第八章 六日目・プロトタイプ完成 (二) 

文字数 2,098文字

 正宗は高まる緊張を押さえて本題に入った。
「では、さっそく、実物を見せてもらいましょうか」
「こちらです」

 グッドマンは正宗を部屋の隅に案内した。部屋の隅には正宗の半分くらいの大きさの黒い箱があった。
 黒い箱には上方に幾つかの小さなランプが付いており、幾つかは忙しなく緑色のランプが点滅していた。
 グッドマンは、黒い箱に繋がれて電源が入った真っ黒いディスプレイの前に座り、宣言した。
「これからデモを開始します」

 ディスプレイにデフォルメされたグッドマンと、フリフリの衣装を着たメイド姿の電子情報生命体のアバター(仮想世界で動く分身)が、画面の中に展開される教室に現れた。
 グッドマンが高校生レベルの算数の問題を提示すると、メイドアバターは的確に答えた。試しに値を正宗の指定した値に変えても、的確に答える。
 どうやら応用は利くらしい。また、メイドアバター側からも質問してくるので、自発的にも学習するらしかった。

 次にロールプレイを通して日常的な会話が繰り広げられた。これは実に上手く行っていて、問題ない。電子情報生命体は、グッドマンが褒めると照れ、悪意的になると怒った。
 デモは終わり、グッドマンが自信たっぷりに正宗からOKの返事を貰いに来た。
「どうでしょうか?」

 確かに悪くない。正宗が仕様書で要求している、学習機能、曖昧さ、自発的な欲求、他者との関わり方も表現されている。
 もしかすると、このまま開発を続ければ、これは行けるかもしれない。それに、見ていて何となく楽しい。

「グッドマンさん、私もロールプレイ、やってみてよろしいですか?」
「ええ、もちろんですとも。それでどのようなシチュエーションにしますか?」

 正宗はグッドマンから提示された五十近くあるシチュエーションの中から、一つを選んだ。
「私がお客で、電子情報生命体が食堂の店員という設定で、ロールプレイにしましょう。それと、せっかくですから、私のアバターも作ってもらえますか」
「了解しました」

 グッドマンは新規で正宗そっくりのアバターを作ると、席を正宗に譲り、操作法を教えた。
 正宗はアバターを動かし、画面に表示された食堂の席に着くなり、料理の注文をした。
「僕は鰻」

 メイドアバターはニコリと笑って応対した。
「鰻のプラズマ・グリルで、よろしいでしょうか」
 なるほど、状況判断は的確だ。少なくとも、相手が〝自分は鰻であると信じている人物〟とは解釈していない。

 正宗アバターが鰻のプラズマ・グリルを注文し、食べ終わると、正宗は再び試した。
「これ、下げてくだい」
「かしこまりました」
 メイドアバターは食器を厨房に持っていく。食器を地面に置いたりしない。これもOKだ。なら、ちょっと意地悪して、と……。

「あ、支払い用のカードを忘れたんですが」
 すかさずメイドアバターが店の奥のほうを向き、声を上げる。
「店長ぉー」

 見事だ。状況判断もできている。なら、もうちょっと意地悪して。
 そのまま店から逃亡しようと、正宗のアバターは店から走って逃げた。
 すると、メイドアバターは、フリフリのスカートの中からショットガンを取り出し、正宗アバターを目掛けて発砲した。

 正宗アバターは血を撒き散らしながら派手に倒れ、店の食品サンプルのケースに突っ込んだ。ケースがド派手に壊れた。
 画面に大きく『YOU DEAD』と赤文字で表示され、血のように垂れていく。その後ろではメイドアバターが何事もなかったかのように、ガラスの破片を掃除していた。

 正宗はメイドアバターの行動に衝撃を受けた。画面に釘付けになりながらも、後ろにいるグッドマンに意見を求めた。
「グッドマンさん。撃たれたんですけど」
 グッドマンは電子情報生命体の反応が意外だったのか、半分くらい固まったような声を出した。
「……のようですね」

 正宗は「もしや」と思い、ロールプレイでシチュエーションを変えてみた。
 正宗は強盗からタバコのポイ捨てまで、いろんな犯罪を実行して見た。すると、全ての行動で正宗のアバターは、メイドアバターに無情に撃ち殺された。

 ところが、同じことをグッドマンのアバターがやっても、そういう展開にはならない。
 なぜこんな設定が用意されているのかと疑問を感じる「男女の別れ話」というシチュエーションでも、やってみた。
 グッドマンは浮気を告白しても泣かれたり、怒られたりするのだが、正宗は即座にショットガンで脳天を撃ち抜かれた。

 電子情報生命体は正宗アバターに対しては、おおよそ加減や迷いがない。これは拙い。
 相手によって戦略を変えることは大事だが、これでは要求仕様書の『曖昧さを判断できる』『円滑に他者とコミュニケーションを取れること』に引っ掛かる。

 正宗はグッドマンに尋ねた。
「これ、まずいんじゃないですか?」
「これくらいなら、すぐに修正が可能ですよ」
 とグッドマンは言ったが、明らかに動揺していた。どうやら、予想外の事態らしい。正宗は大いに不安になった。
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