第61話 色々な準備

文字数 2,068文字

「ご飯もおいしいのよ、ここ」

 グルナは慣れた様子で宿に入って行くと、カウンターの内側に回って馴染みらしい主人と言葉を交わし、ルフスらを手招きした。
 案内されたのは宿泊客用の食堂ではなく、居住区域だ。入ってすぐの場所に台所と靴を脱ぐスペースと仕切りが設けられている。ルフスもティランも素足で過ごすという習慣がないので、驚きつつもマナーに従った。仕切りの奥は板が敷き詰められた床に丸テーブルと椅子が置いてあった。テーブルの下、中心の辺りには、金属製の器があり、中には土屑のようなものが入れてある。グルナはそこに火を点けると、空気孔のある蓋を被せた。

「すぐあったまるわ。足元だけ気をつけて」
「いや、ていうかここ普通に他人の家やろ。ええんか?」
「いーのいーの、だって周りとか声とか気にせずゆっくり話したいでしょ。それでルフス、あんたはあの……」
「あ、呪い。大丈夫です、山吹が取り除いてくれて」

 グルナは目を丸くし、けれどすぐ納得したように頷いた。

「なるほどね。まあ、まずは座りましょ。ご飯が来るまでの間、色々聞かせてちょうだい」

 説明の殆どはティランによって行われた。
 順を追って簡潔に行われた説明は、必要な情報の漏れがなく、かといって余計な情報は省かれていてわかりやすい。やっぱ頭いいなあなどと、ティランの隣で、ルフスはしきりに感心していた。
 最後まで聞き終えたグルナは額を押さえて、頭が痛そうに顔を歪めている。

「まってまって、ちょっと情報多すぎてついてけないんだけど一旦整理させて」
「気持ちはわかる……」

 ティランが理解ある顔で言った。

「ありがと、ええとルフスは実はあの英雄王の子孫? いや生まれ変わりで? それでアンノウンっていう諸悪の根源を退治しようとしてて、神様が派遣してくれた山吹ちゃんはその手伝いをするために一緒に旅してる。そんでティラン、あんたは本当は五百年前の人間で、昔、英雄王の時代に現れたアンノウンから逃れるために鉄塊になって、その魔法が解けたのがついこの間、であってる?」
「まあ大まかに言うとそんな感じやな」
「じゃもうひとつ。これはただの確認なんだけど、その突拍子もない事態の中で、あたしがしてあげられることってあるのかしら。だってあたし、何かそんな特別な人間でもなくて普通に祓い屋のおばさんなんですけど」

 戸惑うグルナはまだ全てを受け入れ切れていない様子で、それでもどうにか受け止めようと必死な感じが言葉の裏に見えて、ルフスは密かに嬉しくなった。
 その隣でティランが真剣な表情で言う。

「祓い屋は、人間に憑りついた妖を引き剝がし退治する。その方法を知りたい」
「いいけどそれアンノウンに通用すんの?」
「わからん、けど、一つの対策として練っておくのは悪くないやろ」
「まあそうね」

 グルナは少し考えて、山吹に目を向けた。

「それだったら山吹ちゃんが適任かも。あたし達の使う術って、魔に属する力よりも神に属する力に近いから」
「ではグルナ殿。後ほどご教授願えますか?」
「いいわよ。とは言っても神の使いってんだから、あたしよりもずっと力も使える術も多いんだろうし。まーだからもしかしたら、大してお役には立てることはないかもだけどね。その辺、覚悟のうえで聞いてちょうだいね」
「宜しくお願いいたしします」

 山吹は頭を下げ、グルナは苦い笑みを零す。
 実際グルナが山吹に教えられるようなことなどないのかもしれない。それでも何か、そこにアンノウンを出し抜けるような策や方法を見出すことができるならば。
 そんなことを考えながら、ティランが思い出して言う。

「ああ、それと実はもう一つ、頼みがあるんや。おまえさん祓い屋なら、術で使う道具類とか持っとるよな」
「そうね、まあそれなりに」
「それいくつか譲ってもらえんか?」
「いいけど別に。どうすんの?」
「今開発しとる魔法に使う、大掛かりなやつで素材がいくつか必要なんや」
「何? 大掛かりな魔法って」
「まあちょっと」

 急に割り込んできたのはルフスで、ティランはちらりとルフスを横目で見てから、ぼそりと呟くように返す。
 ルフスはずいっと体ごと詰め寄り、ちょっと怒ったような調子で言う。

「まあちょっとってなんだよ」
「おまえさんに魔法のことをとやかく言うたところでわからんやろ」
「そりゃそうだけど……あ、そうだ」

 ルフスがぽんと手を叩く。
 ティランは変な顔になる。

「おれの考えたおれの役目」
「は?」
「今思いついた。ティランが危ないことに手を出そうとしたら止めるのがおれの役目とかどう?」
「あほか、五百年早いわ」
「五百年って、鉄になってたんじゃん。時間止まってた状態だろ? ティラン実際いくつなんだよ?」

 ちょっと間があった。
 顔をしかめて考えこみ、それからティランが自信なさげに言った。

「二十二か三か、いや四か、多分その辺……」
「うそだろ、そんなに?」
「そんなにってなんや」
「いやだって」

 思っていたより大人だったんだと、ルフスは声に出さずに心の中だけで呟く。
 その時ちょうど食事が運ばれてきて、話は一時中断した。
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