第十章 七日目・誕生に愛を (五) 

文字数 5,783文字

 土地神の理論を聞いて、グッドマンが技術者として見解を述べた。
「確かに理屈の上では、そういうインターフェイスの仕方が可能ですね。伝達する情報量から考えても、私が創造者様の言葉を聞いて電子情報生命体にプログラム言語に直していくより、短い時間で膨大な情報量を伝えられます」

 七穂は白く柔らかい手を正宗に差し出した。
「じゃあ、やろうよ」
 土地神も無言で正宗に手を差し出した。グッドマンは処理速度を上げるために、サーバー室で動く適当なロボットたちを、次々と有線でサーバーに繋ぎ始めた。

 やれやれ、皆、やる気充分だな。土地神の言う方法だと、疲れるのは俺だけなんだけどね。
 まあ、疲労も大分、回復したから、ここで土地神の提案に付き合っても倒れるほどのことはないだろう。ダメ元で付き合うか。一度やれば七穂も満足するだろう。
 正宗は七穂の顔を見ながら、手を差し出した。
「七穂さん、うまく行く保障はありませんよ」

 七穂はニッコリと笑い、正宗の手を取った。サーバーの電子情報生命体、ロボット、土地神、正宗そして七穂が、一つの繋がりとなった。
 正宗は心を静かにして、柔らかく温かい小さな手に意識を一旦じーっと集中させてから、心を解放した。
 七穂の思いが伝わり、反響するように情報生命体の思考が体の中を、夏の台風のような勢いで循環し始めた。この時、正宗は七穂の思いと同時に、七穂の記憶に触れた。

 七穂は惑星上の姿と違い、自分の世界では細身の二十歳くらいの女性だった。家族は、優しく忙しい父親と、一匹の雑種の犬。
 七穂のいた世界では、進んだ科学により、人間は長生きできるようになり、平均寿命が百二十歳を超えていた。

 また、遺伝子操作で高い知能を持つ人間も作れるようになった。だが、高度に知的な遺伝子は知能の増進と引き換えに、DNAが壊れやすくなる複製不良の欠陥が生じ、寿命を四十年程度に制限してしまった。
 その結果、政府は一般人として長生きするか、選ばれた人間として短い人生を送るかを生まれながらにして選ぶ社会となった。

 やがて、高度知的化遺伝子を組み込まれた人間は特権階級となっていった。
 また、高度知的化遺伝子を埋め込まれた人間は、自分の子供にも遺伝子を埋め込むようになった。
 七穂の父親も、特権階級の政治家だった。七穂が生まれた時から長く生きられないというのは、決定事項。

 だが、七穂の周りの人間は皆、特権階級の人間だったから、七穂にとって平均寿命の四十年は普通のことで、別に長生きできないことに悲観していなかった。
 七穂は五歳の時、急に全身に悪寒が走り、気分が悪くなって倒れた。

 七穂は救急センターで治療を受けながら、医者が父に言っているのを聞いた。
「残念ですが、七穂さんの病気は遺伝子負荷症候群です。七穂さんは高度知的遺伝子保持者の内で一万人に一人が罹る、DNAの二重螺旋に構造的な欠陥が生じて捻れ、複製が連鎖的に狂っていく難病を発病しました」

 七穂は医者の顔は覚えていないが、医者の言葉は今でも覚えていた。
 それが七穂の死ぬまで終わることのない病気との付き合いの始まりだった。壊れたファスナーのように複製できなくなるDNAを、間断なく補い続けなければならない。太古の病気の人工透析のように、脊髄に注射して造血細胞のDNAを人為的かつ定期的に更新しなければならないのだ。

 七穂にとってこの時から、生きていることは肉体的に苦痛を伴うものとなった。
 七穂は注射のたびに肉体的に激しく消耗するので、外には出られなくなった。
 セキュリティと自動化が高度に行き届いた自宅では、家事や介護は機械がこなす。父親は通院時の負担を減らすために遠隔医療システムを自宅に導入してくれた。おかげで、七穂は病院に行かなくても診察、検査、投薬等の医療が自宅で受けられた。

 広い庭の草木にも遺伝子操作が行き届き、必要以上に伸びることがない。庭は週に一度ロボットが清掃に入れば、人間が手を入れなくても、五年くらいは荒れることがなかった。
 父親宛に贈答品や郵便物が届くが、高所得者の各家庭には物品搬送システムが整備されているので、配達人も来なかった。

 父は不在がちなのは皆が知っているので、父に用事のある人は直接、父の職場に赴く。
 特権階級下の人間の家には許可なく人が立ち入れないので、セールスや宗教の勧誘すらも来ない。
 外部からは人は来なかった。では親戚はというと、それも訪ねてこなかった。
 政府の方針により、特定の血筋が権力を独占することのないように、高度知的遺伝子を持った子供は二人までと決められていた。

