第60話 ホオシン

文字数 2,181文字

「なあ本当にもう平気なのか?」

 道中、ルフスは何度目かになる心配顔を山吹に向けた。
 滋養剤を持って帰ると、山吹の調子はすっかり元に戻っていた。それからは特に変わりはなく、恐らく疲れが出たのでしょうと当の本人がそう言った。そんなわけで、今はホオシンに向けて街道を進んでいる最中である。
 念のため山吹は馬に乗せて、その手綱を引くルフスとティランは歩きだ。

「ゆっくり休ませていただきましたから。それにルフス殿が持ち帰ってくださったあの薬湯も効いたのでしょう」

 ありがとうございますと、僅かだが微笑まれて言われ、ルフスは嬉しくなって微笑み返す。

「あの砂糖菓子も、とてもおいしかったです」
「うん、うまかったよな。ティランも食べたか?」

 隣を振り返るも、ティランは無反応だった。
 俯き気味に流れ過ぎてゆく地面を見つめたまま、ただ足を動かし続けている。

「ティラン?」

 ルフスは怪訝そうにもう一度呼びかけるが、それでもティランからの返答はない。
 まるで声が届いていないかのようだった。

「ティランってば」
「な、なんや? びっくりした」

 肩を掴んで揺さぶれば、流石にぎょっとしたようになる。

「いや、別に大したことじゃないんだけど……それより大丈夫か? まさか今度はティランが具合悪いとか……」
「ちょっと考え事しとっただけや。おれの昔からの悪い癖でな。考え事すると周りの音や声や耳に入らんことがある」
「でもさ根詰めすぎるのってよくないんじゃない? 昨日もなんか、というかここ最近ずっと宿でも書き物してるだろ。ちゃんと寝てる?」
「おれとしたことがおまえさんに心配されるとはな……」
「そりゃするよ。ティランって案外無茶するんだもん。多分おれよりも無鉄砲なとこない?」

 言うと、ティランは複雑そうな顔になる。
 一瞬間があり、ティランが言った。

「……おれは少なくともルフスみたいに考えなしで動いとるわけやない」
「なんだよ、おれにはおれの考えが」
「ないない、カンとその場のノリと感情で動くのがおまえさんという人間やからな」

 全くその通りだったので、ルフスはぐうの音も出ない。
 ティランが街道の先を指さし、声を上げた。

「ほれ見えてきたぞ」

 ホオシンは赤土の壁の、四角い建物が並ぶ村だった。
 村の中心に寺院と呼ばれる建物と、少し離れた場所に劇場があった。各建物の玄関口には奇妙な仮面と色鮮やかな石を連ねたものが飾られていて、魔除けだという説明を聞いた。
 グルナの所在は尋ねれば、すぐにわかった。
 小さな村だから、皆顔見知りなのだろうなと、自身も田舎の村出身のルフスは思う。

「あれだ、あの家」

 他と同じように魔除けの飾りがある玄関口の扉は開かれたままだった。
 中を覗き込みながら、ルフスは声を掛ける。

「すみませーん、こんにちはー!」
「留守か? 不用心やな」
「田舎の方なんてこんなもんだよ」

 同じように室内を覗きこんでいた山吹が鼻を動かし首を傾げた。

「なんでしょう。なにか、焦げ臭いような……」
「ほんとだ。あ、あれ!」

 ルフスは勝手に中に入ると、奥のかまどにかけられた鍋を見つけ、水か鍋つかみはないかと慌てる。
 鍋からは黒い煙が上がっていた。

「退け」

 手間取るルフスの前に出て、ティランが氷結魔法を放ち、かまどごと凍り付かせた。
 ひとまず火事は免れたが、これどうしようかなと考えかけた時、背中の方で悲鳴があがり思考が断たれる。

「ぎゃ――――!! なにだれ、あっ!!
「グルナさん!」
「ルフス! と、やだあんたティラン!? え、え、髪とそれに目……いやまあちょっと立ち話もなんだからこっちでってうわなんだこれ!?

 話の途中でグルナは氷漬けになったかまどを見つけて、また悲鳴を上げた。
 ティランが目を細めて、

「相変わらず騒がしいおばさんやな……」

 と憎まれ口をたたく。するとグルナは

「相変わらず生意気なクソガキね」

 と返して、ニヤリと笑う。
 それからルフスとティランを順に見て言った。

「ともあれ無事で何より。また会えてうれしいわ。それから初めましてなそちらのお嬢さん、まずは名前を教えてくださる?」
「申し遅れました、私は山吹と申します。グルナ殿、あなたのことについては、お二人からお聞きしています」
「はぁい、よろしく山吹ちゃん!」

 差し出された手を、山吹は不思議そうな顔で見つめた。
 グルナがにこにこ言う。

「手」

 躊躇いがちに持ち上げられた山吹の手を、グルナが掴んでぎゅっと握りしめる。

「そんじゃあちょっとどこか落ち着けるところで話でもしましょうか。これじゃお茶も出せないからね。宿は? もうとった?」
「あ、まだ」
「じゃ案内したげる。いらっしゃい」

 颯爽と出て行こうとするグルナだったが、ルフスは凍ったかまどを指さして言う。

「これ、いいんです?」
「ほっときゃそのうち溶けるでしょ。どうにかしようとして今度は消し炭にされても困るしぃ?」
「へいへい、加減を知らんでわるうございました。けどあのまま放っておいたらこの家自体が消し炭になっとったかもしれんけどな」
「ティラン、あんた力を扱えるようになったのね。ひょっとして記憶戻った?」
「ああ、まあ……」

 グルナがティランの頭を撫でる。
 まるで小さな子供にそうするように。

「なんか困ってるからここに来たんでしょ。まずは詳しく聞かせて、できることがあるかもしれない」
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