についてよく分からんから、気をつけてくれよ。特に警察さん、あんたに何かあると大騒ぎになるからな」
「はい、ありがとうございます」
 霧崎達は扉の先へ進んだ。
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