第二章 二日目・星を動かす者(一)

文字数 4,477文字

 宇宙は一つである。だが、均一ではない。
 再現性のある法則を持つ有限空間のほうが、実は遥かに狭い。我々のいる知る宇宙なぞサイダーの中で立ち上る泡のように小さく、再現性のない宇宙の不均一さを持つ空間で囲まれているのだ。

 そのため、光を越える超高速度、空間を捻じ曲げるテレポート、時間移動も不均一世界では意味をなさない。
 つまり、宇宙には理屈では越えられない空間が大多数を占め、形を持つものには越えられない壁として、聳え立っている。

 この越えられない壁のせいで、宇宙は全体では一つだが、一本の瓶の中のサイダーの泡のように、見かけ上は多数の宇宙が存在するのだ。
 多数の宇宙には、惑星に生命が誕生して自発的に発展するものもあれば、一つの意思によって開発される宇宙もある。正宗の住む宇宙が、まさに絶対の一つの意思によって開発された宇宙であった。

 正宗が住んでいる宇宙の開発は最初の内、今の惑星開発公社の社長が、一人でセッセと個人企業的にやっていた。
 社長は昔〝宇宙における最初にして唯一である絶対意思〟と呼ばれていた。その社長本人が〝長い〟〝仰々しい〟といって呼称を嫌った。

 次に神という呼び名の候補も上がった。だが「それは被創造物である惑星の生物が使う言葉だし、短すぎる」と言われ、紆余曲折を経た末に、最も単純に社長と呼ばれるようになった。
 さて、社長は宇宙開発を効率的に実行するために、自分用の召使として〝星の従者〟を創造した。

〝星の従者〟は社長が自分の創造する星に住まわせる動物用に集めた、他の宇宙の動物サンプルの中から姿形が気に入ったものを元に作られた。
 そのため、住民自身に「地球」と呼ばれている僻惑星が宇宙には幾つか存在したが、その惑星上の動物に似ていた。中でも社長は、ふかふかの毛皮を持つ哺乳類の赤ん坊がお気に入りだった。理由は「可愛いから」だそうだ。

 だが、社長がサンプルを集めた中には運悪く(運良く)可愛い人類はいなかった。人類はふかふかの毛皮を持たず、毛皮を剃り落としたみたいに「醜悪」だったからである。そこで人間は〝星の従者〟の対象外となった。

 結局〝星の従者〟になれたのは、社長のお気に入りベスト二十四に選ばれた、いずれも毛の長い毛皮を持つ動物たちだった。
 星の従者の体は、惑星になれなかった宇宙に漂っている宇宙塵物質をリサイクルして作られているので、生き物のように寝食を必要とした。

 魂は生前に『善良ではあるが、天国に入れるほどでない中途半端な魂』が余っていたのを使っているので、誠実ではあるが、欲もある。
 肉体と魂に最後に社長の秘密のレシピを加えれば、正宗たち〝星の従者〟ができあがる。

 社長は〝星の従者〟を効率的に働かせるために組織を作った。組織に論功行賞を取り入れ、評価を繰り返す内に、いくつもの組織ができた。
 組織が分裂と統合を繰り返しながら発展するうちに、経済の枠組みを利用し、星を作って売買する現在の経済形態になったのだ。

 それが、宇宙開発公社等の全宇宙規模の企業体の発祥起源であり、初期の企業にできた労働組合が議会の元である。 
 ではなぜ、二宮七穂のような創造者を他の宇宙から呼んでくるのか。それは長年に亘って同じような枠組みで惑星創造をやっていると、似たような星ばかりになる傾向が出てきたためだ。

 結果、宇宙を見れば、どこもかしこも猿から進化した、毛皮のない生命体だらけになって、同じように進化し、同じように滅びる――を一定周期で繰り返し始めた。
 社長は、そこで崇高な頭脳の一部を使い、思考実験を行った。しばしの瞑想の時を得て出た結果――百%の確率で「このまま行けば、やがて宇宙は均質化し、ゆっくりと滅びに向かう」という結論を社長は得た。また、社長の卓越した頭脳は、対応策も同時に考え出していた。

 対応策とは、宇宙が均質化しないように、他の宇宙から知恵を借りることだった。
 やり方は、社長が他の宇宙から最低限必要な知性と良識を持った生命体を無作為に選ぶ。選ばれた生命体は、正宗たちの住む宇宙に〝星の創造者〟として呼び出される。

 ただし、宇宙には形を持つものが越えられない壁があるので、選ばれた知的生命体は眠っている時に、精神だけがやってくる。
 精神とは情報である。情報には記すための型はあっても、形は存在しない。また、情報であるがゆえに、極小時間においては複数の点で存在できる。つまり、自らが移動しなくても、別の宇宙に存在できるのだ。

 こうして、選ばれた知的生命体は宇宙開発公社の『創造者様の控え室』と呼ばれる場所に召喚され、案内係から説明を受ける。
 そこで創造者になることを知的生命体が承諾すると、やってきた精神は創造者の力と姿を与えられ、開発予定の星に来ることができるのだ。

 正宗の勤める宇宙開発公社の支社は、大半が荒野の惑星上にあった。惑星は最近の、つい三百年ほど前に宇宙開発公社の支社用に整備されたので、非常に新しい。
 だが、本社のある正宗たちの宇宙の中心からは七千五百万光年ほど離れた郊外惑星にあった。

 何もない荒野に聳え立つ、近代的な六つの大きなビルが繋がってできた、ヘキサゴン・タワー。それが正宗の所属する宇宙開発公社である。
 もっとも、この星にはタワーからかなり離れた場所に、物資輸送のトランスポーターや惑星開発に必要な物資を生産する工場もある。

