第九章 まだ、六日目・デスマーチの靴音(三) 

文字数 3,378文字

 正宗たちが入ってきた入口の大扉の反対側の壁の一部が盛り上がって、スライドした。
 そこには脇にノートパソコンを抱えた、グレーのスーツ姿で赤い縞のあるネクタイを締めたグッドマンが立っていた。

 正宗はすぐにグッドマンを七穂に引き合わせた。
「七穂さん、紹介しますね。こちらが今日、電子情報生命体を紹介していただく、GRC社のグッドマン社長です」
 グッドマンはお辞儀すると、両手で名刺を七穂に差し出した。名刺は七穂の手に渡ると、表面に刷られたグッドマンから立体映像が飛び出した。その立体映像が挨拶をする。

「初めまして。今回の電子情報生命体の開発をやらせていただいた、ギャラクシー・リスク・チャレンジのグッドマンと申します。言葉は、このネクタイ型翻訳機で話せますので、何なりと仰ってください」
 正宗は少し離れたところで、石鹸の泡が弾けるような声で呟く。
「できれば、何も仰らないでください」と――。

 グッドマンは七穂に挨拶すると、同じ顔の土地神にも挨拶していった。
 土地神も七穂を真似て、ペコリとお辞儀をして名刺を預かった。
 だが、土地神が名刺からの挨拶が終わっても何も言わないので、グッドマンは正宗に向き直って怪訝そうに尋ねた。
「こちらの創造者様そっくりの方は、どなたですか」

 七穂は笑顔で、少し得意気に紹介した。
「この星の土地神様です」
「そうですか、私がグッドマンです」

 グッドマンは笑顔でもう一度、土地神に挨拶した。
「では、これから、デモの機材を運んできますので、少々お待ちください」
 グッドマンは出てきたばかりの扉の中に戻っていった。
「ああ、手伝いますよ」

 正宗はすぐにグッドマンの後を追っていき、機材を運ぼうとした。
 グッドマンに追いついて、七穂たちから充分に離れた場所に来ると、グッドマンは正宗に尋ねた。
「不勉強ですいません、正宗さん。ところで、土地神さんとは、どういう役職の方ですか?」
 改めて外部の人間から聞かれると困る。

「現地で雇った、住み込みの管理人兼この星の信仰の対象です」
 グッドマンの目が驚きのためか、少し大きく開いた。
「え! 信仰の対象が実在するのですか?」
 普通そんな星は正宗も聴いた覚えがない。が、創造者である七穂が決めたことだ。七穂が白といえば白、土地神といえば土地神。ここでは七穂がルールなのだ。

「はい、この星では、そうです」
 グッドマンは顎に手をやり考える。
「とすると? ああ、あの人が追加になった信仰の対象ですか。信仰の対象が実在するのですか? うーん、さっそくプログラムを変えなきゃいけませんね」

 グッドマンの言葉を聞いて、これまで的中してきた嫌な予感が頭を過ぎた。もしかして、これ以上もっと大きな仕様の漏れや追加が出やしないだろうな。
 数分後に、端末と機材を能面から延びるコードに繋いでのデモが始まった。
 デモ内容は正宗が会社で見せてもらったものと、ほぼ同じだった。

 だが、今度は連想する言葉で話を作る連想紙芝居ゲームをしても、異常言動が出なかった。トレーディング・カードゲーム(全二千種類)をやっても、処理が遅くならない。
 デモを見た七穂も面白がり、面白い玩具でも見た子供のように目を輝かせた。
「ねえ、私にもやらせてー」

 七穂の言葉を聞いて、正宗はハラハラした。まさか、七穂のアバターを撃ち殺して、機嫌を損ねるんじゃないだろうな。
 よしてくれよ。ここで七穂がヘソを曲げたら、開発計画も俺の体も、真っ二つに折れるぞ。
 だが、電子情報生命体は七穂が悪戯をしかけても、以前の正宗に対処したように撃ち殺すような真似をして不興を買う失敗もなかった。

 デモ終了後、正宗は安堵した。
(良かった、無事に済んだ。しかも百パーセントの完璧クリアーだ。これなら、文句なしだ。あとは電子情報生命体の個体数を増やして学習させ、知能を増加させれば完成だ。ここに来て、やっと明るい未来が見えてきた。報われたぞ。ありがとう、グッドマン)

