第四章 四日目・ITと金融(一)

文字数 3,035文字

 正宗は憂鬱な気分でオフィスの事務机を前に、うなだれて座っていた。
 七穂と別れてから結末を聞こうとして、どうにか源五郎と連絡を取ろうとした。が、源五郎の姿は見えなかった。

 翌日もう一度、源五郎の部署に電話をかけると、トーンの高い少女の声が返ってきた。
「はい、受付係のソミュアです」
「惑星開発課の正宗です。源五郎をお願いします」

 声の調子がヤサグレた感じになった。今度は近くに創造者がいないのだろう。
「ああ、源五郎ね。今日から休暇だわ」
「いつ頃、戻ってくる予定ですか」

「さあてね。ギャラクシー・カップを見に行くって言ったから、贔屓のチームが負けるまで帰って来ないつもりじゃないのー」
 源五郎にすぐにでも結果を確認したかったので、正宗はいささか落胆した。
「そうですか」

 ソミュアの声のトーンが高くなった。
「そうです」
「あの、ウチの創造者のことで何か言ってませんでした?」

「いいえー」
「あ、ありがとうございました」

 まだ、出発前かもと思い、源五郎の家にも電話した。だが、留守電の無機質な声が聞こえてくるのみ。
 源五郎は七穂に会えなかったのだろうか? そうすると、七穂には自力で鬱から立ち直ってもらうしかない。

 人の悲しみは時間が癒してくれる。だが、時は金なりだ。
 次の惑星開発日の四日目は、正宗の宇宙ではまだ三十日以上も先の話だが、七穂にとっては明後日にあたる。

 しかも、三日目のほとんど作業が進んでいない今、次の惑星開発日の四日目に七穂が来ないと、もう期限に間に合わない。
 つまり、七穂は自分のいる地球の時間で明後日までに立ち直らないと、今回の惑星開発事業は時間が足りなくなり、無惨な失敗に終わる可能性が高い。もし、このまま七穂が二度と来ない時は、惑星が完成せず、惑星開発は打ち切りとなる。

 打ち切りの可能性は高い。七穂の落ち込みようは、普通ではなかった。七穂の世界で何があったか知らない。が、七穂の時間にして一日、二日じゃ立ち直れないほど大きければ、正宗も立ち直れなくなる。
「はーーーあーーー」

 前回は七穂が逃げたので、惑星開発の進捗が全然ない。正宗には特にやることがなかった。
 ただ机に向かって座って、時折どこからともなく届く迷惑メールをドラッグ&ドロップでゴミ箱に捨てるだけの虚しい日々である。

 それでも気を紛らわせようと、フラフラと立ち上がり、部屋の整理を始めた。
 すると、七穂のエレベーターによって上部が切断された計画書が机の袖抽斗から出てきた。正宗は上部が切断された冊子をシュレッダー送りにした。
 シュレッダーは小気味良い音を立て、時間をかけて作成した書類を三十秒足らずで、キャベツの微塵切りよりも細かく切り刻んでいった。

「今にして思えば、これを作っている時は、まだ楽しかったな」
 昔の書類の廃棄を終え、部屋の整理も終わった。
 もう正宗は、やることもないので、もしもの事態に備えて、惑星開発打ち切りのための清算事業計画書の作成に取り掛かった。

 更地に戻す惑星フォーマットに、これだけ。もう一回、元に戻すから、これくらいか。空気の調整にこれだけ。山の造成費がこれだけ。海がこれぐらい。あーあ、発電所は完全にムダだったな……。
 数日後、清算事業計画書の内容が見えてきた。計画書の負債額欄を見ると、正宗は気が滅入った。いや、計画書を作り続ける作業自体に気が滅入っていた。

 一息ついて、自分しかいない寂しいオフィスを見渡すと、空いた椅子が目に留った。こうなると、部下がいなくて良かった気がする。犠牲者は自分一人でいいのだから。
 いっそ、世の無常を嘆いて、自分も宇宙行脚の旅に出ようかと考えていると、コンコンという電子音がした。