 だが、工場などの施設は離れすぎているので、直径十キロ、高さ千メートルのヘキサゴン・タワーの最上階からでも、見ることができない。
 宇宙開発公社があるヘキサゴン・タワーでは、大勢の〝星の従者〟が住み、仕事に励んでいた。
 六つのタワーの内の一つが居住区、もう一つが娯楽施設と医療施設を完備したショッピング・モール。残りの四つのタワーが、正宗たち〝星の従者〟の仕事場である。

 仕事場となる四つのタワーの地下には、契約書等の古い文書保管庫がある。タワーの地上部には、下から順に資料室や図書室の下層フロアー、正宗たちの仕事場の中層フロアー、役員室と大会議室からなる上層フロアーとなっている。
 正宗はヘキサゴン・タワーの中層階の惑星開発事業部フロアーに、自分用の八畳ほどの部屋を所持していた。

 部屋はフロアーの隅にあり、灰色の床と白い壁に囲まれた、いかにも量産品を組み合わせてできた安物オフィス、といった感じである。
 正宗は自分のオフィスで相変わらず白シャツに股引、腹巻姿で捻り鉢巻をして仕事をしていた。
 七穂がいない間にも、仕事は山ほどあった。土地造成実行書、海洋開発用件書、エネルギー収支計算書、惑星構造計算書、発電所発注伝票、海水発注伝票など、作らねばならない書類は多かった。

 ベテランの正宗にとっては、簡単な作業だった。正宗は元々、下積みの期間が長く、このような書類作りをやらされていた。
 今回その苦労がやっと実り、チーフになった。チーフになったので部屋を与えられたのだが、現在は部下がいない。

 本当は部下が二人配置され、地球と同じ大きさくらいの中規模の惑星開発を任される予定だった。
 その内の一人が、「ファンのスポーツチームがギャラクシー・カップに遠征に行くので、一緒に応援に行きます」と会社を退職。 
 もう一人はその一ヵ月後に「この世の無常を悟りました。世界の未来のために宇宙行脚の旅に出ます」という理由で退職した。

 さすがに、この時ばかりは自分より若い世代が何を考えているかわからず、人事部に相談した。
 正宗は数多の人間を見てきてくれた人事の人間なら理解してくれる。少なくとも、崩壊した係を立て直すためにいい人材を補充してくれると思っていた。
 ところが人事のベテラン職員の春日という女には「単に貴方が嫌われただけでしょ?」と冷たく言い放たれ、ショックを受けた。

 それどころころか、管理責任ついてチクチクと言われ、二重のショックとなった。もちろん、必要な人員補充については、触れられることは全然なかった。
 こうして、部屋には管理職の正宗一人が残ったのだった。このように正宗の管理職の道は躓いて始まった。

 もちろん一人では中規模惑星の開発はできない。正宗は会社に掛け合った。「人が欲しい」と。
 すると一枚の紙ペラが村上課長から渡された。
 紙の内容を要約すると「人員の補充はしない。人を遊ばせない」というものだった。

 会社の方針で正宗は結局、誰もやりたがらないような〝いわくつき〟の小さな惑星の再開発を任されたのだ。
 正宗は灰色の事務机の上に載った型落ち端末のキーボードを叩きながら、七穂立案のロボットの星に替わる案を考えていた。

「このままじゃあ、先が暗い。暗すぎる。幸い、まだ初日だ。変更はどうとでも効く」
 正宗には七穂の正体はわからない。だが、これまでの先輩の下で創造者を見てきた経験から、七穂が〝いわゆる少女〟であると想定して、ヤマを張って攻略を開始した。

 できる限り少女が好みそうな、キュートでファンシーな惑星プランを練った。そうして七穂に勧める新プランのプランBは、九割九分ほどできていた。
「まあ、七穂のロボの星プランは法務部で却下だろう。さて、あとは、どうやって自然に、このプランBに誘導するかだな」

 正宗が力作のプランBを印刷に掛けたころ、コンコンという電子音がした。
 電子音はドアの前に誰かが静止すると、認証を兼ねて鳴る仕組みになっていた。
 同じ惑星事業部の人間だと、ゴンゴン。出前や宅配なら、キンコンと鳴る。コンコンは他部署の人間を意味していた。
「どうぞー」

 本来はこちらから鍵を開けなければならない。しかし、一々認証するのが不精な正宗は、自分が出社している間は部屋の扉の設定を〝関係者なら全て通す〟に設定していた。
 そのため、扉の外で武器を携帯していないかぎりは、たいてい認証をパスして入室できる。

 扉を開けて入ってきたのは、頭のてっ辺にピンクのリボンを付けた、七穂と同じくらいの背丈の少女だった。少女は縦ロールの金髪で、赤を基調とした、フリルの多く付いたワンピースを着て、赤い靴を履いていた。
 少女の胸のところにはネームプレートがあって《ルクレール》と書いてあった。

 少女は大またで、灰色の床を歩いてやってきた。ネームプレートは《ルクレール》だが、本名は源五郎。別の宇宙からやってき創造者の一番初めに相手をする、案内係のオペレータである。
 仕事時には可愛く「ルクレールと呼んでねー」と創造者に語り掛けているが、内部の人間は本名のまま、源五郎と呼んでいた。

 源五郎は正宗とは入社同期にあたる。源五郎は後輩の面倒見が良く、付き合いも良い。
 また、惑星開発一筋の正宗と違い、短期間に色々な部署を渡り歩いてきたので、公社内の事情に詳しかった。
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