 父親に兄弟はいない。亡くなった母親には芸術家の姉がいたが、七穂の父と折り合いが悪かった。また、外国暮らしのせいか、七穂の母がなくなってからは交流が全くない。
 七穂の家には誰も訪ねこない。特権階級の家とは独りっきりの王国だった。七穂にとって一人の時間が当たり前なので、寂しいという感情はなかった。

 そんな王国を訪ねてきた者もいる、小さく捨てられたであろう雑種の犬だった。
 七穂は、ペットを欲しいとは思っていなかった。だが、たとえ犬でも、自分を訪ねてきたと思うと嬉しく、七穂は犬を家に入れた。
 父親は「もっと良い犬を買ってあげる」と言ったが、断った。七穂にとって〝自分を訪ねてきた〟という事実が大切だった。

 七穂は、ちょうどその時に読んでいた『ガリバー旅行記』からヒントを得て、犬にガリバーと名づけた。七穂はガリバーの頭を撫でながら、よく独りごとのように呟いていた。
「うちには、誰も来ないねー」
 七穂は家では、ほとんど独り。症状が悪化した時には入院するが、病院でも自動化が行き届いた綺麗な大きな個室のため、やはり独り。

 定期的なDNA注射のせいで、学校にもほとんど行けなかった。学校に行けず悔しくて、起きている時間をフルに使って一杯の勉強をした。
 おかげで、十四歳で星の最高学府と言われる場所にさえ入学できる権利を得た。父親は祝ってくれたので、七穂は一応、嬉しい顔をして見せたが、充実感はなかった。

 七穂には学校生活という時間も、友達といった存在もなかった。それが、失われた子供としての時間を取り戻したい願望となり、精神に反映されたのか、クロさんのいる惑星に来る時は、七穂は子供の姿になっていた。
 七穂は服を着ている時間の十倍はパジャマで過ごし、人生の半分以上を寝て過ごしていた。
「自分に与えられた時間が一般人の三分の一なのに、ほとんど寝ているなんて無駄ね」

 七穂は眠っている時間に脳を疲労させずに、情報を流し込み、勉強と研究をさせる装置を三年で完成させた。
 特許も取れたので、もう収入的には、父親に頼らなくても独りで生活できるようになった。
 手にした額があまりにも大きかったので、運用法を検討するうちに自分でやってみたくなり、金融を学んだ。結果はそれほど増えなかったが、本がかけるほど詳しくなった。

 結果として家にいる時間が長くなり、人とよけいに逢わなくなった。
 このころになると、七穂にも縁談が持ち上がるようになった。だが、七穂は結婚して子供を作る未来に幸福も希望も見出せなかったので、全て断った。
 七穂は起きている時間が暇になった。経験が乏しい七穂には、自分が何をしたいのかが良くわからなかった。

 七穂は経験シミュレーターを通して、物語の主人公になるのも経験してみた。ドキドキ期待しながら、青春小説や学園ものを試してみた。
 期待は外れだった。どうやら、学園ものや青春ものには〝約束事〟があるらしく、それが他人との接触がなくて理解できない七穂には、まるで楽しめなかった。

 残った時間は、父親の映像ライブラリーからSFや相撲、経済や政治を観賞し残った時間を緩慢に生きていた。
 いつしか二十歳になり、寿命の人生の半分が終わった。人生とは意外とつまらないものだと感じた。七穂はあとの二十年を、どうやって時間を潰そうか、陰鬱に悩んだりした。

 やがて、七穂が作った装置の機能をバージョンアップし、初めて試したとき、クロさんたちがいる世界の入口が七穂の前に開いた。
 最初は装置のバグで自分が夢を見ているかとも思った。七穂はすぐに、自分の頭で演算を開始し、現状を把握しようとした。
 結果として七穂の優れた頭脳は「今おかれた現状が単純な夢ではない」との結論に至った。驚きだった。

 七穂は「自分が別の宇宙にいる」という仮説を得た。七穂は仮説を確かめるべく、ルクレールという可愛い女の子に色々と尋ねるうちに、確証に至った。ルクレールとはすぐに親しくなり〝ちゃん〟付けで呼べる友達になれた。

 七穂は最初そこで、壮大な実験を考えた。
「自分のいた世界は正しいのだろうか? では、逆に生命が寿命を持たず階級が存在しないロボットの星を作ると、どうなるのだろう?」
 もし、七穂が作った星の住人が幸せなら、七穂の暮らす星はやはり、間違っているのではないか。
「もし、そうなら、そのときは、自分のいる星を自らが設計した高連鎖エネルギー増殖装置を暴走させて滅ぼそう」