 正宗は唾を飲み込み、扉を開くのを待った。ついに、待ちに待った、源五郎が部屋に入ってきた。
 源五郎は相変わらずルクレールのヒトノツラを着ていたが、片手に紙袋を提げ、サングラスをして、派手に毒々しい花輪を首から提げていた。
「よー、今、帰ったぜ。いやー、昨年のギャラクシー・カップも熱いが、今年も熱かった。直に見に行ってよかったぜ」

 源五郎は半ば自分の指定席のようになった椅子に腰掛けると、ヒトノツラを脱いだ。
 源五郎は毛ヅヤよく、完全にリフレッシュしきった顔で、しげしげと正宗を見た。
「正宗。どうしたんだ? 何だか、少し見ない間に、やつれちまったな」

 正宗は果たして七穂が源五郎に会いに行ったのか、不安で押し潰されそうだった。正宗は源五郎の顔を見て、不安の苦しみから逃れるべく早口に尋ねた。
「き、聞きたいことがあるんだ。七穂がお前のところに相談に行かなかったか?」

 源五郎は自分の持ってきた紙袋から何やら、お土産の茶のような物を取り出しながら答える。
「ああ、来たよ。苦しみを取り去ってください、ってな」
 やっぱり、七穂は源五郎のところに行ったのだ。ひょっとして、やってくれたのか。源五郎様が救ってくださったのか?
「それで、何て言ったんだ?」

 源五郎はお茶の準備をしながら、
「何って言ったって、お前、あれから大変だったんだぜ。あれこれ、三時間も捕まって、こちとら、昼飯を抜きで付き合わされたんだ。だが、安心しろ。お嬢ちゃん、次の惑星開発日には、ちゃんと来るそうだ」
 助かった。これで、打ち切りは免れた。
「そうか、源五郎、助かったよ。ところで、七穂の悩みって、そもそも何だったんだ?」

 源五郎は嫌そうに顔をしかめた。
「相談された内容を他人にペラペラしゃべったりはしないんでね。ただ、何であのお嬢ちゃんがロボットの国を作りたがるか、わかった気がしたぜ」
「何か理由があるのか?」

 源五郎はお茶を淹れる作業をそこで一旦とめ、正宗に視線を合わせた。源五郎は真剣な面持ちで説教してきた。
「それと、お前も銭金ばかり考えてないで、相手のことをわかろうとしないと、いつか本当の事故を起こすぞ」

 確かに自分は今まで七穂が何を考え、プランを実行するのかを、考えていなかった。ただ、上から言われるだけの業務を実行しつつも、どうにか自分の意見を滑り込ませることに腐心していた。
 源五郎にそう説教されても、素直に受け取ることはできない。相手はしょせん、六日間だけの付き合いで、好き勝手を言うだけの存在だ。深い関係なぞ、望めるはずもない。

 源五郎は正宗から視線を外すと、椀にお湯を注いでから、一度それを捨て、青いお茶を注いで正宗の前に置いた。
 正宗がお茶を一口そっと含むと、お茶は源五郎の言葉と同じで、少々苦く、辛味があった。
 自分は間違っていたのだろうか? 七穂の言う注文は素直に「はい、はい」と聞いておくべきだったのだろうか?

 いや。言うことを聞くだけなら、自分は必要ない。自分がいる理由とは、なんなだろう?
 答は出なかった。答が出ないなら、どうするか。
 決まっている。自分で探していくしかない。正宗はお茶を飲み干すと決心した。
「次に会った時は、もっと話してみよう。最良の道を探して見よう」

 正宗が決心するまで、源五郎は黙って空になった椀を手で遊びながら、ジッと待っていた。正宗の決心を聞くと源五郎は立ち上がり、
「そうしろ。それが社長の意思であり宇宙の均質化を逃れるための、お前の責務だ」
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