第26話 魔法の修行

文字数 2,000文字

「そしたらルフスは、あの伝説の英雄王の生まれ変わりってこと?」

 昼食のサンドイッチを摘まみながらラータが言い、同じく燻製した豚肉を挟んだそれを手に持つ山吹は頷く。
 口の中を紅茶で流してから、ティランが口を開く。

「こんな、いかにもぼけっとしたやつがか?」
「ルフス殿に宿る魂は、確かに以前英雄王であったものです」

 話題の中心であるルフスは食べる方に集中していて、聞いているのかどうかもわからない。
 ラータが思い出して言う。

「ロッソ・フオーコ・アルナイルだっけ?」
「はい。大国アルナイルの最後の王。他にも光の王、明けの英雄王などと言った異名がございます」

 闇に立ち向かい、命を賭して世界を救った英雄。
 ティランは横目に隣を見る。
 サンドイッチを頬張る青年の姿が目に入る。なんだか一気に気が抜ける。ティランの視線に気が付いて、ルフスは顔を上げる。

「なに?」
「いや別に……」
「でもじゃあさ、英雄の生まれ変わりであるルフスに剣を探せと神々が仰っているというのなら、それってつまり」

 ラータはそこでわざと口を閉ざして、山吹は再び頷いた。

「英雄王の封印が解けかかっています」

 最後の一つのサンドイッチをルフスが取って食べる。
 その頭をティランが叩いた。

「何すんだよ」
「ひとが真面目な話しとる時に隣でばくばくばくばくと、というか他でもないおまえ自身のことやぞ」
「いやだって、そう言われても。そんないきなりさー英雄とかって……」

 叩かれたところを手でさすり、ルフスは唇を尖らせる。
 ディアが紅茶のおかわりを用意しに、台所へ行く。茶葉を入れ替え、お湯を注いだポットを置くと、今度は焼き菓子を乗せた皿を持って戻ってきた。

「昨日、街で買ってきたものよ。本当はおやつに出そうと思ってたものだけど、まだまだ食べたりなさそうな顔してるから」
「あ、すみません」
「あなたたちもどうぞ、好きにつまんでね」

 照れくさそうに笑って、ルフスは早速手を伸ばす。
 サクサクしたその菓子は一口大で、ビスケットとは少し違ってくちどけが良く、優しいミルクの味がした。
 山吹が指で一つ摘まんで口に放り込む。
 咀嚼して飲み込み、小さく呟く。

「おいしい、です……」
「な、うまいよな。ティランも食べなよ」

 ティランは相変わらず呆れた顔をしていたが、それ以上何も言わなかった。
 ラータは椅子から立ち上がり、壁に立てかけてあった杖を取って、ティランを振り返った。
 指で外を示す。
 ティランは紅茶を飲み干しカップを置いて、外に出る。
 扉を出たすぐそこでラータは待っていた。
 ラータが持っていた杖をティランに差し出す。ティランは杖とラータの顔を見比べて言う。

「なに?」
「言ったろ、魔法を使えるかどうか試してみようって。君の中に魔力を感じるんだよ、それもかなり大きな力をね」
「いや、そんなちょっとやそっとの修練でいきなり使えるようになるもんでもねぇやろ」
「まるきり初めてだったらね」

 ラータの言葉に、ティランは目を見開く。

「おれが元々魔法使いやとでも?」
「君には記憶がないんだろう?」

 口元に笑みは浮かんでいるものの、ラータの声にからかう調子はなく、真剣だった。だからこそ余計にティランは困惑する。

「それに、もし仮に君が今まで一度も魔法なんて使ったことのない初心者だとしても、使いこなしてもらわなきゃ困るんだよ」
「……あんたの研究のためにか?」
「それもそうだけど、それだけじゃない」

 瞳を覗き込まれる。
 逃げられない。何故かそんな気にさせられる。

「山吹さんがさっき言ってだろ、英雄王の封印が解けかけてるって」
「それとこれとなんの関係が……」
「あるんだよ。最近おかしなことがあちこちで起こってる。それは恐らく、封印が弱まっているせいだ。君は大きな力が持っているのに、その自覚がない。使いこなせていない。それは無防備で、ものすごく危険なことなんだ。妖たちはその状態につけこんでくる」

 リュナで同じことを言われたのを思い出す。
 ラータの目が険しく、睨むようになる。

「また同じことを繰り返すつもりかい?」

 言葉が胸に刺さる。
 リュナでのあの夜。体を操られ、力を利用された。
 たまたま一緒に行動していたために、ルフスは巻き込まれ、呪いを受けた。
 巻き込んだのは自分だ。それを知った時、ティランは自分を責めた。一緒に行こうだなんて言わなければと後悔した。
 有難いことに、彼の呪いは成就される前に解かれた。
 これは本当に幸運で、稀有な例だとティランは十分に理解している。ルフスが英雄王の生まれ変わりで、神々から役目を与えられた特別な存在だったから。そして、ラータの特異ともいえる伝手があったからだ。どちらか一方でも欠けていたら、どうにもならなかったかもしれない。
 安堵すると同時に、あんなことはもう二度とごめんだと思った。
 ティランはゆっくりと差し出された杖を取る。
 ラータは微笑んだ。
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