 会心の出来に、満足げにグッドマンが七穂を見た。
「いかがでしょうか?」
 七穂は腕組みながら、感心した様子で大きく頷いた。
「うん。微妙なニュアンスの会話も成立するし、自分で好奇心を持って学習もする。それに、直感や閃きもあるなんて、凄いねー」

 グッドマンは七穂の賛辞に満面の笑みを浮かべた。
「はい、それは、もう完全です」
「じゃあ、歌を歌わせるのはできる?」

 グッドマンは自信ありげに胸を張った。
「もちろん。それで、どんな歌ですか?」
「この惑星の星歌」

 七穂の言葉を聞いて、キーボード上にあるグッドマンの手が停まった。グッドマンは七穂に向き直ると、縞のある顔を少し曇らせ、困ったように発言する。
「すいません、まだプログラムしていません。それは、どんな歌でしょう?」
「だから、この星の住人に相応しい歌を作ってもらって、歌ってもらうの」

 グッドマンの顔の縞が広がり、顔つきが変わった。
「歌を――歌を、自分で作って歌うのですか?」
 七穂は当然というように、胸を張った。
「そうよー。この星の住民はサーバーの中で暮らしているけど。花鳥風月を愛し、美しいものを美しいって感じて、歌をこよなく愛するの」

 グッドマンの顔から先ほどの満面の笑みは完全に姿を消した。黒い目が大きく開き、顔の縞がヒクヒクと神経質に動いた。
「ちょっと、待ってください。そんなの、仕様書に記載されていましたか?」

 グッドマンが驚くのは理解できる。正宗もまさかそこまで七穂が要求するとは、夢にも思わなかった。
「あれ? でも、前にクロさんと一緒に作った仕様書の中には『文明の項目』に〝創造性を持ち、自己を表現できる〟ってあったでしょ」

 そう言われれば、そんな項目を七穂に言われて追加した記憶がある。
 正宗は腹巻の中から分厚い仕様書を取り出し、確認した。愕然としたことに、七穂の言うとおりだった。
「七穂さん、確かに、ここにそういう記述が有ります。ですが、これを根拠に〝歌を作って歌ったり、花鳥風月を愛する〟というのは、解釈の拡大しすぎじゃないですか?」

 すかさず七穂は、いとも簡単に言ってのけた。
「じゃあ、追加してよ。あと、それとね〝楽しい時は皆で踊る〟もお願い」
 ここに来て『雲で綿飴を作れ』というにも等しい難解な仕様の追加が発生した。

 それに伴って発生する作業数を瞬時に見積もったのか、グッドマンは声も心も震えているようだった。
「皆、ですって? 今このように画面にアバターが映っているのは、あくまでもデモのために作った動作を我々に見せるための機能でしかないんです。ですから、一度に全ての情報生命体を表示して躍らせることはできません。もし、するとなると、本格的にサーバーを拡張して、仮の肉体を持つ設計にしないとダメなんです。ですが、仕様書に、その記述は、なかったはずです」

「でも〝遠隔操作でロボットが操れること〟っていう項目はあったでしょ? だから、ロボットを動かして、皆で踊るの。歌も踊りも創造的な行為で、自己を表現することよー」
 プログラムを作って欲しいという時に、抽象的な項目が入ることは無論ある。
 もちろん今回の要求仕様書を正宗が作った時にも、そういう抽象的な表現があった。七穂に意見を求めたときにも、抽象的な要求を盛り込んだ。

 だが、抽象的な要求を詰める実際の作業は、正宗とグッドマンの二人だけの間で行われた。実行に際しての詳細は項目の後ろに並べておいた。
 仕様の詳細を書いていく中で、二人の間では〝後ろに挙げた仕様の項目だけ実行すれば良い〟との認識があったのも事実だ。

 しかし、二人の仕様に対する認識に問題があった。そもそも要求を盛り込んだ仕様書は、発注前にできていなければならない。
 ところが、電子情報生命体の構想は七穂が途中で言い出したため、発注時には仕様が纏まっていなかった。しかも、七穂と正宗は一緒にいる時間が短く、意思統一されていなかったので、七穂の指摘事項をキチンと盛り込めなかった。正宗&グッドマンが考える以上に七穂の理想は高かったのだ。
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