 どうせ、自分にとって大切な世界ではないし、父もあと二、三年で寿命を迎えるのだ。自分を愛してくれる唯一の存在である父親がいなくなれば、世界に価値はない。
 その一方で七穂は、こうも考えた。
「もし、自分の作った星の住人が不幸にしかならないなら、自分は運命を受け入れ、黙って残りの人生を暇潰ししながら、過ごそう」

 七穂にとって惑星開発は壮大な社会実験であり、人生の検証だった。
 しかし、クロさんやルクレールちゃんと会って、話していくうちに、楽しくなった。「自分は今、遊んでいる!」という充実感を実感できた。
 楽しくなってくると、考え方が変わった。七穂の暮らす星のことは、どうでもよくなった。ただ、七穂の作る星には希望が残ればいいと思った。

 七穂の広がる心は新たなる出会いとして、惑星推進装置となった。惑星開発は、とても楽しかった。クロさんも満面の笑顔を浮かべ喜んで、私にいつも賛同してくれている。
 惑星開発日二日目が終わって七穂が目覚まし、自分の世界に戻ってくると、愛犬のガリバーが動かなくなっていた。

 触ってみると、ガリバーは温かい。奇妙なことにガリバーは、いつまでも温かかった。
 七穂はもしやと思い、ガリバーを解剖した。七穂の予想通り、ガリバーはロボットだった。
 七穂はすぐに、父に尋ねた。
「ガリバーはロボットだったの?」

 父は白状した。ガリバーは三年前に亡くなったが、七穂が悲しむと思い、七穂が気付かないうちに精巧なロボットにすり替えたのだ。
 ガリバーの死を知らされ、七穂はショックだった。また、七穂はガリバーが偽物に替わっていた事実に気付いてやれなかった自分を責めた。

 ガリバーは大切な存在だった。一緒にいた時間だけなら、不在がちな父親より遙かに長かった。
 七穂はとても悲しかった。自分の人生が嫌になった。
 七穂はガリバーの墓を父に教えてもらい、本物のガリバーの眠る墓に病気の体を押して一人で墓参りに行った。

 墓は郊外のペット霊園にあり、そこには三十センチ四方の合金の金属プレートがあり、ガリバーの名が刻んであった。
 七穂は墓の前に立つと、ガリバーのホログラフィーが映し出された。
 七穂はホログラフィーのガリバーに問うた。
「ねえ、ガリバー。あなたは本当に死んじゃったの?」
 七穂とガリバーと目が合った。そのときホログラフィーのガリバーが答えた気がした。
「そうだよ、七穂ちゃん。僕はもういないんだよ」

 涙が溢れてきた。七穂はしばらく、泣き続けた。
 ガリバー墓参りから返ってきて泣き続けた七穂は泣き疲れて眠り、クロさんのいる星に行くと、全てがどうでもよくなった。
 七穂は惑星開発を投げ出した。帰る途中で、クロさんから教えてもらった『心の苦しみを取り去る力』を持つというルクレールちゃんに会いに行った。

 ルクレールちゃんは七穂の話をただただ、黙って聞いてくれた。ルクレールちゃんは七穂の話を聞くだけ。
 だが、自分よりまだ幼いルクレールちゃんと命について話し合うと、本当に苦しみが和らいだ。ルクレールちゃんとは七日間しか会わなかったが、不思議な子だと思った。
 惑星開発もやる気になった。七穂は「ロボットでもダメだ」と考えた。
「ロボットは故障する」

 真に死なない者は、より肉体的なものから離れなければいけないと考え、電子情報生命体構想を考えた。
 惑星開発も終盤になって七穂は最近になって気がついたことがある。
 七穂はガリバーの死によって失ったものがあるが、同時に、得たものもある事実に気が付いた。七穂はそれまで死とは脳が活動を止め、体が細かい有機物に分解される以上の何事でもなかった。だが、ガリバーの死により、考え方が変わった。

 それまで、否定的だった宗教や信仰にも理解を示すようになり、命とは単に物質的な現象の組み合わせではないと思えた。以前の自分なら、土地神が住まわせるなんていう発想は出なかっただろう。でも、今は違う。土地神は星の先輩であり、新しく生まれてくる貴方たちにこそ必要な存在なんだ。

 七穂は惑星開発の七日間により自分を知った。自分は孤独に病んでいたのだと。また、七穂は学んだ。人は宇宙でたった一人なんてことはない。誰かが自分を望んでいるのだと。
 自分はどこかで、誰かと繋がっている。そこは別の宇宙かもしれない。だったら自分のいる宇宙でも、そうではないだろうか。

 七穂は強く思った。自分も新たな繋がりを造りたい。自分の思いを伝えたい。それがこの惑星開発。だから、電子情報生命体である貴方たちも、その中に入ろうよ。
 ひょっとしたら、そこには姿を変えた、ガリバーがいるかもしれない。私はこの星に生まれた生命を望み、そして祝福する。ようこそ、私の創った星に。
「ハッピー・バースディ、私の仲間たち」
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